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保護者同伴の勇者の旅路 先生いつまで付いてくるんですか?  作者: 樹里 灯
初めての街 その頃の先生
28/53

第28話 窃盗犯

レンくんとランちゃんから離れた先生の話になります


『おい、レイフォルト。お前の新しい教え子二人、お友達が出来たみたいだぞ』


 どこか冷たい感じの声なライちゃんからの念話が私に届きました。

 ふむふむ、この感じですと……ライちゃんは何か気に入らないことでもありましたかね?

 つまらなそうに言う感じに覚えがあるので大体は間違ってはいないと思うのですが……ライちゃんったら結構気難しいところがありますからね。

 お友達になった経緯が何やら気に入らないとか、そんなところでしょうかね?

 実際に見てみないと流石に私も分かりませんが。

 ペンダントの反応を探るも特に奇妙な動きはしてないので、別に危険なことには陥ってはいないでしょう。


『ふむ、そうですか。では引き続き私が戻るまでレンくんとランちゃんのことをお願いしますね』


『ああ……それは構わんが、な。もう少し警戒心を身に付けさせてから旅に出したらどうなんだ……』


 呆れたようにそう言って念話が切れてしまいました。

 まぁ、予想通りでしたね。

 知り合う経緯にでも思うところがあったのでしょう。

 ライちゃん、警戒心ばっかり強くて友達を作るのには難儀してましたからねぇ。

 路地を歩きながら、昔のことを思い出す。

 ライちゃんは私の一番弟子なので、私がこんなふうに後ろで見守ってハラハラとしていたのも随分と昔のことです。

 ですが、それも昨日のことのように思い出せました。

 私にとっては教え子たちと過ごした日々は、大切な時間そのものですからね。

 ライちゃんはなまじ魔法の才能があったばかりに他者への基準もとても高くて、いつも一人で行動をしていたんですよね。

 それでもって人一倍警戒心が強いものですから、笑顔で近づいてきたものや気さくに話しかけてきたものなんかはとても警戒して……不器用、という言葉がしっくりくる可愛い子でしたよ。


「やれやれ、ライちゃんもそういう不器用なところはまだ変わっていないみたいですね」


 思わず笑ってしまいます。

 さっきのなんてまさに不器用そのものでしたからね。

 警戒心を身に付けさせろ、ですか。

 それはつまり、警戒心が足りてないように見える後輩の二人が心配なんですよね?

 先生には全部お見通しですから。

 とはいえ、私も少々の気がかりがないわけでもないのですよね……

 ライちゃんったら、二人だけで解決できそうなら結構な問題に発展しそうなことでも放置して任せてしまいますからね。

 妙なことにならなければよいのですが…… 

 さっさとお財布を取り返して帰らなければなりませんね。


「……ふむ」


 そう心に決めて、足を動かし続けてしばらく。

 大分進んだところでその人影を発見しました。

 レンくんとランちゃんが居たところからは……もう大分離れている位置になります。

 静かに、そして素早く移動をしたのでしょう。

 その立ち姿は、思わず目を見張るものがありました。


「成程……これは、中々。しかし、まだ発展途上ですね」


 路傍で宝石を見つけたような気分でした。

 珍しい。

 それが第一に私が思った感想です。

 街で普通に遭遇するのにはそぐわないレベルの技量を備えた、隠密性を鍛えて技術を習得した……それが立ち姿からでも伝わってくるほどの洗練された姿でした。

 普通、このような者を見かけることはこういった場所では滅多にありません。

 こういった隠密性に優れた技の持ち主は然るべき場所で働き、表には姿を見せないことが多々あるものですからね。そして、仮に表に出ている者が居たとしても、彼らはそのような癖は出さない。

