↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/118

第91話 俺がいない朝

若い男は、川へ持っていく籠から手を離さなかった。


魚の女が縄を持ち上げる。


彼は答え、棚を振り返った。


明日の朝。


川。


ここ。


拾える音だけでは、順番がつながらない。


年老いた男が口を挟むと、若い男ははっきり首を振った。


籠から細い木を二本出す。


一本は自分の前へ。


もう一本は、誰かの名を呼びながら並べた。


女が二本を寄せる。


一人では済まない仕事らしかった。


俺は足元の荷を見た。


もう一晩いれば。


そう思ってから、顔を上げた。


トワは隣にいた。


返事を待っているのは、俺ではなく若い男だった。


         *


ハルが彼を呼んだ。


棚へ目を向け、女に何か尋ねる。


女が答えた。


ハルはもう一度聞いた。


今度は少し長い。


女は木の実を運んでいた人を呼んだ。


話が初めからになった。


俺は地面の二本の木を見ていた。


誰かをここへ残せば、その人が行くはずだった場所が空く。


川の仕事が何なのかも知らずに、俺には代われなかった。


ハルは女たちの返事を聞き、若い男へ顔を向けた。


短く話す。


若い男が川のほうを指した。


それから、棚。


魚の女が答え、実を運んでいた女へ何か聞いた。


彼女は家を指す。


首を振る。


少し考えて、棚の端を叩いた。


話は、もうしばらく続いた。


         *


ようやく、若い男が籠を肩へ掛けた。


魚の女がその前へ立つ。


川へ向けた手を、屋根の下へ戻した。


彼は頷いた。


俺はトワへ尋ねた。


「明日。川?」


トワは頷き、朝の低い空を示した。


次に、その手を少し高くして棚を指す。


俺も同じ順に指した。


「戻る?」


彼は頷いた。


若い男は朝の仕事へ行き、戻ってからこちらに加わるらしい。


それまでの間、魚の女と、家に残る女が棚を見ている。


細かな話はまだ分からない。


だが、彼が籠を下ろさずにいられるところまでは決まった。


         *


ハルは自分の横を叩いた。


女が実を載せた葉を持ってくる。


彼は一つ取り、女へ渡した。


女が割って確かめる。


二人で話し、置く場所を決めた。


ハルがもう一つ取る。


今度は、女のほうが別の人を呼んだ。


彼も答えを待った。


俺はその様子を見ていた。


ハルへ持っていけば、全部分かる。


そんなふうに思いかけていた。


エナが来て、彼の肩へ触れた。


ハルは顔をしかめる。


寝床を指され、言い返した。


エナも返す。


女の一人が笑った。


ハルは諦めたように息を吐き、持っていた実を葉へ戻した。


女はそれを受け取り、棚へ運んだ。


         *


俺は若い男と空の籠を片づけた。


棚の横へ置こうとすると、彼が先へ出る。


屋根の外側へ回し、逆さにして木へ立て掛けた。


俺も隣へ置いた。


戻ると、魚の道との境に置いた小石がずれていた。


俺たちが籠を運んだときに蹴ったのかもしれない。


女が来る前に、若い男が戻した。


足で押す。


一度、道を通ってみる。


籠を抱えても当たらない。


俺は通路へ残っていた縄を拾い、柱の内側へ掛けた。


若い男が見ていた。


俺が手を離すと、彼は川の籠を持ち上げた。


誰かに呼ばれ、返事をする。


明日の前にも、まだ用事があるらしかった。


         *


水を汲みに行った。


家々の間を歩く。


薪を下ろす女。


器を抱えて待つ子ども。


入口から人を呼ぶ声。


昨日は俺を見ている顔ばかり気になった。


今日は、道の途中で待っている人や、足を止めて話す人が目に入った。


水場で器を満たす。


持ち上げる前に、少し戻した。


帰り道でこぼす分まで、運ぶことはない。


         *


棚へ戻ると、女が二人で木の実を動かしていた。


俺の並べたまとまりが、別の場所へ移っている。


思わず近づいた。


片方の女が葉を持ち上げる。


もう片方が、空いたところを払う。


俺は手を伸ばしかけた。


上で魚の束が揺れた。


別の人が掛け直している。


