第26話 目標達成……?
やる気満々のユリィに先導されて近場のゴブリンの巣まで案内された。
奥に居るのか、それとも出払っているのか、ゴブリンの姿は見えない。
よかった、今のところ襲われる心配はなさそうだね。
「じゃ、早速行こうよっ!あたしが蹴散らしてくるからっ!二人は見ててっ」
「……ラン」
「ええ、仕方ないわね。分かったわよ」
やる気がある所悪いんだけど……
ランと目配せをして小さく頷く。
僕の思っていることが伝わったみたいでランも仕方なさそうに頷いてくれた。
このまま騒いで突撃していったら、今せっかく安全な意味が全くないからね。
突撃してこうとするユリィをランが確保して、動けないように固定。
それにユリィが目を白黒させつつ、何でこんなことをという表情を浮かべていた。
「レンくん?ランちゃん?一体何を……はっ、まさか!あたしを囮にゴブリンを壊滅させようとっ!」
「黙りなさい、騒いだら見つかるでしょうに」
「んっ!?んぐぐっ!?」
うん、酷いなぁ……
また猿ぐつわをされて転がされるユリィにそんな感想が浮かんでくる。けど、もう止めようとは全く思わなかった。
だって、ユリィがどんな人か、もうはっきりと分かっちゃったからね……
静かにするように身振りだけで知らせて、声を潜めて話し合う。
巣の方を見るとまだゴブリンの姿が見当たらないのは本当に僥倖だった。
やるなら早い方がいいよね?
「ユリィ、いかなくていいよ。突撃して行ってゴブリンを片っ端から狩るよりもっと簡単な方法がある」
「んぇっ!?んっん、んんんんんんぅんぅ?」
「……喋らないようにしててもやかましいわね、この子」
喋ろうとする執念が凄かった。
猿ぐつわをしながらもん~ん~と呻くユリィを見て、ランが呆れてるけど……僕も同感だ。
ユリィってこういうところは妙に力を発揮するというか、意地でも何とかしようとするっていうか……
喋れもしないのに大体なんて言おうとしてるのか分かってしまうのが素直に凄かった。
えっ!?もっと、簡単な方法?
って、ちゃんと言えてもいないのにしっかり分かってしまった……もう猿ぐつわにも慣れちゃったのかな?
こういうところが、剣で訓練してるときに発揮してくれればなぁ……なんて思わずにはいられなかった。
「じゃあ、ちょっといってくるから」
「んん!?んんんぇ?」
「はいはい、いってらっしゃい」
やる気のないランの返事に見送られて茂みを出る。
ユリィがん~ん~と騒いでいたのが気になったけど、それもすぐに聞こえなくなっていった。
ランが音を抑える魔法でも使ったのかな?
そのあたり、魔法の方はそこまで得意じゃない僕からしたらあんまり想像はつかないけど、多分そうなんだろうと思う。
どんな魔法かは分からないけれど……
これでちょっと安心できる。
音を立てないように注意して巣の入り口まで移動をする。
すると、巣の内部にはゴブリンが居るみたいで聞き耳を立てるとすぐに分かってしまった。
「……ん、そっか。成程」
ゴブリンの気配がする。
それも複数だ。
出てきたらそれなりの数が居るだろうなぁってのが容易に分かるくらいの気配だった。
さて、どうしたもんかな……
これをユリィ一人でどうにかするなんて無謀も無謀だと言わざるを得ないくらいの状況だった。
巣の規模としては……多分、あの山賊さんたちのアジトを襲ってたゴブリンたちの巣よりもちょっと小さいくらいな気はするんだけど……
「……これで、いい、かな?」
近場にあった岩を移動して入り口を塞いでおく。
斜め下に掘り進むような形の穴にちょうど嵌ってるからこれでもう出ては来れないと思う。
これで、大丈夫だよね?