 隠すことに長けているのです。

 自分がそのような技術を持っているような姿は決して見せないのです。

 だから、とても珍しい、と。

 見せる者は未熟であることを喧伝しているようなものですからね。

 ただ、この子は……まだ、磨き終わっていないようですね。


「あの……何ですか?」


「おっと、失礼しました。ちょっとした用事があったもので」


「はぁ、そう、ですか」


 少し怯えた風にこちらを見る少年が一人。

 ここは街はずれの袋小路。

 少し荒廃した雰囲気があって、あるいは街の外と称してもいいような場所でもあります。

 あの時、街から出てここまでやってきた彼にこの場所でようやく追いついたわけです。

 あまりにも珍しかったものでジロジロと見てしまいましたね。


「それで、用というのはですね。先ほど盗んだ財布を返して頂こうかと思いまして」


「っ!……あ、ぅ、え、とな、なんのこと、ですか?」


「はい、さっき街でレンくん……剣を背中に背負った男の子から取った財布のことです」


「……な、なんのことかな?知りませんが」


「ほう」


 うぅむ、彼、分かりやすく動揺していますね。

 隠行は得意なようですけど、嘘は吐き慣れていないようですね。

 まぁ、確かに彼はそう言った気配を隠すのが上手ですし、盗んだのもレンくんに悟らせなかったところから見ると取られた側も何かを盗られた感覚はないでしょう。

 知らない、と言われれば怪しみながらも納得をする者も多いことでしょうね。

 しかし、私には分かったことなのでその辺りは通用しませんけれどね。


「随分と手慣れている様子でしたけど……いえ、財布自体を抜き取ったのはこれが初めて、ではないでしょうか?私の所感としてはそう、財布を抜き取るのに慣れているのではなく、人の懐から物を抜き取るのに慣れている、といったところでしょうか?」


「う……」


「大丈夫ですよ。私はあくまでもそのお財布を返してもらいに来ただけですから、文句を言うつもりはありません。盗まれたレンくんにも問題はあるわけですからね」


「……」


 不機嫌そうな、少し不貞腐れた表情で彼はこちらに物を投げてきました。

 それは私が使っているのとまったく同じ、レンくんのお財布です。

 これくらいはその内自分で気付くようになってくれるといいですね。

 まぁ、今回は相手が上手かったので仕方がなかった面もありますが。


「では、確かに返してもらいましたよ」


「……あぁ」


 根は素直な良い子のようですね。

 特に細工もなく返してくれましたよ。

 お財布の中身も私の記憶にある通り……と、思ったのですけど何やら少ないですね。

 抜かれてしまったのでしょうか?

 いや、それなら私にも分かったはずですから。

 これは、レンくんが使ったのかもしれません。

 レンくんてば目を離したらすぐにお金を使ってしまうような癖がありましたからね。

 基本的にのんびり屋で楽天的なのです。

 なので、欲しいものがあるとすぐに買ってしまうのですよね。

 欲しいから買おう、とそれくらいの単純な考えで。

 お金を使いたい、というのもあるのかもしれませんけど。

 私の元に何か月か一回来る商人の方や、ランちゃんからもお金で買い取ったりと、そんなことをしていましたからね。

 困ったものです。

 いずれにせよ、これでは後々困るでしょうから先生が少し足しておいてあげることにしましょう。

 ちょっと前にも少し足しておいたはずなのですけど、ね。

 まぁ、そんなわけでお財布も取り返しましたし私の用は終わったわけなのですが……ふむ、どうしたものでしょうか?


「……あんた……いや、あなたはどうして、その」


「うん? 何ですか?」


「……どうして、分かったんだ?」


「ふむ、それは……」


 ほう、聞いてきましたか。

 少し躊躇いがちに、しかし意を決したような表情で。

 これは……見破られた相手に聞くのはプライドが許せないけれど、それでも聞かずにはいられなかった、とそんなところですかね?

 成程、それなら私も煙に巻くのは失礼ですね。

 私が分かった理由など一つしかないのですから。


「取る時に気配が洩れたから分かったのですよ」


「けは……い? いや、そんな、そんなはずは俺の技術は、完璧なはず……」


「確かに、技術はかなりの高水準でしたね。私も感心しましたから、それは認めましょう。ならば私が気付けたのは他の要因、あなたの心というわけです」


「っ、それは、どういう?」


「取る時、一瞬躊躇ったでしょう?」


 傍で見ていた私には分かりました。

 隠行は私の目から見てもかなりのレベルでまとまっています。

 おそらくほとんどの人が気付かないでしょうね。

 現に私が鍛え上げたレンくんもランちゃんもまるで気付きませんでした。

 それほどまでに完成された技術を彼は持っているわけです。

 ですが、彼の心まではそうはいかなかったのです。

 彼は……根っからの盗人ではなかった。

 人から物を盗んで罪悪感を感じずに済む人ではなかった。

 私がスリだと分かった理由はただそれだけのことなのです。

 そもそも今、彼と会話をしていたことを思い出しても彼の人間性が分かるというものです。


「あなたは自分の技術にとても誇りを持っていますね?だから、さっき完璧だと言ってのけた。見破られたのが信じられないが、もし何か落ち度があればそこを改善しなければならない。だから恥を忍んで私に聞きもした」


