第23話 ユリィの腕前は……
「ひどいよぅ、レンくん。何で勝手に決めちゃったの?」
「そう言われても……だって、これが一番真っ当な取り返し方だし簡単だから」
「簡単じゃないよぅ」
ダリルさんの家を後にしてユリィは泣き言と弱音を口にした。
どうしてもあの条件じゃ嫌だったらしい。
そんな難しいことないと思うんだけど……あはは……
ちょっと大げさ過ぎじゃないかな?
なんて思いながら肩を落としてしょげるユリィを見つめる。
要はゴブリンの巣を潰してくればいいんだ。
剣の腕だって真面目に練習すれば上がるよね?
これが最善だと思うんだよ。
うんうん、これくらいそんなに時間もかからずに出来るよね?
そんなことを思いながらユリィとランと三人で歩いていたわけなんだけど。
それは大きな間違いだった。
街の外。
少し離れた森の近く。
とりあえず剣の腕前を確認しようと思って来たわけなんだけど。
「えーいっ!」
ゴブッ!? ゴブウウウッ!
「わきゃっ……たーすけてぇっ!レンくんっ!ランちゃんっ!」
見るのも辛くなるくらいの見事なへっぴり腰だった。
逃げ惑うユリィを見つめてから、思わずランと二人で顔を見合わせる。
「ねぇ、ラン……」
「そうね、こういうことだったのね。ダリルさんが言ってたこと。確かにひどい腕だわ」
「喋ってないで助けてよおおおおおっ!」
恥も外聞もなく叫ぶユリィに、ランが軽く手を振って魔法を放つ。
風の刃だ。
ユリィが逃げ惑っている相手はそれであっさりと真っ二つになって物言わぬ死体になった。
ゴブリンって……すっごい弱いはずなんだけど……
群れていて数が多い場合は災害級の厄介さになるけれど、一対一ではそれほど苦戦しない。少しばかり心得のあるくらいの子供で倒せるくらいだって、先生が言っていた。
今までどうやって冒険者をやってきたのか疑問に思うくらいの腕前だった。
「はぁ、はぁ、あ、ありがと。おかげで助かったよ、ランちゃん」
「ランフィールド、よ。馴れ馴れしく呼ばないで、前にも言ったでしょ?」
「あ、うん、ごめんね。ランフィールドちゃん」
「っ、だから……はぁ、まぁいいわ」
いちいち訂正するのも疲れたのか溜息を吐いてランがあっさりと引き下がっていく。
うぅん、この戦いを見ていて思ったんだけど、さ。
正直、一つ疑問が出来てしまった。
「ねぇ、ユリィ」
「ん、なぁに?レンくん」
「剣、取り返す必要ある?」
「何で急にっ!?」
「いや、急でもないと思うんだけど……」
さっきの戦い、ユリィはまったく剣を使えてなかった。
多分、これまでもまともに剣で戦ってなかったと思うんだ。
そのことがユリィの動きから分かる。
だって、腰が引けてたもんね……
腕は剣で切りかかっていってるんだけど、頭では相手からの攻撃を考えているのか、あまり前に踏み込みたくないという無意識の気持ちが腰から見て取れる。
何かされても大丈夫なようにって、腰が後ろに残ってるんだよね……
だから、攻撃に勢いが足りずにあっさりとゴブリンから反撃を食らいそうになっても後ろにスッと避けることが出来た。
最初から逃げることを前提にした動きをしてるんだよ、ユリィって。
「だって、別に剣とか得意じゃないよね?」
「うぅ、そう、だけど……」
「あ~、それ見ててわたしも思ったわ。少なくとも武器を持って戦う人間の動きじゃなかったわよね、魔法の方が得意なの?」
「えっと……それも……むしろ、一番得意なのは、逃げること、かなぁなんて。え、へへ」
バツが悪そうに満面の笑みを浮かべて誤魔化す。
でも僕は納得出来た。
そっか、つまり、これまで逃げることで冒険者としてやってきたってことなんだろうね。
魔物から逃げる、それは立派な技能だって先生も言ってた。
戦わないことは悪いことじゃない、むしろ安全に街まで戻ってこれるならそれは誇っていいことだって。
それでいて、素材も採集して依頼も達成できるんなら一つの技能として胸を張ってもよいのだと。
冒険者についてそんなふうに語ってたことがある。
うん、成程……
だから、なおさら思うんだけど。
「剣よりもそっちを磨いた方がいいんじゃないかな?その方が冒険者としても大成出来ると思うんだけど」
「だめ――っ!駄目駄目!あたしは剣を取り返すのっ!あの剣は大切な……あたしの努力の結晶なんだからっ、あたしが手に入れたのにあたしがアレで戦うことが出来ないなんて許せるわけがないよっ!」
「ふぅん、面倒なことね。レン、頑張ってね~」
「って、ちょっとラン」
早々に僕に丸投げをして、ランが傍観者のごとく無関心な目になっちゃった。
手伝ってくれるって言ったのに……
でも、酷いとは思わない。
むしろこれを手伝わせる方が酷い気がしてならないから……
「どうしても、取り返したいの?」
「うんっ!ど~してもっ!あたし、あの剣で格好よく戦うんだっ」
「……そっかぁ」
ユリィがそこまで言うんなら、仕方ないよね?
