第17話 街へ
幾つかの山を越えて、街へと至る。
そこには大きな苦労と苦難が待ち受けていました。
「姐さん、旦那~。腹ぁ減ったぜ~なんか食わしてくれよ~」
「おう、俺ぁ腹一杯食いてえな~」
「そうそう、肉だ。肉がいいなぁ」
「……あのね。あんたたち、ちょっと前は食料くらいは取ってくるだなんて言ってなかったかしら?」
「「「いやぁ、だって襲われたら怖いし」」」
ここ数日ですっかり怖気づいてしまった山賊さんたちは、元々そういう気質があったんでしょうね。
レンくんとランちゃんが食事を最低限は苦労して与えていると、それにすっかりと慣れきって図々しくも要求をするようになってしまいました。
いやぁ、どうもこの人たち……出来る限り楽をして生きていたい、とそういうタイプの人達みたいですね。
それから、彼ら……山賊として徒党を組んでいた割にはどうも集団行動というものに慣れていないみたいでしてね。
「っ、おわっ、ててて、躓いた~」
「うおっ、バッカやろう!俺たち今は紐で繋がってんだぞっ!コケることの影響を考えやがれっクソがっ!」
「んだとぉっ!?これくらいは仕方ねぇだろうがっ!誰だってこれくらいはあるっつぅのっ!」
「あ~、ちょっとちょっと、そういう喧嘩はよくないって僕、思うんだけどなぁ」
「ひぇっ、こ、こらっ!てめぇのせいで旦那にお叱りを受けちまったじゃねえかっ!」
「バッカやろうっ!怒られたのは俺のせいじゃねぇ!言いがかり付けてきたてめぇのせいじゃねぇかっ!」
「ああんっ!?」
一人の失敗を周囲が上げ連ねるように文句を言い出すんですよね。
誰もフォローなんかしないんですよ。
集団で行動する上でよい雰囲気を構築しようという気が欠片も見当たらないのです。
それに、繋がって歩いている割には皆が皆で思い思いに行動しようとしているというか。
「……?おい、いきなりつっかえたぞ。誰だ、止まってる奴は?」
「へ?……あぁ、ちぃと疲れちまったから休憩を」
「阿保ッ!俺たちゃ捕まってる身なんだぞっ!そんな自由があると思うかっ!動けっ」
「あ~、へいへい分かりやしたよ頭ぁ……おぁ?俺が動いても動かねぇんですけど」
「お?悪いっす、ちょっと催しちまったもんでさ。しょんべんでも」
「バッカ、お前……そういうことをしたら匂いで魔物に位置が分かるだろうがっ!」
本当、困った方たちですよね。
護衛の練習には良い経験だと思って、レンくんとランちゃんの後ろを付いてわけなんですけど……流石にちょっと難易度が高かったかもしれません。
可哀想なことをしてしまったかもしれませんね。
なんて、ちょっと苦笑いをしながら付いていってました。
その甲斐あって、二人は急速にこういったことへの経験を積み、後々になっては見違える対応を見ることが出来たわけです。
いやぁ、よかったよかった。
二人とも、よい経験になったようで何よりです。
そして、今は街の入り口。
山賊さんたちを引き渡している最中ですね。
「ははは、そうかそうか。嬢ちゃんに坊ちゃん、二人とも大変だったんだな」
「ええ、大変だったのよ。門番さん……でも嬢ちゃんは止めてもらえる? わたしにはランフィールドって言う先生から貰った大切な名前があるのよ」
「おぉ、そうかいそうかい。悪かったな、ランフィールドちゃんよ」
「ふんっ」
うぅん、ランちゃんったら……これはどうも『ちゃん』付けが不満なようですね。
ランちゃんは普段はあまり深く考えることもなく動いているのですけれど、人見知りなところがあって馴れ馴れしく呼ばれるのを嫌いますからね。
見も知らない人間に『ちゃん』付けで馴れ馴れしく呼ばれるのが嫌だけど、それを口にするのも面倒くさいといったそんな様子で唇を尖らせていますよ。
「それで、門番さん。僕たち、中に入れますか?」
「おう、坊ちゃんの方は丁寧だな。問題なく入れるぞ、山賊を引き渡してもらえればそれで報奨金も出るし、君たち自体にも特に問題はないだろうからな」
「あ、そうなんだ。よかった」
ふむふむ、真面目に仕事をされている人間には丁寧に接するようにと教えてはいたのですけど、それが生きているみたいですね。
