第89話 底まで見る
男が籠の口を開けた。
俺は隣へ葉を広げた。
上の実は乾いて見えた。
男は一つ取って割った。
女へ渡す。
彼女は中を見て、鼻へ近づけた。
さっきの屋根で確かめたときより、長く見ていた。
やがて、空いた葉へ置く。
傷んだものを寄せた場所とは違った。
俺も上から少し取り、そこへ並べた。
まだ、下の分とは混ぜなかった。
*
この屋根は斜面から少し離れていた。
籠を下ろしても、葉は木へ貼りついてこない。
底も乾いている。
女が中身を少しずつ出した。
上。
真ん中。
底。
男は最後に残った数個まで手ですくい、籠を逆さにした。
細かな殻が落ちた。
女が底の分を何個か割る。
男は隣で待っていた。
一つ目。
次の一つ。
女が短く言った。
男は膝へついていた手を離し、空の籠を持ち上げた。
底を確かめる。
息を吐いた。
俺は葉の上を見た。
割られた中身の色も、湿った匂いも、さっきとは違う。
少なくとも、全部が同じ状態ではなかった。
*
二つ目の籠では、女の手が止まった。
殻に穴があった。
割って見せられ、俺は顔を引いた。
女の口元が動く。
「それは、俺にも分かる」
穴のある実を同じ葉へ寄せようとすると、止められた。
女は別の端へ置いた。
濡れて傷んだものと、一緒にはしないらしい。
俺も一つずつ持ち上げた。
表。
裏。
穴を見つければ渡す。
女は確かめてから、置き場所を決めた。
三つ目を調べるころには、俺が葉を足すと、彼女はもう手を止めなかった。
*
年を取った女が呼ばれてきた。
二人で実を割り、並べたものを見比べる。
途中で置き場所が変わった。
俺は黙って、空いた葉を寄せた。
やがて、女たちが籠を一つ選んだ。
内側を払う。
敷くものを替える。
選び分けた実を移す。
全部ではなかった。
確かめていないものも、穴のあるものも、まだ外に残っている。
男は戻された籠を受け取った。
屋根の手前へ置く。
さっきまで底を見下ろしていた顔が、少し上がった。
「全部、だめじゃなかったんだな」
俺は小さく言った。
男はこちらを見た。
言葉は分からなくても、俺が見ている籠は分かったらしい。
縁を一度叩き、女たちへ顔を戻した。
*
トワが屋根の外から呼んだ。
足元は乾いていた。
木を支える場所にも、流れた水の筋は見えない。
彼が屋根の端を持ち上げる。
俺も内側へ触れた。
濡れていなかった。
同じような屋根でも、置かれた場所が違った。
トワは土を指し、最初に調べたほうへ目を向けた。
俺は頷いた。
木の実を拾ってきた人も、籠を編んだ人も、昨日から今日で急に下手になったわけではない。
雨の後に変わったところを、見つけられていなかったのだ。
俺は手についた土を払った。
最初の屋根へ戻った。
*
ハルは入口のそばにいた。
エナと女が、広げた実を確かめている。
俺たちについてきた女が、別の屋根から持ってきた実を見せた。
乾いた底。
濡れていなかった敷き葉。
トワが説明する。
ハルは何度か尋ねた。
女が答える。
エナも一つ割って見た。
さっきまで止まりがちだった手が、また動き始めた。
男が濡れた横木へ触れた。
上を示す。
木を替えるつもりなのだろうか。
トワは斜面側へ回り、水の通った筋を示した。
男もそこへしゃがむ。
指で土を崩した。
下はまだ湿っていた。
二人はしばらく、その場所で話した。
*
ハルが乾いた屋根を指した。
俺もそちらを見た。
移せばいい。
そう思ったところで、女が首を振った。
空の籠を一つ置く。
その横へ、もう一つ。
残っている籠を順に示してから、屋根の幅を両手で表した。
途中で、手が外へ出た。
場所が足りないらしい。
中には、もともと置いてあった食べ物もある。
男が立ち上がり、家々へ声を掛けた。
長い敷物が運ばれてきた。
女が広げる。
一枚では収まらず、もう一枚。
今度はそれを運ぶ人の手が止まった。
エナと話している。
女は家のほうを振り返った。
少し迷い、敷物だけ渡して戻っていった。
エナも後を追う。
ユイのところへ戻るのだろう。
残った人数を、トワが見ていた。
*
彼が俺を呼んだ。
来た道を指す。
次に空。
俺たちも、帰る支度が必要だった。
昨夜、ここで泊まった。
もう一晩残れば、ノエへ伝えた帰り方も変わる。
俺は荷を取りに戻った。
ユイは年老いた女のそばに座っていた。
エナがその前へしゃがみ、足の巻き物を見ている。
子どもは俺に気づくと、握った手を上げた。
朝にもらった木の実だった。
俺は手を上げ返し、荷をほどいた。
帰りのために分けた包みを取り出す。
二人分。
道で予定より時間が掛かったときの分もある。
それを今日の仕事のために使えば、帰りの余裕がなくなる。
俺は包みを閉じた。
トワのところへ持っていった。
*
残りを見せると、トワは一つずつ確かめた。
俺は広げた実を指した。
今日。
手伝う。
寝る。
次に朝の光が来るほうへ手を向け、帰り道を示した。
「明日。戻る」
トワは俺の顔を見た。
包みへ指を置き、首を振る。
これは使わない。
俺は頷いた。
彼はもう一度、朝を示した。
道。
「戻る」
俺も同じ音を返した。
トワが包みを閉じる。
それを俺へ渡してから、男を呼んだ。
話が始まった。
俺は隣で待った。
男がこちらへ顔を向ける。
仕事の残る場所を指したあと、道へ手を向けた。
俺はトワを見た。
彼が頷く。
「明日」
俺が言うと、男も頷いた。
全部が終わるまでいる、とは約束しなかった。
*
荷を戻してから、敷物のところへ行った。
子どもが二人、空いた端を持っていた。
女の声に合わせ、乾いた場所へ運ぶ。
実には触らせていない。
男とトワは、木を二本運んできた。
間へ細い木を渡す。
女が敷物を掛け、中央を押した。
たわむ。
もう一本、下へ入れる。
今度は沈みにくくなった。
俺も端を持ち、縄が締まるまで支えた。
広げたまま、地面から離せる。
女が少量の実を載せた。
一度に積まない。
俺は端の葉から、次の分を運んだ。
置く。
戻る。
ハルは入口へ座ったまま、女たちと確かめていた。
俺の持ってきたものにも目を落とす。
違う葉へ置くよう、手で示した。
俺は戻した。
まだ覚えることは多かった。
*
一つ目の場所が埋まった。
地面には、まだ何枚もの葉が残っている。
次の敷物を広げたところで、男が足を止めた。
支えに使える木を見回す。
トワが横木を押す。
細すぎるのか、首を振った。
男は集落の中央へ目を向けた。
大きな屋根があった。
枝に、魚の束が掛かっている。
下には、乾いた床。
風も通っていた。
男がそちらを指すと、そばの女が振り返った。
魚を指す。
次に、まだ葉の上に残った実。
二人の声が少し強くなった。
トワは木から手を離した。
俺は運んできた実を、いったん元の葉へ戻した。
大きな屋根なら、入る。
けれど、あそこにも先に守るものがあった。
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