「………ん、よし」
軽く、岩を叩いたり触ったりして動かないことを確認してから二人に合図を送る。
すると、猿ぐつわを外されたユリィがランと一緒に不思議そうな顔で僕のところまでやってきた。
「??ねぇレンくん。これは、何をしているの?」
「うん、入り口を塞いで出てこれないようにしたんだよ。これで中のゴブリンにはどうしようもないだろうからダリルさんが言ってた条件は大丈夫ってこと」
「??……はっ!そういうことっ! レンくんあったまいい~!」
「あ、はは、そう、かな?」
「うんっ、そうだよ~!まさかこんな手があったなんて~」
ユリィは無邪気に喜んでた。
ぴょんとぴょんと岩の周りを飛び跳ねるように色んな角度から見て……「本当に大丈夫かなぁ?」なんて岩をポコポコと叩いたり蹴ったりしてる。
まぁ、これって殆ど屁理屈みたいなもんなんだけど、ね。
本当にこれで返してくれるかどうかは、僕には分からなかった。
だって、ダリルさんの言ったのって多分「実力で」って意味だろうから、ね。
でも、ユリィの腕を考えるとこれしかなかったのは事実だからこれでいいとは思うんだけど。
それにしても……うん。
「わぁ、かたい!すっごいかた~い!これなら出てこれないねっ!うんうんっ」
楽しそうに岩を叩きながらはしゃいでるユリィにちょっと複雑な気分だった。
安心したはしたんだけど……うん。
これで、いいんだ?
正直、ユリィの努力を否定するようなことだから怒るんじゃないかなってちょっと思ってたんだけど。
バシバシと叩きすぎて、勢い余って入り口の縁を叩いてしまって、ちょっとばかり穴が出来てしまう。
ユリィって、力は結構あるよね……
なんてちょっと遠い目で見ていたりすると、それにユリィは輝いた眼でこっちを振り返ってきた。
「!ねぇねぇっ、ランちゃんランちゃん! ここから火を放てば一網打尽に出来るんじゃないかな? やってみようよっ」
「だから、あんまり馴れ馴れしく呼ぶなって言ってるでしょうに……はぁ、相変わらずそういうことばかり考えつくわね、あんた」
「…………ユリィって、本当そういうことばかり思い付くよね」
もう何も言えなかった。
ユリィってこういう物騒なことはすぐに思い付くんだね……
悪辣、物騒、酷い言葉だとは思うんだけどそれがぴったりはまる気がしてならない。
闇討ちがどうとか、ダリルさんの家に火を放つとか酷いことばかり言ってたし……僕にはもう動じるようなことじゃなかった。
僕と同じでランももう慣れてしまったみたいでユリィの物騒な発言にあきれ顔だ。
「はぁ……あんたねぇ、火を放てって自分でどうこうしようと考えないわけ?こういうことになったのに別に何とも思わないわけ? あれだけ自分でゴブリンを倒すとか、強くなったのを見てろとかそんなことばかり言ってたのに」
「うんっ、何とも。だって、こっちの方が簡単で楽だもんっ。結局壊滅させられるんだったら別に一緒だよね?」
「……その過程が随分と違うと思うけど」
「んっふっふ~、それはダリルが馬鹿なんだよ~。ゴブリンの巣を潰したらなんて条件を出したんだもん、苦労しなくたってこれで終わりだからいいじゃないっ」
「はぁ……本当、そういうとこよね」
「?どういうとこ~?」
ユリィが不思議そうに声を掛けるけど、ランはもう言葉を返さなかった。
色々と諦めたらしい。
僕も一緒だ。
ちょっと前まで、僕のやることを不思議そうに見てたのに……
今ではこんなに得意げにしていて、火を放てなんて言ってる。
本当、ひどいなぁ……
そんな感想しか出てこなかった。
そりゃ確かにそうだよ、僕もダリルさんがああ言ってたからこういう方法を取ったよ。
でも、だ。
自分で倒すってあれほど言ってたのに……
分かってたつもりだったけど、ユリィのそのあたりの誇りのなさをちょっと侮っていたかもしれない。
別にそのあたりにこだわりなんて一切もないところが逆に清々しくて好感がもてるくらいだった。
まぁ、正直どうかとは思うんだけど。
でもまぁそれはそれとして、うん。
このまま、残しておくのもアレだしね。
火は放とうか。
「ううん、どうかな?ラン。火を中に放つんだったら岩にちょっと罅でも入れた方がやりやすいかな?」
「ん……それはやめときましょ。壊れたら出やすくなっちゃうもの、この隙間で十分よ。ここから魔法を放って駆除しておきましょ」
「わ~、さっすがランちゃんだ~!がんばれ~」