安心しました。
逆にランちゃんは、まだちょっととげとげしてる感じなのが気になりますけど……ふむ、ランちゃんはそのあたりの切り替えも割と苦手な部類に入りますからね。
「しかしまぁ……ふむ、『山の涙』か。でっかい組織の奴ら掴まえたもんだな。大したもんだぜ」
「?山の……?」
「何よそれ?わたしもレンもそんなの聞いたことないけど?」
「知らずに掴まえたのか? ますますすごい奴らだな……うぅん、ないとは思うけど一応聞いとくか……これ、自作自演じゃないよな?」
「違いますけど?」
「そうよ……ていうか、さっきから失礼な人ね。まぁ、わたしとレンの見た目じゃ疑うのも分からなくはないけど不愉快よ」
「あっはっは、悪い悪い。最近あいつらが結構大々的に悪さしてるもんだからちょっとな」
チラリと、紐で一繋ぎになっている山賊の方々を見て門番さんが詫びを入れてきました。
ふぅむ、まぁ、大抵の人は見ただけで実力を測るなんて難しいですからね。
こう言った誤解も仕方はないでしょう、二人とも気にしてはいけませんよ。
とまぁ、心の中でエールを送るしか出来ないので二人ともちょっと微妙な顔で門番さんに向き合っていますけれど、ね。
それにしても、ふむ。
つまり、この山賊さんたちは結構大きな組織な人たちだったというわけですね。
よく観察すると門番さんがある一点を見ているのが分かります。
そこには赤錆色をした布切れ。
それを山賊の人たちは皆がどこかしらに身に付けている。
あまり洗っていないだけかと思っていたのですけど、意味があったのですね。これ。
門番さんの質問による微妙な雰囲気。
まぁ、二人とも私がしっかりと育てたのでこれくらいで癇癪を起こすようなことはないのですよ。
安易に怒るのは対人関係において最もよくないことだと教えておきましたからね。
ただ……二人は大丈夫なんですけどね。
私がまったく教えてもいない方たちにはまた話が別のようでした。
「おう、こらぁっ!そこのクソ門番っ!姐さんと旦那にいちゃもんをつけやがったなぁっ!」
「ふっざけんなっ!旦那は俺たちをここまで守ってくれたんだぞっ!魔物が怖くても怯えなくて済んだんだぜっ!」
「飯だって調達してくれたしよぉ、理不尽に会話を切ったりしないで俺たちみたいな奴にでもちゃんと会話をしてくれたんだってよぉっ!」
「「「旦那と姐さんを馬鹿にするんなら俺たちが黙っちゃいねぇぜ!」」」
熱くなって叫ぶ山賊さんたち。
威圧的な雰囲気と言葉だったわけですけど、まぁ返ってきた反応は冷ややかなものでした。
「……え~と、随分慕われてるようだけど君たちも山賊の仲間か?」
「違いますっ!動けないように捕まえてる手前、僕たちでここに来るまで色々とやらなきゃならなかっただけですって!」
「あ、そう?」
明らかに信じていない眼でした。
それにレンくんが必死に説明をするわけですけど、まぁ直接見てないので理解は難しいですよね。
まずこの人たち魔物恐怖症になってしまったのを教えないといけませんし、その上で彼らがどんなふうに捕まっている間に過ごしていたかを説明しなければなりませんからね。
レンくんが門番に頑張って説明をする間に、加熱する山賊さんたちの方はランちゃんが面倒を見ていました。
といっても睨みを利かせてるだけなのですけどね。
「……あんたたち、話がややこしくなるから黙っててくれる?」
「でも、姐さん! 旦那と姐さんがこんな目になってるのに俺らが黙ってるわけには」
「「「「そうだそうだっ!遠慮なくいってくだせぇ! 俺たち姐さんの助けになりますぜ!」」」」
「そう、じゃあ黙ってなさい」
風の弾丸が山賊さんたちの周囲に着弾して、彼らを黙らせる。
ランちゃんはこのあたりのコントロールは上手なので当てようとしない限り、誤って当てるようなことは決してありません。
それも、これまでのことで皆さんわかってるのでしょうね。
やる方もやられる方ももはや慣れた様子で、騒ぎがピタリと収まってしまいました。
なんというか……飼い犬をいさめる飼い主のように見えますね。
