第22話 猿ぐつわをお願い
お言葉に甘えてダリルさんの部屋へと上がり込むことになった。
木造の一階建て、荷物も少なく飾り気のない……悪く言えば殺風景な部屋でもあった。
食事をとるための机と、寝るための布団、それから冒険者らしく装備品が片隅に立てかけられている。
それだけ。
「あ~!あたしの剣っ!」
その一角、綺麗な剣に飛び掛かっていったユリィがダリルさんに軽くあしらわれて、目の前で剣を取られた。
むぅ~!とふくれっ面で睨み付けている……ユリィ、ここには話し合いに来たんだけど。
溜息が出そうになるのを何とか堪えて、僕はランに目配せをした。
「そうね……これじゃ話が進みそうにないもの、縛って隅に転がしておきましょ」
「う、ん~?それはちょっと、やり過ぎじゃ?」
当事者だし、流石にそれは可哀想だよね?
と、ユリィの方を見ると……?
何してんだろ?
火打石を必死にカチカチと擦って火花を散らしていた。
「えと、ユリィ?何してるの?」
「ムカつくから家に火を付けてやろうかと思って! あたしの目の前で剣を奪ったんだよ?家に火を付けられても文句を言えないよねっ!」
「言うに決まってるだろ、駆け出し小娘が」
「うるさいっ、剣泥棒! あたしから剣を奪ったことを後悔しながら火の海に焼かれる家を見つめるんだねっ!」
売り言葉に買い言葉って、奴なのかな?
よく先生が言ってたことだけど……そう言うにはちょっとユリィの方が酷すぎた。
声は変わらず……ランの言ってたあの砂糖菓子に蜂蜜を付けたような声だから余計に怖い。
うん、僕は考えをあらためたよ。
「ラン、縛って転がしといて。火打石を取り上げて手も動かせないように」
「そうね……」
溜息一つ。
ランがユリィから火打石を取り上げて縄で縛りあげていく。
その光景を見ても全然同情なんて浮かんでこなかった。
ほっといたら何をするか分からないんだもん、これが妥当だよね。
縄で縛り、ついでに猿ぐつわまでかませられて、ユリィが完全に黙ってから僕とダリルさんで顔を見合わせる。
ダリルさんはとても疲れた顔をしていた。
「なんというか……とりあえず礼の一つでも言っとくか。ありがとうよ、ウチを放火から守ってくれて」
「いえいえ、友達を放火魔にするわけにはいかないから」
「ほぉん、そうか。友達、ねぇ」
やっと中断していた話し合いが動き出したように感じた。
うるさい人が黙っていると話が早くて助かるかもしれない。
ダリルさんはちらりとユリィの方へと視線を向けて、ふっと息を吐いた。
「だから、あいつに頼まれて剣を取り返しに来たってぇわけか」
「えぇ、だってあの剣はユリィにとってとても大切なものだって言うから……ダリルさんはそのことは知ってるんですか?」
「ああ、おおよそのことは知ってる。あいつが死ぬ気で森の奥まで駆けて行って運よく取ってきたんだろう? 実力のない自分の努力の証だってな、言いふらして嬉しそうにしてたのさ」
仕方なさそうに語る。
喋ってるだけで分かるけど……この人、すごくいい人、だよね
言葉の端々からそう感じる。
むしろ、問題があるのはユリィの方なんじゃないかなってそんな気すらしてくる。
だって、ユリィってちょっと……アレだから。
言いふらして嬉しそうにしてたってのも……出会ってすぐだったら信じられなかったかもしれないけど、今なら簡単に想像できる。
ユリィっていかにもそういうことしそうだよね……
「ユリィはその剣、返して欲しいって言うんだけど。ダリルさんに、その気は」
「ないな、まったく無い。あいつには過ぎた武器だ、似合わない。質の悪い駆け出し用の武器がお似合いだ」
その言葉に『ん~!』とユリィが喋れないまま身体を揺らした。
それに僕とダリルさんもチラリと視線を送ってから、また向き直る。
この際、ユリィのことはどうでもよかった。
「なんで、剣を奪ったんですか? ユリィが大事にしてたのは分かってたはずですよ?恨まれるし、怒られる……ユリィはこんな性格なの、ちょっと近くで話を聞いてるだけで分かったはずですよ?それなのに、何故?」
「それは……あいつのためだ」
「ユリィ、の?」
「ああ、最初から言ってると思うがあの武器にはあいつには合わない。あれで戦うには技量が足りねぇ……まぁ、あの剣を見れば分かるとは思うが剣の質自体はとてもいい」
「それは……うん、確かに」
ユリィが大切だというだけあって、ユリィの粗末な防具姿にはまるで似合わないような綺麗な剣だった。
僕が先生に卒業のときに貰った剣の方が凄いとは思うけど……
それでも、だ。
普通じゃあまり見かけない質の剣だと思う。
少なくとも店で見つけようとしたらとんでもない時間がかかるとは思う。
魔石が幾つもはめ込まれていて、切れ味だって凄そうだ。
これなら当たりさえすれば結構な強さの敵を簡単に切り裂けるとは思う。
「まぁ、そういうことだ」
「え?どういう、こと?」
「どうもこうも……この剣を持ってりゃ、あいつの本来の技量では決して倒せないような敵も倒せるようになるかね……それは危険だからな、そんな命知らずの馬鹿を作るわけにはいかねぇし冒険者としての技量が向上しないのも困るから取り上げたわけよ」
「……それって、つまり」
「あぁ、分不相応な武器を持っていると身を破滅させることになりかねないからな。装備は腕前と共に少しずつ変えていった方がいいんだよ。だから、奪った。あいつはこの剣を扱うくらいの技量に到達してねぇ」
「じゃあ、ユリィの身を、心配して?」
「あぁ、駆け出しを育てるのも、冒険者としては大切なことだからな。貴重な駆け出しが命を落とさねぇように助けてやらねぇと」
すごく正論だった。
少なくともユリィに比べればとても真っすぐで正しいって言えるくらいには、優しさに満ちているように感じられてならない。
「…………ねぇ」
「そうね、レン。わたしもほぼ同意見よ」
ランと顔を見合わせて、少し疲れた顔で頷く。
これ、ユリィの方が間違ってるんじゃないかな?