どうしても取り返したいらしい。
そして、あんなへっぴり腰なのに剣で戦いたいってそう言ってる。
ならやることはもう一つしかなかった。
ユリィを鍛えるしかない。
剣を取り戻すための特別強化特訓が始まった。
んだけど……ユリィの腕前は全然向上しなかった。
「とあっ、やぁっ!えへへ~、どう?ちょっとは上手になったんじゃな~い?」
「うん、全然ダメ」
「ええ~、ひどい~」
どんなに教えても腰が引けてるのが治らなかった。
教えても教えても全然改善しないし、上達しない。
それなのに、練習をこれだけやったんだって妙な自信を付けちゃったせいか強くなったって勘違いしてる始末。
先生なら……どう教えるんだろ?
僕は先生に教わった時の通りに教えてるんだけど、ユリィにはまったく通用しなかった。
正直どうしていいかわからない。お手上げだ。
また一匹のゴブリンが森の奥から出てきたから、ユリィが自信満々に前へ出て行ったわけなんだけど……結果は大して変わらなかった。
「よ~し、あたしの特訓の成果をくらえーっ。えいや~!」
ゴブッ、ゴブブっ!?
「わきゃっ! やったやったっ!ちょっと剣が掠ったよ~!レンくんっ、褒めて褒めて~!」
いや、あの……うん。
嬉しそうなところ悪いんだけど……曖昧な笑みを浮かべるくらいしか出来なかった。
掠ったって……当たってないよね?
さっきからは確かにほんのちょっぴり進歩はしたし、ユリィだって前に進んでるって思えはしたんだけど。
掠るんじゃなくて、当たらないと意味無いんだよね……
有効打を与えられない攻撃に何の意味があるっていうのか。
まぁ、牽制とかその次に繋がる一撃だったりとか……それ自体が相手に負傷を与える一撃でなくても意味のある攻撃は幾らでもあるんだけど、これはそうじゃない。
ただ外しただけだから。
逃げ惑いながらも誇らしげにするユリィに困った目を向ける。
するとランが面倒くさそうに僕の方を見ながら声を張り上げた。
「レンの代わりにわたしが褒めてあげるわ。頑張ったわね、ユリィ。その調子よ」
「ほんとっ!?ありがとう、ランちゃん!」
「いや、そういう言葉はいらないからさっさと自力でゴブリン倒しなさいよね。掠ったんだからもう少しよ、次は当てなさいって」
「え?……むぅぅりぃぃぃぃぃぃっ!たあああすけてええええっ」
「駄目、自分で何とかしなさい」
冷たく斬り捨ててなおも逃げ惑うユリィを見つめるラン。
つまらなそうに目を細めて、ただその動きをじっと見つめてる。
薄情だって、これだけだったら思う光景だけど。
そうじゃないのは僕が一番知ってた。
さっきまで何回もこんな状況になったのを助けてたもんね、ランは。
ゴブリンに切りかかって、攻撃が当たらなくて逃げて、追いかけるゴブリンを魔法で屠って……そんなことを何回も続けてたんだ。むしろ義理堅いと言えるくらいかもしれない。
ここは僕が助けようかって思うと、それより先にランが魔法を放ってスパッと仕留めちゃうんだよね。
なんだかんだユリィのことを大切にしてくれてるのが分かる。
今だってそうだ。
ユリィのことを思うから、助けない。
「レンくぅぅぅんっ! 助けてぇえええっ」
「ユリィ、僕がさっきまでに言ったことをやれば出来るはずだよ。頑張って。ゴブリンを倒すんだ」
「そんなああああああっ」
ランに断られたからか、僕の方に助けを求めてきたのをスパッと断る。
だって、自分でゴブリンを倒せるようになる方が安易にゴブリンを倒して助けるよりも、何倍もユリィのためになるはずだから。
辛いことから助けるばかりが救うことにはならないんだよね。
先生が言ってたことで、前はよく分からなかったんだけど……これって多分そういうことなんだと思う。
ユリィにだってきっともうゴブリンくらい狩れるから。
頑張れ~!と声を掛け続ける。
少しして、泣きそうな顔のままだけど意を決したように剣を抜いてゴブリンと向き直った。
「うぅぅぅぅ……っ、えーいっ」
「そうだよっ!腰を引きつけてっ!避けようと考えないで身体ごと突き抜けていくんだ、その方が腰が後ろに残ってるよりも遥かに安全なはずっ」
ゴブッ!