「…………」


 彼は特に何も言いませんでした。

 しかし、それが間違っていないことは彼の顔を見れば明らかでした。

 不服そうな顔で、しかし、見透かされて嫌そうに眉を顰めて。

 まぁ、そうもなるでしょうね。

 見ず知らずのわたしにこのようなことを言われれば気分は悪い。

 でも、言わせてもらいます。


「だから、ですよ。あの時、レンくんからお財布を取ろうとしたとき思ったのでしょう?自分の技術をこんなことのために使ってよいのか、とね」


「っ!」


 図星、のようですね。

 本当に分かりやすい。

 素直な子ですね。だから、悪事を働こうとしたときに踏みとどまろうとブレーキが働いた。

 自分自身の誇りも相まって、完璧に罅が入った。

 私でなくてもある程度のレベル……おそらくライちゃんくらいなら見抜けたはずです。

 ですが、それは逆に才能があることの証左に他なりません。

 罅が入ってもある程度のレベルに達してなければ見抜くことは難しいのですから。

 それは素直に凄いことなのです。

 彼の師とは一度話がしてみたいと思うほどに、ね。


「あなたの技術は誰かによって磨かれたものですね?一朝一夕で身に付くものでないことは見れば分かりますから」


「…………あぁ、父さん、に教わった」


「そうですか。それはそれは……素晴らしいお父さんですね」


 彼に教えた父親、かなりの腕前だったのでしょうね。

 会ったことはありませんけれど、それくらいでなければあの技術を指導して身に付けさせることなどできはしませんから。


「教わった技術を悪いことに使う、そのようなことはやりたくなければやらなくてもいいのですよ?」


「…………あんたに、何が分かるんだ」


「分かりますよ。私も、先生ですからね」


 こういった道を踏み外しそうになってしまっている、誰かの教え子なんて見ると救わずにはいられません。

 この子のためにも、教えた先生のためにも。

 同じ教師として、助けたくなるというものです。


「例えば、私の教え子……レンくんやランちゃんが悪いことをしたら、それはもう悲しい気持ちになることでしょう。それはもう……私が教えた技術と知識を使って酷いことなんてしたりしたらそれはもう……つらい気持ちにはなりますよね」


「……そう、か」


「はい、そうです。それはきっとあなたのお父さんも同じなのではないですか? その技術を使ってあなたが悪いことをすればそれはもう、悲しい気持ちになると思います」


「………………いいや、それは、ない。もう、絶対に」


 おや?何か、反応が妙ですね。

 力なく首を振っていました。

 しかし、言葉ははっきりと力強く。

 確信を持っているかのような声で、しっかりと。

 そのようなことは絶対にない、ですか。


「どうしてそう言い切れるのですか?」


「……父さんは……死んだ。殺されたから」


「……そうですか」


「あぁ、だから、俺がもう何をしても悲しんだり、叱ったり……殴ったりもしない……何も、してくれない。何も思わないんだ、父さんは、もう」


 どうやら、酷なことを言ってしまったようですね。

 力なく、絶望を吐き出すように。

 しかし、それでいてその声は過熱するかのように力を増していきました。

 怒るように、悲しむように、彼は顔を真っ赤に染めて……まるで感情の捌け口を探し出すように叫んで。


「あんたに……あんたに、何が分かる!俺もあんなことしたくなかったさ!そんな真似したくなかった!でも、他にどうしろって言うんだ……俺には何も出来なかった、もう金もない……家だって……父さんも、居なくて……食べるためには、生きるためにはああするしか」


 目から涙が零れる。

 嗚咽を滲ませ、それでも力強く叫ぶ。

 

