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第18話 偉くなった元教え子 ライちゃんの憂鬱



 冒険者ギルドという組織はどこの街にでも存在する。

 魔物を倒し、依頼を斡旋することで治安維持、並びに付近一帯の平穏を守る冒険者たち。

 それらは全て冒険者ギルドに所属するものであり、更にそれらのギルドを統括するグランドマスターともなれば一般の人たちからすれば雲の上の存在ともいえるほどに権力を持った存在だ。

 グランドマスターともなればその組織の性質上、国境すら越え、敬われる。


 最後に軽んじられたのはいつくらいになるか……


 それくらいになるのがグランドマスターであるライフィス・エルメランド……我の日常になるわけなのだが。

 その日は違った。

 何回か稀にある厄介ごとの日だった。



 執務室でいつも通りに仕事をしていた時だった。

 魔物が活性化してきたらしく、我のところにも報告の書類が増え始めて、それに比例するように大きな執務室を埋め尽くすほどに占拠するようになり……それを処理しては、増やされ、処理しては増やされ、それでも処理をしていた時だった。


「ふむ……山賊の被害か……これも深刻だな、とはいえ依頼も無しに冒険者を向かわせるわけにはいかず、と、依頼が出てこないように手を回してるわけだな」


 中々に手回しが良い。

 そう評して、とりあえずこの件は保留としてお茶を手に取る。

 どうしようもないことを考えても仕方がないからな。

 冒険者がどうしてもやらなければならない仕事というわけでもない、他が解決するかもしれないし気長に待つしかなかろう。

 一息ついてカップに口付ける。

 赤々とした、透き通った色の茶だ。

 匂いも豊潤で甘く、お気に入りの葉だ。

 香りを楽しみ、クイッと一口傾けたところで、悪魔の声がした。


『あぁ、ライちゃんですか? いつもみたいに教え子たちに付いて来てるんですけどね、ちょっと目を離さなければならなくなったので戻るまでお願いしますね』


『は?いきなり連絡してきて何だお前は?だいたい、我はそんなに暇ではないといつもいつも』


『では頼みましたよ』


 おい、待て……

 思わず虚空に向かって声を出してしまったが、それももう意味は無い。

 念話が切れているのは分かりきっていたことだから。

 

「……いつもいつもこれだ」


 とりあえず少し味が落ちてしまったような気がするカップの中身を飲み干して、立ち上がる。

 色々と言いたいことはあった。

 まずそのレンくんとランちゃんというのは誰だ、とか。

 こちらの予定も聞かずに気軽に頼みごとをしてくるな、とか。

 一方的に頼みましたよと言って念話を切るのは何事だ、とか。


「まったく……困ったもんだな、あいつは」


 昔、ちょ~っとだけ教わったことがあるだけでずっとこうして頼みごとをしてくるんだ。

 まあ……そこまで嫌というわけでもないんだが。

 話も大体分かる。

 どうせ、また弟子が心配で追い回しているんだろう。

 また気付かれないように、色々と偽装をして、認識疎外やらなにやら物凄く高度な魔法を無駄使いしてな。

 

