第84話 迎えに来た人の荷物
ハルの手が止まった。
入口の外に、セトが立っていた。
その後ろに男が二人。
一人には見覚えがあった。以前、ハルたちを連れて帰ろうとした男だ。
背には籠。
もう一人は、長い包みを肩に載せている。
エナが立ち上がった。
男に声を掛ける。
返事は短かった。
ユイが身体を起こそうとすると、エナは肩へ手を添えた。
男の目が家の中を動く。
ハル。
ユイ。
俺。
俺は子どものそばへ寄った。
まだ長い道を歩ける足ではない。
男は俺を見たが、何も言わなかった。
籠を下ろし、入口を空けるように壁際へ寄せた。
*
籠から出てきたのは、食べ物の包みと小さな器だった。
次に、畳んだ獣皮。
もう一人の男が肩の荷をほどく。
木の棒が二本、地面へ並んだ。
節の出っ張りは削ってあった。
トワが一本を持ち上げる。
端を地面へ押しつけ、力を掛けた。
向きを変え、もう一度。
男と話す。
エナは獣皮を広げ、厚い部分へ指を置いた。
ユイの足元を見る。
男が子どもの前へしゃがんだ。
ユイは巻き物のある足を引いた。
男は触れなかった。
エナに何か聞く。
彼女が答え、昨日歩いた木のほうを指した。
男はそちらを見た。
しばらくして、棒を手元へ引き寄せる。
俺にも一本、端を差し出した。
受け取る。
男が反対側を持ち、少し持ち上げた。
その間へ、エナが獣皮を置く。
「……運ぶのか」
男はユイを見ていた。
歩かせて帰るつもりで来たのではなかった。
俺は棒を下ろした。
子どもの前に立っていた足を、少し横へずらした。
*
ハルが上衣の裾を引いた。
腕を抜こうとして、動きが止まる。
エナが肩を支えた。
衣の下に、赤く擦れたところが見えた。
俺は視線を外した。
エナから畳んだ衣を渡される。
受け取って、入口へ向かった。
外で待とうと思った。
「サエ」
呼び止められた。
振り返ると、エナが俺の手を指していた。
衣。
ハル。
「あ」
着替えを持ったまま、出ていくところだった。
戻って差し出す。
エナは受け取らず、ハルの肘を示した。
しゃがみ、その腕を支える。
彼女が袖を抜いた。
赤くなったところを確かめ、脱がせた衣の内側を指でなぞる。
出っ張った縫い目に指が止まった。
着替えの衣を開き、ハルの腕へ通す。
俺は肩が上がりすぎないよう、肘を持っていた。
終わると、ハルが何か言った。
そばの男が俺を見た。
口元がわずかに動く。
ユイまで笑っていた。
「渡すつもりだったんだよ」
エナが残った衣を俺の手から取り、畳んだ。
ハルの肌が見えていることより、着替えが入口へ消えかけたことのほうが問題だったらしい。
*
棒を外へ運んだ。
獣皮を間へ広げ、トワと男たちが縄を掛ける。
俺は端を押さえた。
傷者を運んだときにも見た形だ。
ただ、縄を回す場所が違う。
余った皮を折り込もうとすると、男に止められた。
彼はそこを丸めた。
ユイの足が当たる側へ置く。
エナが押して厚みを確かめ、少し位置を直した。
子どもは入口から見ていた。
自分が載るものだと分かっているようだった。
トワと男が両端を持ち上げる。
縄が張った。
下ろす。
結び目を一つ締め直す。
エナがユイを連れてきた。
途中までは歩いたが、残りは抱いている。
俺は先にしゃがみ、背中を向けた。
誰も載らなかった。
肩を叩かれる。
男が獣皮の角を指した。
押さえろ、ということだった。
「……そっちか」
ユイが笑った。
俺は向きを変え、皮の端へ手を置いた。
エナが子どもを座らせる。
足の下の厚みを直し、顔を確かめる。
トワが棒を握ったところで、俺はようやく手を離した。
*
持ち上がった瞬間、ユイの指が獣皮をつかんだ。
二人が止まる。
エナが聞くと、子どもは足元を指した。
下ろした。
丸めた皮を膝のほうへ少し寄せる。
もう一度、持ち上げる。
今度はユイの肩が上がらなかった。
二人は歩き出した。
俺は横についた。
棒がしなる。
手を添えかけて、やめた。
トワと男の足は揃っていた。
昨日、ユイが休んだ木の陰で下ろす。
子どもは周りを見てから、森のほうを指した。
エナが首を振る。
男も棒から手を離し、その場に座った。
俺は彼の顔を見た。
家へ来たときと同じ、固い口元だった。
けれど、先へ行こうとはしない。
