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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

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93/112

第93話 次は、私も

二本の線を引いたところで、ノエの指が入った。


俺が左へ伸ばした線を、途中で曲げる。


「……そっち?」


ノエは頷いた。


今朝の分かれ道。張り出した根。その上の、曲がった木。


そこまでは伝わったらしい。ノエが直したのは、その先だった。


ノエは二本の線の間に、指で短い筋をつけた。傍らの細枝を拾い、その先に置く。


それから自分を指した。


「ノエ。行く」


枝を拾う仕草。


採りに行く場所なのか。


俺は分かれ道を一つ覚えたばかりだった。


ノエは、その横にも行くらしい。


「……俺、少し得意になってたんだけどな」


ノエが何か言った。


聞き取れたのは、「サエ」と「少し」。


「それは分かってる」


俺が指をわずかに開くと、ノエも同じくらい開いた。


笑っている。


少しの大きさまで、確かめられてしまった。


*


俺は川のつもりで、長い線を一本引いた。


その近くに、今日、水面を見た場所を小石で示す。


前に歩いた道と、今日の道。


どこまで近づいているのか、まだ分からない。


線を伸ばせば、簡単につながる。


その間を、まだ歩いてはいない。


ノエは小石を見たあと、川の線の途中を指した。


さっき置いた細枝から、そこまで指を動かす。


「水」


頷きかけて、止めた。


「ここ。ノエ、行く?」


ノエは首を横に振り、細枝の場所を叩いた。


知っているのは、ここまでらしい。


俺も、川まで伸ばしかけた線を途中で止めた。


ノエが線の途切れたところへ指を置いた。


「見る?」


俺を見る。


「ああ。見る」


今すぐではない。


足の裏が痛い。荷を結ぶ指も、さっきから鈍い。


それに、歩いた道を一度、トワと確かめたい。


俺は小石を動かさずに、手を膝へ戻した。


するとノエが、自分の胸に掌を当てた。


「ノエ。行く」


さっきと同じ言葉だった。


今度は、俺と自分を交互に指した。


俺の手が止まった。


「一緒に?」


ノエは頷いた。


*


嬉しかった。


返事をしかけて、子どものほうを見た。


少し離れたところで、あの子が女のそばにしゃがんでいる。小さな籠から何かを取り出し、女へ渡していた。


ノエが俺の視線を追い、何か説明した。


長かった。


「……待って。そこ、分からない」


ノエは子どもと、その隣の女を指した。


預ける、ということだろうか。


女はまだ、こちらを見ていなかった。


ノエは立ち上がり、そちらへ行った。


俺は座ったまま、二人が話すのを見ていた。


女は籠の中を示し、何か頼むように話した。


ノエが答える。二人とも頷いた。


戻ってきたノエは、自分のそばに置いていた繊維の束を取った。


端を膝で押さえ、手を動かし始める。


俺を見る。


「明日」


それから、昼の太陽を示す仕草をした。


話はついたらしい。


ただし、今夜やることが増えたのかもしれない。


俺が束を見ていると、ノエは膝の前へ少し寄せた。


長いものと短いものに分けている。


手元を見てから、一本取った。


これは、長いほう。


隣へ置くと、ノエはそのまま束へ足した。


もう一本取る。


今度も直されなかった。


それでようやく、俺も腰を落ち着けた。


しばらく、二人の手だけが動いていた。


ノエが先に口を開いた。


「サエ。明日。戻る?」


さっきは一緒に行くと言った。


今度は、戻るほうを聞いている。


俺は集落を指した。


「明るい。戻る」


ノエは俺の顔を見ていた。頷くと、また束へ手を伸ばした。


*


トワが戻ってきたとき、俺たちの間には、分け終えた束が二つできていた。


俺の隣へしゃがみ、地面の線を見る。


ノエが話し始める。


明日のことを伝えているのだろう。


トワの指が地面へ伸びた。


細枝の場所。


そこから少し先を指し、川の線へ届く前に止める。


ノエが何か答えた。


声に、迷いはなかった。


二人が知っている目印の名があるらしい。俺には聞き覚えのない音だった。


トワはそこの土に横線を引き、俺を見た。


「ここ。戻る」


俺は横線を指す。


次に、こちらの集落。


「ここまで。戻る」


トワは頷いた。


川まで下りるのではない。


ノエの知っている採集の道から、こちら側の地形を見る。


俺は川へ向かう線を消し、横線から集落まで指で戻った。


トワは今度はノエへ何か言った。


ノエが俺の足元を見た。


それから、少し笑った。


嫌な予感がした。


「何を教えた」


トワは答えず、立ち上がった。


ノエは歩く真似をしたあと、両手を膝について、大きく息を吐いた。


「……休む。ちゃんと休む」


二人とも納得した顔をした。


その真似は、少し似ていた。


腹が立つくらいに。


*


日が落ちる前に、ノエの手元の束は片づいた。


俺が分けたものも、そのまま片づけられた。


子どもが戻ってきて、ノエの膝へ寄る。


手には、あの木の実があった。


ノエが何か話すと、子どもは俺を見た。


次に、地面の道。


そして、ユイの名前を言った。


「明日は、違う」


俺は首を振った。


あちらの集落へ行くには、もっと支度がいる。


ノエも短く説明した。


子どもは木の実を握り直し、俺たちの間へ座った。


俺は地面の小石を端へ寄せた。


子どもの膝が触れ、線の一部が消えた。


描き直そうとして、やめる。


明日、歩いてから木の板に足せばいい。


イナの顔が、ふと浮かんだ。


荷をまとめてくれた手も。


あちらへ戻ったら、話したいことが増えた。


ただ無事だと伝えるだけなら、すぐ終わる。


ノエに話したくらい伝えるには、きっと時間がかかる。


ノエが子どもの髪についた繊維を取り、火へ投げ入れた。


細いものは、一瞬で燃えた。


俺は残りの束を踏まない場所へ動かした。


*


翌朝、起きて最初に確かめたのは、足だった。


地面を踏む。


痛みは残っているが、昨日のようではない。


水と、少しの食べ物を用意した。


道を描いた木の板は、荷の外側へ差した。


昨日の地面の線は、もう半分消えていた。


外へ出ると、ノエはもう籠を背負っていた。


子どもは、昨日話していた女のそばにいる。


何か言い、ノエへ手を伸ばした。


ノエはしゃがんでその手を握る。短く返事をし、顔を近づけた。


子どもが手を離す。


それから俺を見た。


「サエ」


次の言葉は、分かった。


「戻る」


俺は頷いた。


「明るい。戻る」


ノエも頷き、立ち上がった。


歩き出しかけて、俺の荷から出た木の板に目を留める。


指先で触れ、こちらを見た。


俺は板を少し引き出した。


「道。書く」


ノエは分かったというように頷いた。


そして自分の籠を示し、食べる仕草をした。


採るものもある。


俺は板をしまい直した。


道ばかり見ていては、ついていけないらしい。


ノエが先に立つ。


木々の手前で振り向き、俺が来るのを待った。


その横へ並ぼうとして、地面のくぼみを避ける。


ノエはそれを見て、少し笑った。


「そこは、もう覚えた」


ノエが籠の横を叩いた。


中はまだ空いている。


俺は自分を指し、運ぶ仕草をした。


ノエは首を振る。


自分の籠は、自分で持つらしい。


そのまま先へ行くかと思うと、道の脇へ少し寄った。


俺が追いつくと、歩き出す。


二人で並べるのは、木々に入るまでの、ほんの短いところだった。


俺は木の板に触れかけた手を下ろし、ノエの歩幅に足を合わせた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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