それを見ていた門番さんの方も、レンくんの説明ではあまりよくは分からなかったみたいなのですけれど一応は納得をしてくれたみたいでした。
「成程な……まぁ、何かよくは分からんが色々あったんだな。お前らも大変だな」
「あ、はは、うん、大変、でしたよ」
「そうよ、まったくこいつら……調子いいんだから。わたしとレンがあれの仲間に見えるなんて心外もいいとこよ」
「あぁ、悪かったよ。済まなかったな、ランフィールドちゃん」
「……ふんっ」
門番さんの謝罪なんですが、ランちゃんったらそっぽを向いちゃいましたね。
困ったものです。
まぁ、仕方がないのですけどね。
こういったことをすぐに直せなんてのは無理な話ですからね。気にせずに見守っていくことにしましょう。
別段、直す必要性も特にないものでもありますからね。
それがランちゃんの個性であるならば無理に直すこともないでしょう。
別のところでその歪みが出た方が困る場合がありますからね。
門番さんがレンくんから山賊さんたちを拘束しているロープの端を受け取る。
引率を引き継ぎ、それからもう一人の門番さんが山賊さんたちの後ろに付くことでようやくレンくんとランちゃんの長い旅路も一旦終わりを迎えました。
拘束が完璧に外れそうもないことを確認して、門番さんが頷く。
「さて、ちょっとばかり時間がかかってしまったけど二人はもう街へ行ってくれて大丈夫だぞ。山賊どもは俺たちが責任を持って連れてくからな」
「あ、ありがとうございます! えと、大変ですけど頑張ってくださいっ!」
「大変ってのは何が……って言いたいところだが、うぅん、それは俺たちの普段からの務めに関する感謝だったらいいんだけどな……多分」
「はい、山賊の人たち連れていくの凄く大変だと思いますけど頑張ってくださいっ!」
「やっぱりそっちか……まぁ、頑張るよ」
「で、山の涙っていったい何なのよ?」
「ん?ああ、それは、だな……」
思い出すようにぽつぽつと語っていく。
何でもここ最近で急激に力を付け始めた山賊団のようですね。
昔からこの付近で細々と山賊行為を働いていたようなのですが、ある時を境に大々的に商売を行うようになり……人の身を売り買いしたり、金の貸し借りをしたりと後ろ暗いことで儲けている、と。
それもただの金の貸し借りではなく意図的にその人が破産するように仕向ける類のモノみたいですね、知らない間にどんどんと借金が膨れ上がっていていつまで経っても返し終わらないとか。
どうも門番二人が山賊さんたちを連れて行かないといけないので、代わりが来るまで動けないみたいですね。
もう行っていいと言ってくれた割には、長いことお喋りに付き合ってくれていますよ。
「でまぁ、厄介なんだけどな。どうにも大きな力を持っているみたいで潰すに潰せないわけだ」
「大きな力って何よ?」
「さあな、交渉事の巧い奴が頭を張っているみたいでな。単純的な力ってよりも、まぁ政治的な力ってやつだな。上手いこと隠蔽してるんだがお偉いさんにも顧客が居るらしい」
「ふぅん、面倒ね」
「そうだな、俺たちも街を守る番人として機会があれば自警団や街の騎士団と協力して掴まえてやるんだがなぁ」
「そう」
あぁ、これはもう興味を失った返事ですね。
完全に門番さんから視線を外してますよ。
レンくんはレンくんで二人の話の輪からは離れて、タルムさんのとこにこっそりと聞いていました。
「で、本当なの?」
「一応、な。うちなんかは本当に末端の下部組織だから、名前くらいしか繋がりはないし、どんなことをしてるのかも知らないけどな」
「へぇ~、それってどんな意味があるの?」
「非常時には守ってもらえるわけさ。別の組織に睨まれた、とかな。もっとも、ゴブリンに襲われても助けちゃくれなかったが」
「あ、はは、そうだね。そっか、じゃあ本当に繋がりがあるってだけなんだね」
レンくんが納得をしていると、代わりの門番さんが到着をしたみたいでした。
軽く状況の説明をしたのち、山賊さんたちの移送に移る。
タルムさんとレンくんは近くに居たので軽く挨拶を交わしていましたけど、名残惜しそうにしてたのはむしら、その他の山賊さんたちでした。
