第98話 サエ、先へ
第98話 サエ、先へ
「サエ」
魚を入れた籠を下ろすと、後ろから呼ばれた。
男が二人、枝材を運んできていた。
細いものを束ねた荷と、手首ほどの太さの長いものが三本。
そのうちの一人が、俺たちの来た道を指した。
「川。道?」
俺は頷いた。
土が崩れたところを手で示し、その上を回ったと伝える。
イナが横から言葉を足した。
男たちの視線が枝材へ移った。
籠なら通せた。これは、どうだろう。
年上の男が俺を指し、枝の片端を持ち上げた。
一緒に運べ、ということらしかった。
俺は荷の端へ手をかけた。
「行く」
それから、イナへ向き直る。
「川。これ、運ぶ。戻る」
イナは枝材を見てから、俺の顔を見た。
イナは頷き、魚の籠を自分のほうへ寄せた。
俺は男たちと歩き出した。
*
崩れた道まで来ると、年上の男が足を止めた。
細い亀裂を確かめ、短く何か言う。
若い男も頷いた。
下の道は使わない。
そこは、すぐに決まった。
上側の幹を示し、午前中に籠を受け取った場所へ上がった。
若い男から枝の先を受け取り、身体の向きを変える。
そこで止まった。
枝の先が、二本目の幹に当たっていた。
横へ振ろうとすると、後ろ側が別の幹へ寄る。
「下ろす」
年上の男が後端を支えたまま、ゆっくり膝を曲げた。
三人で地面へ置く。
若い男が、頭の上の細い枝を指した。
腰の石刃へ手をやる。
年上の男は二本の幹を順に叩き、首を振った。
男は枝材を少し横へ動かした。後端が幹へ当たる。
頭上だけ空けても、曲がれない。
俺は幹の向こうを見た。
午前中は、籠を受け取ってから横へ回った。
枝材も同じように動かそうとしていた。
*
俺はいったん枝から離れ、幹の向こうへ回った。
午前中にイナが下りた側へ出ると、先ほどより前へ立てた。
ここで受け取れば、前端を先へ逃がせる。
足元を踏み、手を伸ばしてみた。
「ここ」
若い男へ、こちらで受け取る仕草をした。
男が来て、二本の幹の間をのぞく。
短く話してから、枝を前へ送る真似をした。
十分に出して、それから後ろを回す。
「先。あと、後ろ?」
確かめると、男は頷いた。
年上の男も通す向きを確かめ、俺の位置から半歩先を示した。
足を移すと、もう少し遠くまで手が届いた。
二人が枝材へ戻る。
俺はその場で待った。
*
幹の脇から、枝の先が出てきた。
若い男が中央を支え、年上の男が後ろを送る。
俺も先を支えた。
「持った」
三人で少しずつ前へ送る。
俺は足を踏み替えず、腕の中で枝を滑らせた。
後ろで、樹皮が幹を擦った。
「止める」
若い男の声に、手を止める。
年上の男が後端を少し持ち上げ、横へ動かした。
さっき当たったところが、幹から離れる。
もう一度声がかかり、俺は前へ送った。
枝の後ろが、二本の幹の間を抜けた。
若い男が枝を持ったまま、こちら側へ回ってくる。
年上の男も続いた。
三人で、ゆっくり地面へ下ろす。
通った。
若い男が手についた樹皮を払い、抜けてきた隙間を振り返った。
俺も見た。
枝を切らずに済んだ。
顔を戻すと、男も笑っていた。
*
二本目を取りに戻ると、年上の男が先端を持ち上げた。
俺も手を出す。
だが、男は顎で幹の向こうを示した。
「サエ、先へ」
俺は顔を上げた。
男は、もう後ろ側へ持ち替えていた。
俺の立つ場所は、もう決まっていた。
「分かった」
空いた手で幹に触れ、さっきの足場へ回った。
差し出された前端を受け、同じように送る。
二本目は途中で下ろさずに済んだ。
三本目も通った。
最後に細枝の束を運び、男たちは倒れた小枝を脇へ寄せた。
荷の通る場所が、少し広くなった。
今日運ぶものは、全部こちら側に揃った。
俺たちは持ち直し、川辺へ下りた。
*
朝、魚をくれた男が枝材を受け取った。
年上の男が、来た道のことを話す。
俺の名が出た。
若い男が受け渡した場所を示し、俺を指す。
話を聞いていた男が、俺へ何か言った。
分かったのは、道と、通る、という音だった。
俺は頷き、同行した二人も示した。
「一緒」
年上の男が、俺の肩を叩いた。
その手が離れると、若い男が一本を持ち上げた。
俺は声をかけられる前に、反対側を取った。
男が下ろす場所を示す。
頷いて運んだ。
そのまま、しばらく一緒に働いた。
*
集落へ戻るころには、腕が重かった。
イナは魚を処理していた。
俺を見ると、手元を片づけ、そばの葉を開いた。
火を通した魚が一つあった。
「サエ」
俺のぶんらしい。
礼を言って座る。
イナは俺が腕を伸ばすのを見て、両手を広げた。
「籠。違う」
「そう。長かった」
俺も真似しかけ、腕を下ろした。
イナが笑い、魚を俺の近くへ寄せた。
俺は地面へ短い枝を一本置き、二つの小石を幹に見立てた。
その間で、枝を横へ回そうとする。
当たる。
次に、前へ送ってから後ろを回した。
イナが覗き込む。
「通る」
「通った。三つ」
指を三本立てた。
イナは小石の片方を、少し前へずらした。
午前中、彼女が荷を受けてくれた場所だった。
俺は頷く。
「ここより、先。そこで、俺」
小枝を動かしてみせると、イナも頷いた。
手元に残った魚を食べる。
冷めていたが、腹に収まると、ようやく身体の力が抜けた。
*
食べている途中で、若い男が戻ってきた。
隣へしゃがみ、俺に声をかける。
「明日」
川上を指す。
枝を選び、切るような仕草をした。
まだ材料が要るらしい。
「誰、行く?」
男は自分と、今日一緒だった年上の男の名を言った。
男が俺の名を呼び、自分たちと俺を順に示した。
朝に出て、日の高いうちに戻る。
そこまで確かめ、俺は答えた。
「行く」
男は立ち上がり、向こうの火へ歩いていった。
俺はイナへ向き直った。
「明日。朝。川上」
聞いたばかりの二人の名を言う。
「日、高い。戻る」
イナは黙って聞いた。
俺が言い終えると、川上を指して確かめた。
俺は頷いた。
「うん」
イナは小石と枝を脇へ寄せ、魚の骨を包んだ。
まだ聞きたいことがあるかと思って待ったが、彼女は俺の器を取っただけだった。
伝わったらしい。
俺は立ち上がった。
今日より先は、まだ知らない道だ。
明日は、二人が使う材料を一緒に選ぶ。
遠くへ行くためではない外出の支度を、俺は自分から始めた。
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