年老いた女が呼ばれてきた。
ユイの足を確かめ、男と話す。
家を指す。
男は一度、道のほうへ目を向けた。
それから頷いた。
帰りも、揺らさない速さで運んだ。
*
ユイを寝かせると、棒は壁の外へ立て掛けられた。
食べ物の包みは残った。
小さな器も。
男は籠の底を払った。
帰れないなら、持ってきたものを背負い直すのだと思っていた。
エナは包みを開き、ノエの器へ少し移した。
男はハルの前に座った。
ハルが修理していた籠を寄せる。
縁を押して見せた。
男も押す。
編み目を確かめ、短く何か言う。
ハルは頷いた。
男が自分の籠へ手を入れた。
最後に、小さな籠を取り出す。
片側の口が裂け、細い材が飛び出していた。
底も歪んでいる。
ハルの手が止まった。
男は差し出したまま、何か話した。
ハルは受け取らなかった。
傷めた肩へ手を置く。
男が口を開きかけた。
エナの声が先に出た。
短かった。
男は彼女を見て、それからハルの肩を見た。
籠を地面へ置く。
ハルの膝へ押しつけはしなかった。
立ち上がり、外へ出る。
もう一人と、運ぶ棒の縄を確かめ始めた。
ハルは小さな籠を見ていた。
しばらくして、縁へ指を掛ける。
持ち上げた。
底の歪みを押す。
一度だけ。
それから、寝床の脇へ置いた。
俺は何も聞かなかった。
*
ノエが戻ってきた。
残された荷物を見て、エナと話す。
セトも来た。
男たちは地面へ線を引いた。
途中に小石を置く。
一つを押さえ、手のひらを動かさずに伏せた。
休む場所だろうか。
トワが線の途中へ小枝を置く。
男が少し位置を直した。
俺には知らない道だった。
エナが水の器を並べる。
食べ物。
獣皮。
まだ足りないものがあるのか、男が籠の中を指し、トワが答えた。
俺はノエへ向き直った。
自分を指す。
外へ手を向ける。
それから、家へ戻した。
「戻る」
ノエは俺の掌を見た。
傷は塞がりかけている。
けれど、棒を強く握るには痛みが残っていた。
彼女がトワへ何か聞く。
トワは水の器を俺の前へ寄せた。
持ち上げる。
歩ける重さだった。
ノエは頷いた。
俺は器を下ろし、エナを見た。
彼女もこちらを見ていた。
昨日は縄を握って頷いただけだった。
今日は、持っていくものが一つ決まった。
*
日が傾く前に、男たちは帰る支度をした。
ハルのそばには、小さな籠が置かれている。
まだ直していない。
男がその前で止まった。
ハルが顔を上げる。
二人が話した。
今度は、男が先にハルの肩を指した。
次にユイ。
手を低く下ろす。
ハルはしばらく相手を見ていた。
それから、小さな籠を自分の寝床へ寄せた。
男は持ち帰らなかった。
俺は入口まで送った。
背負い籠は、来たときより軽い。
棒も獣皮も、こちらに残っていた。
男が肩の紐を直す。
俺を見る。
「サエ」
返事が遅れた。
もう一度、呼ばれる。
俺は胸へ指を当てた。
「サエ」
男が頷いた。
この人と、名前を確かめ合った覚えはなかった。
彼は来た道を指した。
それから俺。
俺は水の器を持つ真似をした。
男の口元が少し緩む。
隣の男へ何か言った。
その男も俺を見た。
「サエ」
俺は二人を見た。
誰から聞いたのだろう。
エナか。
ハルか。
以前来たとき、誰かが呼んだのを覚えていたのかもしれない。
二人はセトと短く話し、森へ向かった。
*
家へ戻ると、ハルが小さな籠を裏返していた。
俺はそばに座った。
直すのかと思った。
ハルは飛び出した材を一本抜き、脇へ置く。
そこで手を止めた。
籠を床へ戻し、肩を壁へ預ける。
目を閉じた。
俺は抜いた材を拾い、踏まれないところへ寄せた。
ユイが寝返りを打つ。
エナが足元の獣皮を直した。
外には、二本の棒が立っている。
水の器は、俺のそばにあった。
入口から、来た道を見る。
まだ一度も歩いたことのない先で、俺の名前を口にする人がいる。
何を聞いているのだろう。
ハルが目を開けた。
「サエ」
俺が振り返ると、彼は自分を指した。
ユイ。
俺。
最後に、入口の向こう。
俺は頷いた。
ハルは小さな籠へ手を置いた。
今度は、俺にも帰る支度があった。
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