「ああするしかなかったんだ!」


 その声はあまりにも感情的な叫びでした。

 理不尽を吐き出すように、苦しみを吐露するように。

 今までかなり我慢してきたのでしょうね。

 成程、お父さんもきっと悲しむだなんて私は彼に酷いことを言ってしまいましたね。

 そう、悲しんでくれるのならどれだけよかったことでしょう。

 怒ってくれるなら、叱ってくれるなら……まだしも救われた気持ちで居られたでしょう。

 ですが、父親はもう居ないのです。

 彼の父親はもう何も感じず、何も言わない。

 それが彼をここまで追い込み、悪事を働かせてしまったのでしょうね。

 幾分か同情的な気分にはなります。

 なりますが、ね。


「それが、悪いことをしてよい理由になるのですか?」


「……それ、は」


 押し黙ってしまう。

 彼自身も分かっていたのでしょうね。

 根は素直な子のようですから。

 それが悪いことをしてよい理由にならないと、心の中できっと葛藤をしていたのです。


「つらかったのですね。それは分かりました、私も先生ですからね。しかし、それでレンくんからお財布を盗んでもいい理由にはなりませんよ」


「…………あぁ、分かって、る。分かってるさ、そんなのは……そうだよ、こんなこと、父さんから教えられた技術でやっていいことじゃない」


「ま、そうですね。あぁ、それは抜きにしてもその辺りはあなたの事情ですからね。盗まれた側にはまったく関係ありませんから」


 とはいえ、まぁレンくんみたいな性格でしたら泣きながら物を上げるようなことをしたかもしれませんが。

 端的にいって、気付いた相手によっては逆上して暴行を働かれてもおかしくないことをしたわけですからね。


「よくも財布を取ったなっ!その罪、その身で贖えっ!などと、言われてむしゃむしゃと頭から食べられるような可能性も行った相手によってはあったわけです」


「…………あ、はぁ」


「おや?反応が鈍いですね、分かりにくかったですか?」


「あぁ……すごく」


 なんとも言えない表情をしていました。

 はて、おかしいですね。

 私は精いっぱい怖がらせて二度とこのようなことをしないように、と工夫をしたつもりだったのですが……何がいけなかったのでしょうね?

 考える、しかし答えは出ない。 

 私としては渾身の話術だったのですけどね……ちっちゃな頃のレンくんとランちゃんはこれでガクガクと震えてくれたものですが。

 思い通りに事を運ぶというのは難しい。

 ちょっとした反省点ですね。

 まぁ、それはそれとして、と。

 ここまで来たら最後まで面倒を見たくなってしまうのが先生というものです。


「どうです?私と共に来ませんか?」


「……へ?」


「他にどうしようもない、確かそんなことを言っていましたね? ふぅむ、それほどの技術があれば他にいくらでも出来ることはあると私は思うのですよ。まぁ、あなたがそう思っているというのであれば、それはそれで構いませんけどね。であるならば、逆に私のところでちょっと学んでいっていただいても構いませんよね?」


 これほどの腕前をこんなところで腐らせておくのはもったいないですからね。

 どうにかしてやりたくもなりますよ。


「もちろん、私の生徒になるという意味ではありませんよ? あなたはあなたのまま、お父さんの生徒のまま。私の元で技術を磨くわけです」


「……へ?」


「あなたはお父さんから学んだことを誇りに思っているようですからね。その辺りは尊重しますよ。どうですか?そう悪い話ではないと思うのですが」


「………」


 彼は事態を呑み込めないというようなポカンとした顔で私を見つめていました。

 それほど可笑しなことは言っていないはずなのですがね。

 どうするのでしょうか?

 出来れば来ていただきたいと思っているのですけど。

 ジッと私も彼の言葉を待つことにしました。

 強制をするつもりはありませんからね。

 あくまでも彼自身の選択です。

 少しして、ようやっと理解をしたような表情を浮かべた彼は、首に付いている首輪に手をやり、それからゆっくりと首を振った。


「無理だ……行くことは、出来ない」


「理由は、その首にあるものですか?」


「……あぁ」


 それはただの首輪ではありませんでした。

 真っ黒で、頑丈な金属製の首輪。

 これは誓約の首輪というものです。

 効力は誓約書で交わした内容が履行されない場合、その者を言いなりにするという奴隷契約のようなもの……いえ、奴隷契約の執行猶予というものですかね?

 まぁ、これに関しては本人が交わしたものなので別に私が気にすることではないのですが。


「それがどうかしたのですか?」


「実は俺……金を借りてて、どうしようもなかったもんだから」


「ふむふむ」


「それで、返済しないといけないんだけど……金が、ないから」


「だから、行けない、と」


「…………あぁ」


 成程。

 であるならば仕方ないと言えるでしょう。


「では、行きましょうか」


「え?……行くって、どこ、へ」


「無論あなたがお金を借りたところです。どこからお金を借りたのですか?」


「えっと……山の涙って山賊に」


 言いにくそうに言われたその名前は……とても聞き覚えのあるものでした。

 

 


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