その下を空けたのだ。


実は別々の葉に載ったまま、混ざらずに動いていた。


俺は手を下ろした。


水を置くと、女が顔を上げた。


器を差し出す。


彼女は受け取り、飲んだ。


もう一人も手を伸ばす。


俺はそばへ座り、二人が飲み終わるのを待った。


棚には、もう手を出さなかった。


         *


トワは帰りの荷をまとめていた。


俺も隣に座る。


食べ物の包み。


器。


薄い獣皮。


使ったものを戻し、紐を通した。


棚のほうで声が上がった。


顔を向ける。


トワが俺の手を叩いた。


指先が黒く汚れている。


その手で、食べ物の包みを持とうとしていた。


「……先に洗うか」


俺が立つと、彼は自分の荷を締めた。


肩へ掛ける。


一度下ろし、紐の位置を変えた。


明日の道を歩くのは、俺だけではなかった。


         *


夕方、ハルのそばへ行った。


横になっていた彼が、肘をついて起きる。


俺は手を下げ、休む仕草をした。


ハルの眉が寄った。


俺は途中でやめ、自分が座った。


彼は俺を見てから、また背を預けた。


小さな籠の子どもが来た。


今日は短い材が入っている。


ハルが一本取り、指で曲げた。


返す。


次の一本は少し曲げてから、横へ置いた。


子どもが見比べる。


自分でも曲げ、何か聞いた。


ハルが答える。


俺は二人の間へ手を出さず、そばの器へ水を足した。


子どもが帰ると、ハルが俺を呼んだ。


「サエ」


道を指す。


「明日」


俺が返すと、彼は頷いた。


それから手を伸ばし、俺の袖へついた木の葉を取った。


指先で弾く。


俺は袖を払った。


ハルはもう、器へ手を伸ばしていた。


         *


食べ物を受け取るころ、年老いた男が来た。


俺たちの荷を見て、トワと話す。


地面へ線を引いた。


分かれるところが二つある。


片方へ小枝を置く。


トワはもう一方をなぞった。


男が頷く。


俺もしゃがんだ。


行きに回った高い道。


低いほうを指すと、男は首を振った。


掌を地面へ近づけ、指を沈める。


泥か。


俺は高い線をなぞった。


男はその先へ線を延ばし、木の根の形を添えた。


見覚えがあった。


そこで道を曲がった。


俺が手で幹の傾きを示すと、トワが頷いた。


男は立ち、俺の荷の紐を一度引いた。


緩まない。


手を離した。


         *


ユイのそばへ座ると、小さな手が伸びてきた。


掌に木の実が載っている。


出発の朝、ノエの子どもにもらったものだった。


俺が受け取ろうとすると、ユイは引っ込めた。


何か言う。


もう一度差し出す。


今度は掌へ置かれた。


ユイがノエの名を言った。


手を低くする。


子どもの背丈。


俺を見る。


「ノエの子に?」


俺は木の実を指し、帰る道へ手を向けた。


ノエ。


あの子どもの背丈。


ユイが頷いた。


エナも隣から聞いた。


ユイは同じ音を返し、俺の指を木の実の上へ折った。


俺は手を開いた。


殻に、小さな擦り傷があった。


ユイがその傷へ触れる。


それから、俺の荷を指した。


返すのか。


見せたいのか。


伝えたい言葉は、まだありそうだった。


エナが葉を一枚渡してくれた。


俺が包むと、ユイはその結び目をつまんだ。


離さない。


俺は荷を引き寄せ、上のほうへ入れて見せた。


そこでようやく手が離れた。


         *


横になる前に、棚のそばを通った。


若い男が戻っていた。


川の籠を柱の外へ置き、魚の女と並んでしゃがむ。


女が一か所示す。


彼は実へ手を伸ばしかけ、そばの葉を取った。


俺は歩みを緩めた。


男が一つ移す。


女が確かめる。


二人で置き直す。


トワはもう先を歩いていた。


俺も追った。


寝床へ荷を下ろし、小さな包みを確かめる。


木の実は潰れていなかった。


口を閉じる。


明日の朝、ここで棚の前へ来るのは、俺ではない。


この包みは、俺が持って帰る。


枕元へ荷を寄せ、横になった。

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。