「旦那ぁ~!俺たち真人間になるからなっ!絶対にまともな職業に就くからよぉ!そのときは来てくだせぇ!」
「ありがとう……ありがとうっ!思えば、生まれてこの方……誰かに守ってもらったことなんてなかった。親の顔なんかは覚えてもいないし、物心つく頃から山賊だったし……人が温かいって知れたのは旦那たちのおかげなんだぁああああっ!」
「さっさと釈放されてまっとうに生きねぇとなあっ!」
「うるさいぞ、山賊ども!きりきり歩けっ!」
どうしてこんなに好かれているんでしょうね、二人とも。
それが分からないのか、微妙な顔で見送る二人。
一転して面倒くさそうに連行をしていく門番さん。
ちなみに私は当然、レンくんとランちゃんの側です。
山賊さんたちに付いていく理由はもう何一つありませんからね。
見送っていると、代わりで来た門番さんが頭を下げてから寄ってきました。
「山賊の捕縛にご協力を感謝いたします。後ほど、然るべき金額を計算の上で報酬をお支払いいたしますので我々の詰め所までお越しください。彼らはそれなりに名の知れた山賊の一味ですので、報酬の算出には少しばかり時間がかかることと思いますので時間を置いてから来ることをお勧めします」
「あ、うん、そう、ですか……はい」
「なに歯切れ悪い返事してんのよ……はぁ、まぁ、そういうことならわたしたちはもう行ってわけでしょ? 早く街に入りましょ、レン」
「へ?あぁ、うん、そうだね。じゃあ行こっか」
門番さんが頭を下げて口にする「ではお気をつけて」を背中で聞いて二人は街の中へと入っていく。
門を抜けるとそこには、人々の喧騒がはっきりと聞こえてきました。
他愛のないことで笑い、買い物をし、遊んでいる子供たちの声まで聞こえてきて……こういうのを聞くと、人が居る場所に来たって思いますよね。
二人に関しては、街に出たことなんてまったくありませんからね。
感動に目を見開いていました。
「う、わぁ……人が、いっぱいだね?」
「ん……そう、ね。想像以上だわ、わたしもっと静かなのを想像してた……でも」
ランちゃんが難しい顔で周りを見る。
密集する建物、石畳の上を楽しそうに駆けずり回る子供たち、忙しなく……しかし、どこか楽し気に目的地へと移動をする人たち。
彼らの中には、当然ながら命の危険にさらされている緊張感はまるでありません。
そういった意味でいうと弛緩した空気。
その光景に、ランちゃんが表情を緩めて小さく笑いました。
「いやな気分じゃないわね、皆、楽しそう」
「うんっ!それに……それにさっ!大きな街、だからなのかな?食べ物の屋台とかもいっぱいあって……へへっ、ランっ!僕たちも何か買ってこうよ!」
「……あんた、相変わらずそういうの好きよね」
「何だよぅ、悪い?」
「ううん、まぁいいわよ別に。わたしもお腹空いたもの、行きましょ」
レンくんとランちゃんが駆けだしていく。
レンくんは、昔からそういう屋台での買い食いとかそういうの好きでしたからね。
小さく笑いを浮かべながら、こっそりと付いていく。
門の中に入った、街中へと向かって街の風景に溶け込んだ。
その二人の姿は、もう完全にあの山賊さんたちとの話は終わったのを示しているようで……私としてもとても感慨深いものでした。
うんうん、二人とも頑張りましたからね。
涙が出そうになるのをハンカチで拭う。
私の家から出てすぐ山ですから、緊張感が緩むことなどなかったはずですからね。
近くの村には連れて行ったことなどはまぁ、数回はあったのですけど……こういう大きな街には連れてこれませんでしたからね。二人とも感動はひとしおでしょう。
まぁ騒がしさで言えば山賊さんたちと一緒に居た時の方が遥かに大きかったわけですが、ね。
「……二人とも粗雑に扱わずに丁寧に接していましたからねぇ」
私も、こうまで人通りが多く、喧騒に紛れることが出来るあれば独り言だって呟けます。
本来なら、捕まった山賊なんて最低限の食事を与える以外は義務なんてないのですよ。
まぁ、それがお仕事であれば死なれたら困るのでそこに付随する責任も色々とあるわけですが……でもまぁ、山賊ですからね。食事すら与えない人間もいるのではないでしょうか?