「ん~!!んん~~~!んんんんんっ!」
「それにしても元気ね……縛られてるのによくそこまで騒げるわね」
「ん~……とりあえず、ユリィの意見も聞いてみたいからちょっと猿ぐつわを外してくれない? 僕は、ダリルさんの方が正しいとは思うんだけど、一応ユリィの言い分ももう一回聞かないと」
「わかったわよ、ほら」
僕の要望にランがどうでもよさげにユリィの猿ぐつわを外した。
次の瞬間、ユリィは唾を飛ばすほどの勢いで叫び出した。
「何があたしのためよぉっ! あたしのためを思うなら剣を返してよぉっ!泥棒っ!聞こえのいいこといったってあたしは絆されないんだからねっ!犯罪者っ!窃盗犯っ!家に連れ込んであたしを縛り上げたりなんかしてっ!性犯罪者としての噂を立ててやるぅっ!」
「いや、縛ったのも猿ぐつわをしたのもお前の連れだぞ、駆け出し小娘」
「うるさーーーーいっ!こうなったら嫌気が差すまで叫び続けてあげるんだからっ、家の中だって関係ないもんっ!外にまで聞こえるくらいの大声で……」
「ラン、もっかい猿ぐつわを」
「そうね」
またどうでもよさげに猿ぐつわを噛ませていく。
ユリィの意見を聞こうとしたのは間違いだったかな……
困ったもんだね……苦笑いの一つでも出ちゃいそうだった。
やっぱり、駄目なのはユリィの方じゃないかな?
僕はユリィを助けるって決めた。
でも、何があっても味方になるって決めたわけじゃないからね。
うん……
「んんんん~~、んんんっ!」
「ユリィ、剣のことなんだけど……ひとまずダリルさんが正しいと思うんだ」
「んん!?」
「そりゃ、幾らなんでも奪い取るのはどうかと思うし行き過ぎじゃないかなって思いはするんだけど、さ。腕が見合ってないから取り上げたって言うんなら真っ当な方法で見返して取り返すのが一番だと思うんだ」
「ふ~ん、どうするのよ?レン」
僕の言葉を聞きながら異議ありとばかりに「ん~ん~!」と唸るユリィの横でランが興味深そうな声を上げた。
どうするって言っても、特別おかしなことをするつもりはない。
技量が見合わないって言うんだからさ。
なら、取り返すのは簡単なことなんだよ。
「あの剣に見合うほどに技量を磨こう、そうすれば剣を取っていったダリルさんも見返せるし、剣だって取り返せるから」
「んぅ!?」
「……ねぇ、レン?今ユリィが何だって!?みたいな顔をしたんだけど……本当に大丈夫かしら?」
「た、多分」
ユリィが必死に首を横に振っていた。
そこまで嫌な理由がどこかにあるのかな?
これが一番まともだと思うんだけど……
ついには猿ぐつわを噛み切ろうとしているのか、歯をガリガリと擦り合わせる仕草まで見せる。
そんなに、酷いのかな?ユリィの腕前。
ダリルさんは酷いもんだって言ってたけど。
「……で、お前さんたち。話はまとまったか?」
「ええ、ユリィが剣の腕を鍛えるんでそれによって腕前が十分だって判断したら返してあげてください」
「それは構わねぇがよ……」
「むがむが……むぐっ!……よしっ。あたしははんたーーーい!今すぐ剣を返してぇ!」
「……だ、そうだが」
猿ぐつわを噛み切ったユリィが大声を上げた。
よく、噛み切れるよね……どうやったんだろ?
