第90話 半分だけ、空いた
女は魚の束を外した。
一尾を選び、厚いところを開いて男へ見せる。
男が指で押した。
女は短く言い、魚を元の場所へ掛け直した。
それから、俺の持つ敷物へ目を落とす。
首を振った。
俺は端を持ったまま止まった。
屋根の下は乾いている。
風も通る。
だから、魚もここにある。
男は木の実を広げたほうを示した。
女は答えず、別の束も外して見せた。
彼の声が少し低くなった。
*
トワと敷物を下ろした。
今ある棚には、一部しか載っていない。
残りは葉の上だった。
濡れた場所から出したものを、元のように積み直すわけにはいかない。
女の話には、知っている音が何度か混じった。
今日。
まだ。
ここ。
男の返事にも、同じ音がある。
俺は二人の間から少し退いた。
若い男が屋根の横木へ手を掛けた。
持ち上げようとする。
魚の束が揺れ、女の声が飛んだ。
男は手を離した。
トワが反対側へ回り、結び目と支えを確かめる。
首を振った。
すぐに広げられる屋根ではなかった。
*
女は奥へ入り、魚の向きを変え始めた。
一束ずつ確かめる。
戻す。
掛ける場所を変える。
二つだけ、短い棒へ移した。
その下には、子どもが籠を置いて待っていた。
女が一尾外し、渡す。
子どもは籠へ入れる前に、もう一度女へ見せた。
頷かれる。
次の一尾も、同じようにした。
俺は空いていく棒を見た。
女が俺たちと話している間、子どもは待っていたのだ。
トワの腕へ触れる。
魚。
籠。
その上の、空き始めたところ。
彼は俺の視線を追った。
「ここ?」
俺が敷物へ手を向けると、トワは女を呼んだ。
*
話は短く済まなかった。
女は俺の示した束を取り、魚を確かめ直した。
籠へ移すもの。
戻すもの。
別の女も呼ばれてきた。
二人で残りを見て、いくつかをほかの棒へ移す。
間は詰めなかった。
俺たちは、その間ずっと敷物のそばに立っていた。
やがて、女が屋根の端を指した。
男が近づく。
何か言われ、彼は頷いた。
女はもう一度、俺たちの敷物を見る。
俺とトワで持ち上げた。
*
空いたところへ広げようとすると、女が反対側を引いた。
俺は一歩戻った。
まだ引く。
もう一歩。
「……このくらい?」
さらに少し。
敷物は半分ほど畳まれた。
トワの肩が動いた。
男も口元を押さえている。
「広く見えたんだよ」
女は柱の脇へ小石を置いた。
その向こうを、魚の入った籠を持って歩く。
身体を横へ向けずに通れた。
戻ってきて、小石の内側を叩いた。
俺は敷物をそこへ収めた。
*
男とトワが短い木を運んできた。
低い支えを置き、その間へ木を渡す。
女は魚の真下を避けて位置を決めた。
敷物を掛ける。
余った端を折り込もうとすると、手を止められた。
女は厚く重なった部分をほどき、外へ垂らした。
その上へ、乾いた敷き葉を並べる。
最初の一枚が運ばれてきた。
俺は受け取るために手を出したが、女は魚を扱っていた人へ先に見せた。
置き場所が示される。
木の実が薄く広がった。
俺は垂れた端を下の木へ留めた。
立ち上がると、小石が足のすぐそばにあった。
少し下がる。
魚の女が籠を抱えて通った。
*
ハルが呼ばれた。
棚を見てほしいらしい。
入口に座っていた彼は立ち上がりかけ、肩へ手を置いた。
そこでやめた。
男へ何か言う。
男は棚とハルを見比べた。
しばらくして、載せた葉を一枚持ち上げる。
ハルの前へ運んだ。
彼は実を確かめ、エナへ尋ねた。
一つを外へ寄せる。
残りは戻す。
男が受け取り、棚へ運ぶ。
ハルは座ったままだった。
俺も次の葉を運んだ。
*
何度か往復すると、地面に残るまとまりが減った。
女が空いた葉を畳む。
一枚。
もう一枚。
俺は棚の前で足を止めた。
朝、ここへ来たときには、籠の下から濡れた葉を剥がしていた。
今は、実が重ならずに並んでいる。
調べたまとまりも混ざっていない。
魚の束は、元の間隔を保って掛かっていた。
女が小石を足で寄せた。
俺の靴の先へ当たる。
慌てて足を引くと、彼女が笑った。
俺も笑った。
借りたのは、立つ場所までではなかった。
*
魚を収めた子どもが、空の棒を抱えてきた。
トワへ渡す。
彼は長さを見て、棚の下へ当てた。
少し短い。
向きを変える。
今度は両端が支えに届いた。
女が子どもへ声を掛けると、もう一本運んできた。
俺は木を押さえた。
トワが縄を回す。
強く握ると掌が引きつれたので、手をずらした。
彼が締め終わるまで待つ。
離す。
棚は沈まなかった。
女が実を少し動かしても、端は持ち上がらない。
トワが木を叩いた。
俺は下ろした手を開き、閉じた。
*
午後、魚の女と、実を運んでいた女が棚の前へ並んだ。
通る幅を確かめる。
敷物の端。
魚の位置。
最後に、俺を呼んだ。
「サエ」
朝の光が来るほうへ手を向け、棚へ戻す。
明日の話だった。
俺は頷きかけた。
できることは増えてきた。
同じように運ぶのなら、明日も――。
足元へ荷が置かれた。
トワだった。
帰りの食べ物が入っている。
彼は荷から手を離し、女の返事を待った。
俺は顔を上げた。
「明日。戻る」
道のほうへ手を向ける。
女が何か聞いた。
トワが答える。
今朝、男と話したことを、彼女は聞いていなかったのかもしれない。
俺は棚へ指を戻した。
今日。
俺。
次に明日の朝を示し、掌を開く。
「誰?」
女は隣の女を見た。
二人が話す。
片方は家を指し、首を振った。
別の名が出たところで、ハルが口を開いた。
*
呼ばれたのは、屋根の横木を動かそうとした若い男だった。
ハルの前へ来る。
話を聞き、棚を見る。
一度は頷きかけたが、魚の女が言い足すと、返事が止まった。
彼は川のほうを指した。
男も何か言う。
若い男は、集落の端へ置かれた細長い籠を示した。
縄と、何本かの木が添えてある。
俺たちの作業に使ったものとは違う。
魚の女が、その籠へ目を向けた。
ハルは黙って待っていた。
やがて若い男が棚へ来た。
しゃがみ、支えを押す。
敷物の端を見る。
二つのまとまりへ手を伸ばした。
俺は空の葉を一枚取り、隣へ置いた。
片方を少し移して見せる。
次は別の葉。
彼は見てから、自分でも葉を取った。
俺は手を引いた。
若い男は一方を動かし、元の場所と見比べた。
ハルへ何か聞く。
ハルが答える。
二人で、置き直した。
*
魚の女は、川へ持っていく籠のそばへ戻った。
中から縄を取り出す。
輪をほどき、長さを確かめた。
若い男がそれを見て、棚から立つ。
女へ話す。
彼女は縄を持ったまま聞いていた。
男も加わる。
声は大きくならなかった。
それでも、誰もすぐには頷かなかった。
俺は足元の荷を持ち上げた。
明日は帰る。
その約束を、今日また確かめたばかりだった。
棚の世話をする人は、見つかりかけている。
だが、その人も明日、空いていたわけではない。
若い男の手が、川へ持っていく籠へ触れた。
魚の女は縄を地面へ置き、彼に何か尋ねた。
彼は棚を振り返った。
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