「レンくんに、ランちゃん、か」


 その名前だけで分かる。

 あの男、教え子に付ける名前はほぼ一緒だから。

 我の名前もそうだ、ライフィス、あいつに師事したころにあいつに付けられた名前……女は大体ラから始まる名前で男はほとんどレから始まる名前なんだ。

 前にもこうやって一方的に頼まれて弟子たちを見たから知っている。


「……仕方ない、行くか」


 執務室を後にする。

 チャラリ……と、揺れたペンダントを服の中に仕舞って、外で頼まれた子たちを追跡するのに相応しい服に着替えて。


「ライフィス様、どちらへ?」


「あぁ、少し所用が出来てな。我は少し出てくる、茶なら我が帰ってきた後にまた頼む」


「かしこまりました。しかし、まだ仕事が残っておりますが」


「言うな、気分が落ち込む。だから、本当は嫌なんだ……嫌なんだが」


 行かないという選択肢は我にはない。

 それだけ、あの男には恩がある。

 義理もある。

 頼まれたことは可能な限りやってあげたいと思うから。

 個人的事情を鑑みれば苦しくても、やらないなんて我には有り得なかった。

 我のその表情を見て察したらしい、メイドのミリィは恭しく頭を下げた。 


「そうですか、分かりました。お気をつけていってらっしゃいませ」


「……あぁ、では我の留守は任せるぞ」


 そのレンくんとランちゃんとやらがどこに居るかも分からんが、メイドに見送られて屋敷を後にする。

 どうせ、あいつのところで学んだ子たちだ。

 すぐ分かるだろう。



 そして予想通り、その子たちはすぐに見つかった。


「あれ……か」


 齢14,5といったところの男女二人組が、屋台で食事を取っているところだった。

 楽しそうな笑い声が聞こえる。

 ともすれば行儀が悪いとも言われそうな食べ方をしているわけだが、それが日常の一幕に映るほどには仲睦まじい様子だった。


『ちょっとレン、それちょっとわたしにもちょうだいよ』


『え?いい、けど……うぅん、ランは何くれるの?』


『えぇ?いいじゃない。あげなきゃくれないの? まったくケチね』


『……うぅ、いいけどさ』


 渋々と食べ物を差し出している様子がうかがえる。

 気を抜いていて、緩んでいて、普通の少年少女にしか見えない姿。

 だが、その割にはあまり隙が見当たらなかった。

 後ろから飛び掛かられたとしてもすぐさま対応できるであろうことは見るだけで分かる。

 まぁ、我から見たらそれでも少し拙いくらいではあるのだが。

 あの姿には我には見覚えがあった。

 あの隙のない立ち居振る舞い、あれはあいつに教えを請うた証だ。

 二人の魔力を見てもそれが簡単に分かった。

 身体を護るかのように薄く張り付き、渦巻くように循環している。

 濃く、強く……それはまるで愛されているかのようでもあり、手厚く奥にしまい込まれているかのようでもあった。

 そして、そんなような高度なことを息をするように行っている。


「ふむ……まぁ、奴の元を卒業したてではよく見るレベルか」


 奴の教え子として、十分に基準には達しているのは見るだけで分かる

 我はこれまで何人もの奴らを見てきたからな。

 

 二人とも十分に強い。


 そうなるとちょっとばかり虚しくなるのもいつものことだった。

 今、我はこの街で一番高い時計塔の上に居る。

 そこで何が起きてもすぐに駆け付けられるように監視をしているわけだが……必要か?

 頼まれたとはいえ、必要性を疑問に思わずにはいられない。

 それはまぁ、我と比べれば当然我の方に軍配が上がるだろうが、それは時間と弛まぬ鍛錬があったからだ。昔、奴の元で教わり終わったくらいの頃は我もあれくらいだった。


「あいつも大概過保護だな……」


 溜息の一つも吐きたくなるというもの。

 確かに我と比べれば弱いと言わざるを得ないだろう。

 だが、だから何だと言うのか?

 そこら辺の一般冒険者に比べれば隔絶した強さがあるのは間違いない。

 ここから見ている限り人格的に問題はなさそうであるし、トラブルなどまるで起きそうにない。

 起きたとして、だ。

 あいつらだけできっと対処できるだろうに。

 

「……はぁ、こんなことよりも仕事がしたいものだが」


『ライちゃん?サボってませんよね? くれぐれもよろしくお願いしますね』


「……」


 ちょっと目を離したすきにまるで図っていたかのように念話がきた。

 本当に過保護なもんだな。

 ただまぁ、我にも分からなくはない。

 あの二人、強いとはいえそれは一般的な枠組みに当てはめて考えた場合だ。

 あの男の元を卒業した者としてはやはり最低限の強さを備えてるに過ぎない。

 我からしたらあの二人は強いとはいえ、そこまでではないのと一緒だ。

 あの男からしたら、よちよち歩きをするヒヨコにしか見えないわけだ。

 あいつ、我と違って一般常識的な視点を持ち合わせておらんからな。普通に考えたらどうか、とかその辺り稀薄なんだろうさ。

 だから、ああも過保護になる。

 まあ、あいつにとっては子供のようなものだからというのも理由の一つだろうがな。

 

「それに、まだ気づいてない様子……その辺りもまだ未熟、か」


 二人が首に提げるペンダント。

 我が持ってるのと同じもの。

 これは奴に教わった者は終わった時に確実に渡されるものだ。

 これには、大した効果が備わってはいない。特別な魔法具というわけではない。

 ただの卒業の証……と、最初は思うわけだし聞いたら実際そう説明される。

 が、実際はそうではない。

 これには着用者の位置を知らせる魔法術式が組み込まれている、それだけではなく身体の調子を整え普段よりも全ての面において微弱な能力向上を行い、着用者の身を守る。

 あの男、レイフォルト特性の魔道具だ。

 一般からしたらとんでもない道具、なわけだが……あの男からしたら、実際大した効果が備わっていないただの卒業の証。

 実際、我のように強くなったら奴の言う通り、そんな大した代物なわけでもないわけだ。

 これの効果に気付かないうちは、まだあの男の庇護下にあるようなものなわけだ。


「……やれやれ」


 そのことを知った時、あの子たちはどう思うかね?