ランも隣で見て呆れてる。
僕もほとんど同じ気持ちだった。
これじゃ、ユリィが我が儘を言ってるようにしか見えない。
おかしいな……僕、困ってる人を助けようって思ってここに来たはずなんだけど……
今一番困った顔をしてるのはダリルさんの方だった。
疲れた顔でうんざりしてるように、ユリィを見て。
と、そこで玄関が叩かれた。
ダリルさんが一言断ってから玄関の方へと赴くと、そこには一人の上品そうなおばさんの姿が……
「あぁ、これは大家さん」
「急にごめんなさいね。騒がしくしてるから気になったもので……それに、少し騒動もあったのでしょう?あなたが子供から物を奪ったって噂になってて」
「はぁ、それはまた迷惑を掛けちまって」
「いいえ、それはいいのだけど……あなたってなんだかんだで口下手でしょう? 私、心配になってしまって……あら?お客様かしら?」
ダリルさんの身体で隠れてたんだけど、チラッと見えたんだと思う。
ダリルさんの肩越しに、首を伸ばして僕たちの方を見て……それから主に縛られて転がされてるユリィを見て目を見張った。
「っ、ダリル!? あなた……なんてことを」
「っ、いや、違っ……あれはっ!家に火を付けようとするから仕方なくっ」
「え?そうなの?」
「違いまーーすっ!助けてくださ―――いっ!ダリルに襲われそうなんですぅっ、縛られてひどいことをされてるんですぅ」
「っ、まぁ!」
「いやっ!あれはっ!馬鹿の悪ふざけでっ!」
「んまぁっ!馬鹿とは何ですかっ!?軽々しく人を貶してはいけませんよっ!詳しく状況の説明をなさい!」
焦ったように事情を説明しだす。
ただ、実際に縛られてるユリィが転がってるのが見えてるからか劣勢だ。
あんまり信じて貰えてなさそう……
それを見てユリィはニヤリと口の端を吊り上げて嬉しそうにしていた。
「ふっふっふっふ~、思い知ったかぁ。あたしの剣を返さないからこんなことになるんだよぉ?」
「……あんたって、いい性格してるわよね。胡散臭いと思うのも当然だったわね」
なんてことなさそうにランが呟いて、今度は噛み切られないように金属を噛ませてその上から布で縛り付ける。
ついでに軽く魔法を浴びせて失神もさせたみたいで、ん~ん~と呻いていたのが一瞬で静かになった。
流石にちょっと……と口を挟みたくなるような扱いではあったけど。
まぁ、口を挟めるようにしたらまたややこしいことをしそうだもんね。
これくらいは仕方ない、そう思えるくらいの状況ではあった。
やがて、何とか説明をすることが出来たのか、大家さんの声も静かになる。
ダリルさんはすっかり疲れ果てた顔だった。
「あら……では、いつもの駆け出し冒険者たちに対する? なら、心配することはないのかしら?」
「ええ……あの駆け出し小娘はちょっと剣に対する思い入れが強すぎたからあんなふうに食って掛かってきただけで」
「そうなの……それで家に火を付けられそうになったり悪い噂を流されそうになったりとしたわけね……そこまでするのですもの、よっぽど大事な物だったのでしょうね」
「……まぁ、そうみたいですな」
「ダリル、私はあなたが駆け出しの子たちを大切に育てたいと思っているのは知っていますが、駆け出しの子たちはそうではないのですよ?」
もっとやり方を考えてくださいね?
そう言って、大家さんが玄関を後にした。
それからダリルさんの疲れたような長い長い溜息。
「……何か、ごめんね?ダリルさん」
「あぁ……まったくだ、お前たちが親切心でそこの駆け出し娘を俺のとこに連れてくっから……っていいたいとこだけど、な。気にするな、全部そこの駆け出し小娘のせいだ」
「あ、はは、うん、そうだね」
まったく反論の出来ることじゃなかった。
ユリィって、ちょっとでも状況を悪化させようと酷いことばかりしようとするもんだから、ね。
苦笑いくらいしか出来ないよ……
それから少ししてユリィが目を覚ました。
うるさく騒ごうとするのをランが耳元でちょっと脅して黙らせているのが聞こえてくる。
僕も特に止める気はなかった。
だって、ユリィって本当に酷いことばかりしようとするから。
黙って聞くことを了承したユリィがこくこくと頷いて、猿ぐつわのまま話を聞く体勢になる。
それにダリルさんが小さく頷いた。
「駆け出し小娘、この剣は俺が預かってるだけだ。いつでも取り返しに来やがれ、技量が上がったのが認められたら返してやる、ただ、お前はそれが不満みたいだからな、特別に条件を一つ付けてやろう」
ゴブリンの巣を一つ潰すこと。
その条件を聞いてユリィは今度こそ顔色を真っ青にした。
なんでだろ?
そそっとランの方へと寄っていって声を潜める。
「ねぇ、ラン?この条件、別に難しくないと思うんだけど……」
「そうね、でもユリィには難しいんじゃない? 少なくともユリィはそう思ってるみたいよ」
「そっか……」
興味なさげに答えるランに、僕もあまり納得の出来ないまま離れる。
巣を一つ潰す、だよ?
ゴブリンを倒せとか、大量に居る場所をとか条件は付けられていないんだから……誰も居ない巣穴でも入り口を塞いじゃえば終わる話なのに。
「そんなの……無理ぃ」
猿ぐつわを外した後にポソリと呟かれたその言葉に、僕は首を傾げるしか出来なかった。