「……はぁ、やる気が削がれるからあんたは黙ってなさいよ」
無責任に囃し立てるだけのユリィをあしらい、ランが隙間に手を当てた。
悪辣だ、物騒だ、なんて思ったりはしたけど……僕たちもやることは変わらないんだよね。
だって、このまま野放しにしておくのも不安だし。
被害者とか出たら困るから、ね。
かざした手に魔力が籠る。
そこから発せられた魔法は一部の狂いもなく内部を炎の海に沈めていった。
閉鎖された空間、ってのが一つの要因でもあったように思う。
放たれた魔法はいつも見るそれよりもよっぽど強力に効果を発揮して、塞いだ岩の所々から小さな炎の粒がはみ出しては消えて行っていた。
その身を焼け焦がしているだろうゴブリンたちの断末魔の叫び。
それらがさっきから間断なく岩の向こうから聞こえてきて、それが内部の様子を容易に想像させた。
阿鼻叫喚の地獄、何とか出てこようと岩の向こうで必死に叩く音が聞こえるが、それもすぐに消えて無くなる。
そして、少ししたころにはちょっと前に感じたゴブリンの気配は綺麗さっぱり消え去って、あっけないほどに簡単に静かになっていた。
「ま、こんなものかしら」
「すっご~いっ、やっつけちゃったの?ランちゃん」
「やっつけたわよ……あと、ランフィールドと呼びなさい」
「うんっ、ランフィールドちゃんっ! ん~、それじゃレンくん、これであたしの剣は返ってくるんだね」
「……」
どうかな……
即答できずに目を逸らすことしか出来なかった。
確かにダリルさんは「ゴブリンの巣を潰したら」ってそれだけしか言わなかったし、ユリィとは違って自分の発言には責任を持つような人に見えたから帰っては来る気はするけど。
「頑張って……丸め込んで」
「ぷっ、何それ~」
ユリィは可笑しそうに笑っていた。
その表情はまるで可憐に咲いた花のようでもあったけれど……そんなことは今の僕にはどうでもいいことだった。
発言に責任を持てない。
返ってくるよ、なんて安易に言えない。
言ってしまったことはそうだから、その辺り責任を持ってくれるんじゃないかな?とは思うんだけど、ね。
返ってくるなんて無責任に言えはしない。
それに仮に返ってきても、だよ。
これで、本当に良かったのかな?って思いが心の中にズンとのしかかっていた。
ユリィの技量は教えてた僕が一番よく知ってる……
本当に何であんなに自信満々なんだろうって首を傾げたくなるくらいには酷い腕前で……
そのあたり、ランも僕と同じ気持ちだと思う。
返ってきて、ますます調子に乗っちゃったらどうしよう?
それが怖かった。
自分の腕前にそぐわない場所に行って、やられて……大怪我して……それで済めばまだしも。
ユリィは逃げるのが得意だから、案外逃げおおせるかもしれない。
それで、更に危険な奥まで進んでいって、その逃げ足すら通じないほどの強敵に出会って。
そうなった時にどうなるか?
死ぬ、と簡単に想像できる。
そうなったら……
そう考えると、気分がとても重かった。
僕はもしかしたら無責任なことをしてしまったのかもしれない。
「……ダリルさんが、一番正しかったのかな?」
「んぇ?そんなわけないよ~、あたしから剣を奪った泥棒だよっ? こんなの懺悔しても許されないよっ!」
「それは……まぁ、そうだよね」
ダリルさんのやり方も悪かった。
それだけは僕も事実だと思う。
奪い取るような真似はよくないって思うから。
でも、ユリィのことを見たあとだと……うん。
それしかなかったのかな?
なんて思いもしてしまう。
ダリルさんを擁護する気にもなっちゃうんだよね。
「はぁ……」
「なに辛気臭い顔してんのよ、これで人助けは終了よ。さっさと戻って剣を返してもらって、この子とはおさらばしましょ」
「……ランはそのあたり割り切ってるよね、僕はそこまで無関心にはなれないよ」
「しょうもないことで悩み過ぎなのよ、あんたは。頼まれて、それで解決してあげたのよ? これ以上はどうなろうと無関係よ、ユリィ自身の責任よ」
「そうかな……」
「そうよ」
話をする僕たちに「ほら行くよ~」とユリィがご機嫌な様子で声を掛けてきた。
待ってるわけじゃなく、もう大分前の方に居る。
待ちきれなかったのかな?
うぅん、まぁあれだけ剣を取り返すんだっていってたもんね。
分からなくもない。
分からなくもないんだけど……ここは待っててくれてもよかったんじゃないかな?