 何度、同じことを繰り返せば気が済むのか?

 困ったものだ……

 我も随分前に通った道だから、その辺り大体想像は着くが、な。

 もう何年前になるか……昔のこと過ぎて覚えてはいない。けど、随分前だ。

 先生、か。

 教わってるときは我もその呼び方をするように言われたものだ。

 我は頑なにそのようには呼ばなかったわけだが……あやつも変わらぬな。

 我はハーフエルフ、それゆえにその当時からそれほど見た目に変化はない。しかし、あの男は人間のはず。

 何をどうして、あの姿のままで今まで居るのか?

 さっき聞いた声の感じからして、やっぱり全く変わっていないんだろう。少なくとも前に見た時、我の知ってる声とまるで差が無かった。

 それゆえ、衰えることなく多くの弟子を輩出してたびたび我にこのように見てるように言われるわけだがな。


「……まぁ、些細な事か」


 我にとってはそれほどどうでもよい。

 何故なら、あの男のことだからだ。

 何が出来ても不思議ではない。

 我の後ろをこっそりついてきて、それに気づかずに我はそのまま旅をしてきて……まるで変わらない。

 あの時と同じ姿で、同じ行動をして、同じような思考回路のままで……まったく、と溜息の一つも吐きたくなる。

 あの頃から変わったことといえば……そうだな、我のことくらいか。


「まさか、書類仕事の方がはるかに強敵になるとはな……」


 どんな化物を相手にするよりも恐ろしい。

 帰った後に向き合う書類のことが、今は一番怖かった。

 早く戻ってくればいいもんだがな……

 先のことを思い少しばかり暗澹たる気分になりながらも下を見る。

 そこではちょっとした騒ぎが起こっていた。


『はぁ、はぁ、やめて……やめてよぉっ!あたしの、あたしのなのにぃっ』


『うるっせぇ、お前みたいなちっこい女がこんなでかい剣を持ってたって意味ねぇだろうがっ!俺が貰っといてやるぜ』


『やだぁっ、やめてぇっ!せっかく、頑張って……頑張って、手に入れたのにぃ』


 筋骨隆々の大男が、小柄な女から巨大な剣を取り上げているところだった。

 ともすればカツアゲ、理不尽な現場に見える状況ではあるが……

 誰もが関わろうともせずに静観している。

 それは無論、冒険者であればよくあることだからだ。


「……む、男の方は知ってるな。最近、上級になったばかりの奴か」


 書類に目を通しているから知っている。

 男の方は粗暴な言動が目立つせいで、実力に関してはそこそこあるのだがそのせいで評価が低く中級からしばらく上がることのできなかった男だった。

 確か、名前は……ダリル、といったか。

 女の方は知らなかった。

 女……というよりもまだ少女と言うべきか?

 大人の階段を昇り始めたばかりに見える、線の細い……儚げな印象を受けるハッとするような美少女だ。

 声も必要以上に甘く……人によっては媚びてるようにすら聞こえるくらいの甘ったるい声。

 冒険者登録をした証がその服に掛かっているから、冒険者であるとは思うのだが……我にはまったく覚えのない者だった。

 こんなに特徴的なのに、知っていたら我が分からないはずはないからな。

 最近登録した者か?

 その少女は駆け出しに相応しい格好をしていた。

 言い換えれば粗末で安い、そう言える装備。

 その中でダリルに奪われた剣だけが異彩を放っている。

 華美で巨大な、少女の身の丈近くある大きな剣だった。


『お前にはこれは分不相応だ、代わりにこいつをくれてやる。それで戦って、腕を磨いたら取り返しにでも来るんだな』


『あぅ、そんな……ひどい……ひどい、よぅ』


 目の端に涙を溜めて蹲る。

 その手前にはダリルが投げた剣が一振り。

 ごく普通の剣だった。

 特質することのない、普通の長剣。

 店売りで誰でも買えるような、駆け出しがよく持っている装備だ。


「ああいうことをするから、今まで昇格できなかったんだろうに……」


 ダリルめ……お前は馬鹿なのか?