僕の声の通り、ユリィが身体と剣と一体になって攻撃へと転ずる。
変に腰が残ってたりなどしない、振り抜いた剣に身体の力をすべて伝えられる完璧な位置。
その剣は、しかし、ゴブリンの持つ棍棒に簡単に止められた。
元からあんまり力が入ってなかったせいなのは見るだけで分かった。
怖くて、切りかかるのにもすぐ引き戻せるように軽い力を込めるユリィの癖がまだ出ていた。
けど、これでいい。
これでまた進歩した。
また一歩前に出たから。
「そのまま押し込んでっ!身体ごと押してくんだっ」
「ぬぬぬぬぬぬぬっ、このぉ」
ゴ、ゴブゥ!?
棍棒が、掛けられる体重と共に押し込まれていき、刀身が肩口にぶつかり血を流していく。
それにより力が少し緩んでしまったせいか、更に剣は押し込まれて肩口にずぶずぶとめり込んでいった。
もう力も入らずに、取り落とした棍棒が地に落ちる。
それで終わりだった。
ズブリ……と入っていた刀身が身体をめり込むように突き進んでいき、ついにはその身体を両断する。
そして、ゴブリンが断末魔の声を上げた後、ピクリとも動かなくなった。
あとには、ゴブリンの血の滴るユリィの剣があるだけ。
「……ふぇ? あたし、やった、の?」
「うん、やったんだよ。おめでとう」
「そうね、倒したわね。とりあえずそれでいいんじゃない」
僕とランの言葉に、しかしユリィは呆然としていた。
まだ状況が呑み込めていないみたいで呆然とあたしが、と呟いて立ち尽くしている。
やがて実感が湧いてきたのか、顔に笑みが咲いた。
「やった……やったっ!やったよぅ!あたし、自分の手で魔物を倒したんだぁっ!」
ピョンピョンと飛び跳ねる。
嬉しそうに浮かれるように僕たちの周りを跳ねまわる。
それにランが「大げさ過ぎじゃない?」なんて言いつつも温かな目で見ていたりして……僕も小さく頷いた。
これからだ。
これで自分が魔物を倒せるってことが分かったはずだから、戦いに対しての怯えも多少はマシになるはず。
これをきっかけに剣の練習をもっと上手くして、練度を上げて……
「んふっ、んっふっふっふっふっふっふ~!これは、もうっ!ダリルの奴もあたしに剣を返さざるを得ないんじゃないかなぁ~?あたし何てったって自力でゴブリンを倒したんだもんっ! 『魔物の一体も倒せないようじゃなぁ……』なんて嫌みったらしくあたしに絡んできてたあの人に土下座を要求してもきっとこれは許されるに決まって」
「調子乗り過ぎ、黙りなさい」
「ランちゃん、ひどいぃぃぃぃぃっ!」
「うっさい、あと馴れ馴れしく呼ぶんじゃないわよ。何度も言ってるでしょ」
あはは、は……
うん、これで剣の練習に打ち込んでもらって強くなってもらおうって思ってたんだけど、甘かったかもしれない。
人に教えるって難しいね、先生。