なんて、ちょっとばかり複雑な気持ちにもなる。
それは今まで付き合ってきた誼だとか、そういったこともあるにはあるんだけど、理由は何もそういった義理や人情といったものだけでは決してなかった。
ゴブリンの巣の近くなんだよ?
一人だけ離れていくなんて危険だと思うんだけど……
そして、その僕の考えは間違えじゃなかったみたいで……僕とランを置き去って大分前の方で手を振ってたユリィがゴブリンに襲われていた。
ゴブッ!?ゴブブゥッ!
ゴブゴブゴブゴブッ!
「はわっ!レンくんっ!ランちゃんっ!たーすけてぇ~~~!」
言わんこっちゃないよ……
早く行かなきゃ。
剣に手を掛けて前へ出る。
ゴブリンの動きが、よく見るものと違っていた。
多分、煙の上がる巣のようすに気付いたんだと思う。
ゴブリンたちはどれもこれも怒り狂っていて、必死だ。
助けなきゃ。
ユリィじゃどうにもならない。
やられる。
そう、前に出ようとしたところでランに手を掴まられた。
「っ、何を?」
「ん~……ちょうどよかったかもしれないわね」
「え?ちょうどいいって、何が」
聞こうとしたところでランが声を張り上げた。
僕の質問に対する答えじゃなかった。
代わりに聞こえたのは、逃げ惑うユリィへの叱咤激励。
逃げ惑うユリィは、三匹ものゴブリンに囲まれてこちらに逃げ込むことも出来ずに「たすけて~~!」と叫んでいた。
「戦いなさいっ!ほらっ!ゴブリンを蹴散らすっていってたじゃないの!強くなった腕を見せる好機よ!」
「はっ!そっかっ!よ~~~しっ!あたしの剣にひれ伏せぇ~~!」
あ、ちょっと……
なんて思ったときには遅かった。
見ててハラハラするようなへっぴり腰でユリィが三匹も居るゴブリンの真ん中に突っ込んでいって。
気の抜けるような声を上げながら、ちょっとだけマシになったへっぴり腰でゴブリンへと剣を振るって……避けられたり、浅く傷を付けたりして一撃ふるうごとに離脱して距離を稼いで。
それは、僕が教えた通りの戦い方ではあるんだけども。
危なっかしくて、とても見てはいられなかった。
「……あの子、本当に煽てられやすいわね」
「ラン……何でこんなことを」
「あの子に現実を教えてやった方がいいかと思って」
僕の手はランにがっしりと掴まれていた。
魔力による身体強化もしてるみたいで、簡単には振りほどけない。
このまま見てようってことだと思うんだけど。
「うぅ……怪我したらどうするのさ?」
「治してあげたらいいじゃない、治癒魔法だってあるんだもの。ちょっとくらい痛い思いをした方があの子も思い知るわよ、きっと」
「それは、ちょっと冷たくない?」
「そうかしら? このままの方がよっぽどどうかと思うけれど、ね。レンだってもう分かってるでしょ? あの子、きっとそれなりに衝撃的なことが起きなければ頭に刻まれないわよ」
「…………」
前へ行こうとしてた体から力が抜けていく。
ランの言ってることはもっともだった。
このままの方がよっぽど危ないって、僕自身思ってた。
だって、このあと無駄に自信を付けてしまったユリィが分不相応な魔物に挑んでいったらって考えると……
怖くて仕方がない。
全然、上達もしなかったし教えたことを分かってもくれなかったけど、僕はユリィの先生だったから。
別れた後なら別にもう関係はないってランほど割り切れたのなら放っておけるんだろうけど、僕にはそんなことは出来なかった。
どうにか出来るのなら一緒の内にどうにかしておきたい。
僕よりもランの方がよっぽどユリィのことを思っているような気がしてならなかった。
一見、冷たい対応のようにも思えるけれども、この方がユリィのためになるから。
「本当に危なくなったら助けてあげましょ、それでいいじゃない」
「……そうだね」
剣から手を離す。
ユリィは三匹のゴブリンを相手取って、鬼ごっこをしていた。
斬りつけて、そして逃げて……どんどん僕たちから離れていって。
「この付近に留まって戦おうって考えはないのかしらね? あんまり動き回ると他の魔物にも遭遇しそうなものだけれど」
「ラン……そんな他人事みたいに言ってないで、追いかけないと」
「そうね、ユリィったら戦いの基本からしてなってないわね」
呆れるように小さく吐息を洩らす。
懸念の通りに、走っている最中に襲ってくる魔物が増えていた。




