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彼らのサイシュー結論

 キャンパスに冬が訪れた。周りの街はクリスマスの飾り付けで賑わい、構内には飲み会続きなのか、二日酔いの学生が増えている。

 今日はレオナに取って大切な日、卒業論文の最終提出期限だった。彼女は無事に田渕教授に提出を終え、久しぶりとなる舞台芸術の教室へ向かっていた。

「おはよう」

「おはよう、受け取ってもらえた?」

 桐子はいつもと同じ後ろの方の列の端に座っていた。レオナの姿を見ると椅子を一つ詰め、席を空けてくれる。

 鞄を降ろし、ペンケースとノートを取り出す。担当講師はまだ来ていない。

「やっぱり、論文にマキナの事は書いたの?」

「うん。今までのをいろいろ修正した後、実際に作ってみたらどうなったかを書き足した」

「私には、あれは一体どういう事だったのかサッパリなんだ」桐子は黒板に目を向けたまま、首を傾げた。「どうしていきなり、マキナは思考を停止しちゃったのか」

「ま、そこの所も私なりに仮説を立てて書いておいたよ」

「ふーん」

 ふと、桐子は前の方の席に、見覚えのある後姿を見つけた。柏だ。彼もこの講義を履修していたようだ。何度も同じ教室に居たはずなのに、まったく気付かなかった。

「ねえ、あれ」桐子は指で柏の方を示した。「あれ、柏じゃない?」

「あ、そうかも」

「不思議だよね。あいつは多分ずっと前からこの講義に出てたのに、ちょっと距離が遠いくらいで、私達は全然気付いてなかった」

 レオナと桐子は無言で柏の後ろ姿を見つめた。ふて腐れたように前屈みで、何かノートに落書きをしている。

「あいつ、卒業したら院に進むんだってさ。まだまだ化石掘ってたいんだって」

「へー。キリはいつの間にやら、柏クンと将来について話し合う仲になってたんだ」

「何変なこと考えてんのよ」

「ゴメンゴメン、冗談」

 レオナは無邪気な顔で笑った。丁度その時、後ろの扉が開いて講師が入って来た。いつもと同じように靴音を立てながら、階段をゆっくり下りて行く。

 何も変わらない、いつも通りの光景。

「レオナは卒業したらどうするの?」

「大学院には進むつもり」

「人工知能の研究、続けるの?」

「うん、まだまだ確かめたい事はあるし。キリは就職だっけ?」

「そう。私の方も、まだまだ終わりそうに無いから」

「そっか」

 講師が話を始めた。途端にレオナは睡魔に襲われる。講義内容が途切れ途切れで頭の中に響く。最初は日本語だったそれは、途中からどんどん回転してあやふやな音声になって、本格的にレオナは眠りに落ちて行った。






 マキナが停止した日の夢を見た。あれは二十四人目の研究員との対話をする予定の日だったはずだ。朝、いつものようにマキナのシステムを起動しようとすると、まったく反応が無かったのだ。

 すぐにプロジェクトの仲間に伝えた。柏はとにかく大声でマキナに呼びかけ、瓜生は悔しそうに下唇を噛んだ。桐子だけは余り驚いた様子が無く、「そう」とだけ言って機材の片づけを始めた。

 今でも瓜生は地下の研究室で、マキナが再び目覚めるのを待っているようだ。

「可能性はゼロじゃないさ」

 缶コーヒーのフタを開けながら、瓜生は静かに言った。

「ゼロじゃない限り、私は信じるよ。神を」

 論理的に考えれば、可能性はゼロではないとレオナも思う。むしろ、前日まで問題無く動いていたのだから、瓜生の方が常識で考えれば正しいだろう。けれども、レオナは不思議とあっさりマキナの研究から手を引く事が出来た。取り憑かれたようにプログラミングをしていた彼女はどこへやら、そのまま帰ってシャワーを浴び、安らかな気持ちで二度寝をすることが出来た。

 ベッドに仰向けになり、考える。マキナはどうして動かなくなったのか、まどろみの中で彼女なりの答えは出た。

 レオナが対話実験を行った際、彼女はマキナに対してある違和感を覚えた。マキナの中に、レオナがプログラムで埋め込んだ、基本的な行動指針以外の何かを感じたのだ。

「……自意識」

 レオナは人工知能が混乱しないよう、初めからマキナという人格は存在しない物として設定を行っていた。マキナというのはあくまでシステムの名称であり、自己と他者を明確に分離して思考する能力を持った意識ではない。彼女はあくまで人類という種を導くための代表、群れの一部として設定したのだ。

 もし、仮にマキナの中で自意識が生まれてしまったのなら、突然の停止にも納得が行く。大勢の人間と対話する事でそれぞれの間に、目に見えない差異を感じたマキナは、自分にもそれが当てはまる可能性を思考したのだ。しかし、それは本来の彼女の目的と外れる為、すぐに制御が働いて別の思考を行おうとする。しかし、彼女は自ら学習することで成長する人工知能、自意識の発見に至ったのは成長の結果だ。彼女は記憶して学習する事が出来ても、忘却して退化する事はできない。なぜなら、機械だからだ。

 マキナは、自意識の発見とそれに対するキャンセル、二つの電気信号の間を永遠に彷徨っているのだ。マキナが沈黙した今、それを確かめる術は無い。仮説は仮説のまま、可能性は可能性のままに保存される。

 もしかしたら、とレオナはまた考えた。

 命題を未解決のまま、永遠の可能性の中に閉じ込めておくことが、私達の追い求める答えなのだろうか、と。それを観測しようとすることは、むしろ命題から遠ざかることなのかもしれない。

 そう結論付けて、レオナは暖かい眠りの中に落ちて行った。


 最後まで読んで頂きありがとうございました。

 従来のジュブナイル的な作風からガラリと雰囲気を変えたので、戸惑っている方もいらっしゃるかもしれません。

 私自身もそろそろ子供と言える年齢ではなくなって来て、いろいろと考える事があり、今回のような内容になりました。

 また、オーバーテック・ストーリーを読んで下さった方からすると、あるキャラクターの名前が同じなのに、設定や性格がいろいろ違うじゃないか、と思う部分があるかもしれません。

 それについて詳しくは、後ほど活動報告にて説明させて頂きます。

 この「命題=マキナ」自体で一つの物語として独立させる為に、はっきりと別人だという事は申し上げておきます。


 最後にもう一度、ありがとうございました。

 他の方の空想科学祭2011の参加作品にも目を通して頂けると、幸いです。

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