 あいつはあのような言動をするし、ああいったことをよくするのは書類にもあった。

 あの男は立派な武器や防具を持つ駆け出しにちょっかいを出しては、それを取り上げて代わりの装備を投げ渡して去っていくんだ。

 だが、それには理由があるのは奴と深く付き合うものだけは知っていることだった。

 ちなみに我は隠密に調べさせたから知っている。

 分不相応な装備は身を滅ぼす要因になる。

 正しく扱える技量もないのに、無駄に良い装備を持っている者にはそれが使える腕前に達するまで相応しい装備で腕を上げさせようというわけだ。

 まぁ、装備品は無駄に良いものを持っていてそれが自分の実力だと過信すると力の及ばないところにいってしまってやられることもよくあるからな。

 装備にこだわるのなどある程度強くなってからで構わない。

 それまでは順繰りに装備を質の良いものに変えていって慣れていった方がよいわけだ。

 奴自身、駆け出しのころにそういった高価な装備に身を包んで失敗したらしいからな。

 自分の二の舞になって欲しくないから、あんな真似をしているそうな。


 だからと言って、不器用な……もっとやりようがあるだろうに。


 ひどく疲れた気分にさせられる。

 それは偽らざる我の本音だった。


『うぅ、ぅぅうぅぅぅ』


 泣いてる少女を人が遠巻きに見ている。

 ダリルということで納得をしたものが数人いるくらいか。

 ふむ……まぁ、確かにあいつにあの剣は合ってなかった。

 十中八九扱えないだろうことは見るだけで分かる。

 まだ奴に渡された剣で戦う方がよくやれるだろうと感じるほどには。

 しかし、だ。


「……ふむ、魔力は弱い、な」


 弱い。

 感じられる魔力や見える流れから駆け出しなのは間違いないと断じることが出来る。

 だが、少しばかり妙な気がしてならなかった。

 明確に違和感を感じるわけじゃない。

 どこが、とか確かなものもない。

 ただ、少し変なのではないかと思うだけだ。


「魔道具、か?」


 首についてる黒い首輪、そこから妙なものが感じられて首を傾げざるを得なかった。

 普通は服や装身具などから魔力が発せられることはない。

 発しているのはあくまで生身の身体……肉体から出ているからだ。

 それが服を覆うように身体の周りを巡って、全身が魔力に包まれているかのように見えるというだけだ。

 しかし、あのチョーカーはそれそのものから魔力が出ているような感じられてならなかった。

 非常に薄くて、誤差の範囲とくらいにしか思えない微細なものだが……確かにそれが感じられる。


「……む、まぁ、構わぬか」

 

 見ると泣きじゃくる少女の元にレンとランの二人が寄っていっているところだった。


『えと、大丈夫?』


『……ふぇ?はぅ、えと、ぅぅ、ごめんなさい。あたし、こんなところで』


『そうよ。道のど真ん中は流石に目立つわよ。今度から端に寄ってからにしなさいよ』


『ぅう……はい』


 言われるがまま端に寄っていく少女に、レンが待ったを掛ける。

 それにランが面倒くさそうな表情を浮かべて、止めた方がいいんじゃない?と目線で語る。

 

 ふむ……そうか、関わるのか


 相変わらずこういうことに首を突っ込むのが好きな連中だな、レイフォルトの卒業生は。

 よく見た覚えのある光景に、ふっと息を洩らす。


 常識的に考えればこんなのは放っておくのが正解だと思うのだがな……


 初対面だぞ?

 道端で泣いてた、よく知らない女だぞ?

 少なくとも我なら一瞥しただけで興味を失ってそのまま歩いていくだろうさ。

 だというのに……


「まったく……」


 お人好しな、そう言いたくなるのを堪えて少女を助け起こし始めた二人を見やる。

 まぁ、これは別段介入しなくてもよかろう。

 我はレイフォルトほど過保護ではないのだ。

 本当に妙なことにでもならない限りは、自分たちでどうにかするように頑張るんだな。


『あぅ、あり、がとう。その、あたし、ユリィって言うんだ。えと、本当に、その』


『あ、はは、いいよ。そんなに頭を下げなくったって……ちょっと気になっただけだから』


『そう、なんだ……でも、本当にありがとう……』


『…………はぁ、面倒くさいわね。まぁ乗りかかった舟ってとこね。一応聞くけど、あの剣はなんだったのよ?』


『あ、はいっ!あの剣はっ、あたしが森の奥から持ち帰ってきた大切なっ』


 剣の説明をしているわけだが……我の目はその首にあるものにしかいかなかった。

 黒い、チョーカー……確かに違和感を感じる。

 何か、おかしいと思う。

 これくらいは気のせいと断じてしまっていいものだろうか?

 そう考えて、ふむ、と小さく頷く。


「仕方ない、あいつにも言っておくか……」


 今は見ておこう。

 あの二人ほどの腕なら大抵のことには対処できるであろうし、な。

 我は基本は傍観者に徹するつもりだった。



誤字を一部修正しました。

報告ありがとうございます。


新たに章管理を実行してみました。

次話→レンくん視点

28話→レイフォルト視点

となっております。

見にくかったりしましたら気兼ねなくお願いします。

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