第14話 レンくんとランちゃんによる後始末と今後の話
「ん、こんなもんかしら? 私、この手の魔法はあんまり得意じゃないのよねぇ」
「あ、はは、これも村長さんのためだから」
苦手でも頑張ってよ、と首を傾げながら洞窟に向かって水魔法を放つランを励ます。
あの後、僕たちは村に戻って事のあらましを村長さんに報告した。
村長さんは被害の大きさにあらためて涙を流していたけれど、僕とランに感謝の言葉を送ってくれた。
『ありがとうございます……子供たちを、そして、私の息子を守ってくださって……満足に伝えることも出来なかったというのに』
そう言って、中途半端に頼みごとをして意識を失ったことを謝ってくれた。
でも、それよりも僕は『流石はレイフォルトさんの教え子たちですな』という言葉が一番うれしかった。
だって、僕たちのことが先生の元を卒業した教え子として認められたような気がしたから。
「ねぇ、ラン?ゴブリンの巣って本当にこれだけかな?」
「さあ? 探し回ればどこかにはあるんじゃないの? でも、ん~、穴からゴブリンが一杯流れてきてるから別にいいんじゃない?」
洞窟内に水を送り込まれて、押し出されるようにゴブリンが外へと流れだされていた。
その大半が、水を吸い込んで気を失っているか、窒息をしている。
僕はそれにせっせと止めを刺しながら、穴の方を見つめた。
とりあえず山賊の人たちの拘束も済んで、村で村長さんへの報告も済んだ後のことだ。
問題になったのはゴブリンの巣のことだった。
ゴブリンスタンピード、それが起きたのは間違いないとはいえ……タルムさんがあの時に僕たちに教えて誘導した場所は山賊のアジトだった。なら実際にゴブリンが溢れ、出てきた場所はどこにあるのか?
村が襲われたときにゴブリンが襲ってきた方角や、この辺りに巣に出来そうな洞窟がある場所……それらを聞いて探し回って、見つけたのがこの場所だった。
「……うぅん」
「どうしたのよ?レン。また悩んでいるような声出して……またしょうもないことじゃないの?」
呆れたように言ってくるランに僕は首を振る。
いつもみたいに小さなことで悩んでるんじゃないわよ、なんて言葉が透けて見えるような顔をランがしてたけど、僕にとっては絶対にそんなことじゃなかったから。
今も水魔法により、怒涛のように水流が流し込まれていてゴブリンが溢れ出している。
その数を見れば、ここから溢れ出したんだろうなっていうのは納得できるほどの量が居るわけなんだけど……妙な感じがして、どうにも首を傾げるのを止められなかった。
「なんか……変じゃない?」
「変って、何がよ?」
「だってさ、ゴブリンがこんな分かりにくいところに巣とか作るかな? ……っていうか、作れるかな?」
ゴブリンは知能の低さの代名詞と言われるほどの魔物だった。
動きは単調だし、行動も簡単に読める。
その習性や単純な思考を利用すれば簡単に釣れるし、あまり高度な攻撃は出来ないから簡単に倒せる。
稀に魔法を使うような個体なんかも居るけれど、それも魔法使いとしてみれば決して強いわけじゃない。
簡単な魔法をただ撃ってくるだけだ。
それと同じで普通のゴブリンも手に持った武器をただ振ってくるだけ。
そこに戦術や戦法など、高度な理論や理屈なんかは一切ない。
ただ攻撃をしてくるだけだ。
それだけに、この巣はちょっとおかしい気がしてならなかった。
巣穴がうっそうと茂る草花に隠れるようにある。
多分、ゴブリンが戻った跡なんだろう。
穴を隠す草花が踏み倒されて見通しがよくなかったら僕たちは完全に見つけられなかったかもしれない。
そして、それは……知能が低いゴブリンでも同じことと言えた。
だって、先生が言ってたから。
「ランは覚えてる?ゴブリンが巣穴を作る場所」
「ええ、知ってるわよ。見通しがよく、どこからでも見える位置、それも遮蔽物のない一目で見て分かるところに巣穴を作る……隠れるようにしたら自分たちが見つけられなくて帰れないからよね。昔、先生の講義で聞いたわ」
「そうなんだよ。だから、こんなところにあるのはおかしいと思うんだけど」
「ふ~ん、そう」
僕の疑問を、僕の言ったことを完璧に理解しながらもランは興味なさげに相槌を打つ。
あの、もっと何かまともに取り合って欲しいんだけど……
苦笑したくなる気分に駆られるけど、それも出来なかった。
それよりも僕は気になってることの方が頭の中を占めていたから。
ランが水魔法の放出を終える。
それに「じゃ、さっさと始末しましょ」と言って流れ出てきたゴブリンに風魔法で止めを刺して回るのを見て、僕も憮然としながらもゴブリンたちに刃を突き立てて回った。
大半は意識のないゴブリンだった。
急な水責めで意識を失い、あるいは大きくダメージを受けて、蹲っている。
それらにあっけないトドメを刺して回りながら、僕は息を吐いた。
ランは色々と気にしなさすぎなんだよ……
僕にはどうしてランがそこまで何も考えずにいられるのか、分からなかった。
「だってさ、変じゃない?」
「そうね。変ね、でもどうでもいいことじゃない?」
「よくないよ。それに……洞窟の方にさ、変な魔力を感じない?」
「ん、まぁそれは同意するけど……でも、これってもうただの残滓じゃない」
「そうだけど……」
僕が感じる違和感はもう一つあった。
明らかにゴブリンのものじゃない魔力の気配が……その残り香が洞窟の方から感じるんだ。
これは、多分、ゴブリンがこんな巣を作った原因。
ゴブリンを裏で操ってた存在だって思うんだけど。
強い魔物が居たんだと思う。
それも、居なくなっても感じられるくらいに強力な力を持った魔物がだ。
「ランは、気にならないの?」
「ならないわね」
「……どうして?」
「だって、もう居ないって確信を持てるような反応じゃない。何が居たとしても、何があったとしても今のわたしたちには関係ないでしょ? もう終わってることじゃない」
最後の一匹にトドメを刺し終える。
確かに、ランの言う通りではあった。
ゴブリンを操っていた存在……ゴブリンらしからぬ行動を取らせた黒幕は確かに居た。
それは確信できる。
でも、それは居たっていうただそれだけだ。
もう居ない。
死んだのか、移動したのか……それとも僕たちじゃ想像も出来ないような別の理由なのか? 僕には分からない。
ただ、仮にそうだったとして僕たちに何が出来るんだろ?