その辺りで考えると、あそこまで山賊さんたちに好かれるのも想像できない話ではないのです。
なんせ命の危機をまず救っていますからね。
極限状況下であれば、それはもうまず刷り込みのように良い印象を持つでしょう。
そこからは魔物と戦ってくれたり、食事をくれたり……態度は図々しかったですけれど恩義を感じてたのでしょうね、多分。
そういうことなのでしょう。
二人とも、本当によく頑張りましたよ。
ただ、そういう命の危険が掛かっているところよりはこういう安全なところでのびのびとしていて欲しいと思うのも親心というものですが。
まぁ、二人とも魔王や魔族を倒すための旅に出ているのですから引きこもってばかりもいられないのですけどね。
今は羽根を伸ばしなさい。
楽しそうに屋台の方へと向かっていく二人を見守りながら、小さく頷く。
こういった場所でも可笑しなことが起きないように先生がしっかりと見守っていますからね。
「おわ~、ねえ見て見てっラン!同じものを売ってる屋台が二つならんであるんだけど……これってもしかして、お互いに競い合ってるってことなんじゃないかなっ!?」
「さぁ、知らないわよ。というかこういうことになると声おっきくなるわよね、あんた。別にどこでもいいじゃない、さっさと食べましょ」
「どこでもよくないよっ!きっと違いがあるんだからっ!」
流石に近すぎると気づかれる危険性があるのでつかず離れずの位置を保っておりますけど、声がよく聞こえてきますね。
レンくん、好きなことになると声が大きくなるんですよ。
昔からそうでしたね……
少しばかり、ほのぼのとする。
その間もレンくんとランちゃんは、どこか懐かしくなるような喧嘩っぽいやりとりを続けていて……
「何を食べるのかってことだけに長い時間を費やすなんて愚か過ぎない? 食べれば味なんてすぐ分かるんだからさっさと食べましょうよ」
「全然愚かじゃないよっ!ていうかランの方が馬鹿丸出しじゃないかっ!色々見て、その上で食べるのがこういうときの大切なことで!……っと」
ヒートアップしていたせいか、肩に人がぶつかってしまいましたね。
でも、そこまで強い衝撃ではなかったのか互いによろめくこともない。
「すいません……」
「ああ、いえ、僕の方こそ」
軽く謝って別れる、そしてすぐさまさっきまでしていた会話へ。
ランちゃんの方ももう終わったことと思っているらしく、何事もなかったように「さっさとどこでもいいから食べましょ」というようなことを言っていますが……ふむ。
今の彼……スリですね。
「……まだ、遠くへは行っていませんか。さて」
路地の方へと入り込んでいくのを横目で確認して、レンくんの方へと忍び寄っていく。
何かあるといけませんから、とりあえず代わりに先生のお財布を下げておくことにしましょう。
レンくんのお財布があった場所に、代わりに私の物を入れておいて、そっと離れる。
魔法で索敵を掛けて見ると、反応のある彼はもう随分と遠くの方へと居ました。
「あ、お姉さん。これくださいっ、ここいらで一番美味しいんだよね?」
「うっふふ、あらあら、どこで聞いたのかしら?恥ずかしいわね、ふふ。そちらの彼女も同じでいいのかしら?」
「ええ、構わないわよ。というか、わたしにはそんなにこだわりないもの」
「あらあら、否定しないのね~。『彼女』さん」
「は?女なんだから、そりゃ彼女って呼び方になるんじゃないの?ま、わたしとしては名前の方がいいけど……知らない人に呼ばれるのもアレだし」
「あらあら、まだそういうの分からない年頃なのね。ごめんなさいね、おまけしておくわ」
楽しげに会話しているのを横目で確認して、小さく唸る。
命の危険、という意味では洞窟のときなんかよりよっぽど安全なので大丈夫だとは思うのですけど……街の中は街の中でしっかりと見守ってあげないと困ったことになることもありますからね。
どうしましょうか?
と、考えてみるも答えはもう出ているようなものでした。
お財布、ほっとくわけにはいきませんからね。
目を離すのはとても心苦しいですが、ここは私が取り返してきましょう。
幸い、街の中ですから私としても代わりを任せることが出来る者もちゃんと居ますから、ね。
魔法で索敵を掛けて、念話を繋ぐ。
『あぁ、ライちゃんですか? いつもみたいに教え子たちに付いて来てるんですけどね、ちょっと目を離さなければならなくなったので戻るまでお願いしますね』
『は?いきなり連絡してきて何だお前は?だいたい、我はそんなに暇ではないといつもいつも』
『では頼みましたよ』
『おい、待て……』
念話を切る。
これで二人に関しては大丈夫なので、こっちに集中をしましょうか。
レンくんのお財布を取ったその犯人。
彼は今、人気の居ないところを抜けて街を出ようとしている最中のようでした。
少々、足取りが鈍いような時間のかかり方ではありますけど……ありがたいものですね。
これなら余裕で間に合いそうです。
ガンガンと頭の中に鳴り響く、念話の声。
それにそっと息を吐きながら、私は目標の場所へと向かうことにした。
ライちゃんなら私がそこまで心配をしなくても、きっちりとこなしてくれますからね。