行方を追う?
もしくはその存在を解明する?
どうやってゴブリンを操ったか確かめる?
出来れば、どれもやりたいとは思うんだ。
でも、それをするにももうその本体自体が存在しないんだからどんな方法も取りようがなかった。
「さて、後は中を確認して村に戻りましょ。それで今回のことは終わりでいいでしょ」
「……でも」
「何をしようにもやりようがないじゃない。それに分かったところで、それが何なのよ? それをやっている間にもわたしたち他に必要なことがあるじゃない? 食料を調達したり、飲み物を確保したり……あぁ、あと服とか身体の汚れをどうにかすることも考えなきゃね」
「うん……そうだね」
間違ってなかった。
必要なことはもっと色々ある。
そりゃ今後、同じことが起きたことに関して考えれば魔物とかのことは人の被害を減らすにはよっぽど大事かもしれないけど……自分たちのことをどうにかするのはまず活動する上では最優先のことだから。
食料は……あのときに投げちゃったからね。
結構、深刻なんだ。これ。
だから、手掛かりすらないものを調べていられるような余裕は僕たちにはない。
「早く、街に着かないとね……」
「そうね。やっぱりそれが最優先よ」
今ある問題は、街に着けば軒並み解決する。
それに、拠点として活動する場所を定めればお金を得る手段だって出来るはずだから出来ることの幅がぐっと広がる。
分かってるだけに、僕はランに何も言えなかった。
そんな僕の顔を見てランが仕方なさそうに笑う。
「いいじゃないの、もうこのことは片付いてるんだし。きっと村長さんの方にももう何も被害は出ないわよ」
「うん、それは……そうだね。僕もそう思うよ」
洞窟内は静かなものだった。
灯り一つない薄暗い空間。
所々に水責めにあって気を失ったり、力尽きたりしてるゴブリンの身体が転がっているだけで、静かなものだ。
何もない。
さっきみたいに転がっているゴブリンにトドメを刺しながら先へ進んでいく。
洞窟はそれほど広くなかった。
この空間から、どうやって大量のゴブリンが発生したのかって思うくらいには短い。
別れ道もあるにはあったのだけど、そこはすぐに行き止まりだった。
どうやってここを拠点にしてたのか疑問に思うくらいだ。
そして、あっさりと最奥へと辿り着く。
少し開けた、広まった空間。
相変わらず一つも灯りがないから見えにくいけど、全貌があっさりと見渡せる。
そこには、何も居なかった。
「やっぱり、何も居ないみたいね。大丈夫そうだから帰りましょ」
「そうだね……うん」
「大体、終わったことを考えても仕方ないじゃない? もう何も起こらないわよ」
気楽にそう言って踵を返すランと一緒に洞窟を後にする。
そうだ、もう何も起こらない。
ここには何も居ない。
それも確実に確認したから、断言できるし……ついでに言えば魔力の残滓があったであろうこの場所へ来ても何も分からなかった。
違和感ももうとうに消えてしまっていた。
もう、ただの洞窟が残るだけだ。
多分、だけど、空間を捻じ曲げて拡張するような魔法が使える存在がここには居たんじゃないかなってそれくらいは思うんだけど、それもはっきりとしたことは分からない。
多分、だ。
洞窟の外へ出る。
陽の光が眩しく感じる。
そこで、ランが洞窟の方を振り返って言った。
「再利用されても困るものね。入り口くらい潰しておきましょっか?」
「……うん、そうだね」
それは僕も大いに賛成するところだった。
ランが魔力を溜め、僕も剣を解き放つ。
「フレイム・ブラスト」
それは、久しぶりに聞くランの魔法名による詠唱だった。
派手な爆発が上がるのと同時に、僕も溜め込んだ魔力を解き放つ。
岩が崩れ、完全に入り口が見えなくなったのを確認して、剣を収めた。
「ねぇ、ラン?」
「何よ?」
「……やっぱり、魔法の名前言った方が威力あるんじゃない?」
「うっさいわね」
ヒュンと小石が投げられるのを軽く笑いながら躱す。
いちいち魔法名を言わずに魔法を使えるように、そして威力を損なわないように。
ランはそう先生に何回も言われてて、努力もしてるんだけど、やっぱりちょっと差があってそれをからかってしまったのは多分。
考え過ぎだって、要らないことを考えるな、なんてそんな感じのことを何回も言われてるからちょっと仕返しがしたくなったからだった。
僕の考えは変わらない。
考えるのは必要なことだから。
気にするのは当然だから。
だから……
うん、それを気にすることが出来るだけの余力を手に入れよう。
僕は、そう心に決めた。




