第83話 返すつもりだった
目を覚ますと、エナが荷物をまとめていた。
広げた獣皮の上に、小さな包みが二つ。
ハルのそばには、紐を掛け直した籠がある。
ユイは入口に座り、足の巻き物を見ていた。
「……今日、帰るのか?」
エナが顔を上げた。
俺は籠を指し、入口の向こうへ手を向けた。
「戻る?」
彼女は頷いた。
俺はユイを見た。
昨日、ようやく少し歩けたばかりだ。ハルも、立ち上がるときには片手を地面についている。
今から森へ入るのか。
入口の外に、トワがいた。
槍の柄に巻いた紐を締め直している。
「トワ」
彼がこちらを見る。
俺はユイの足を指した。それから、森。
トワは手を止め、家へ入ってきた。
ユイの前へしゃがみ、エナと短く話す。
二人とも落ち着いていた。
俺だけが、まだ寝床に片膝をついていた。
*
水を用意した。
運ぶための器へ入れ、籠の横に置く。
エナがそれを持ち上げた。
少し考えて、半分ほど別の器へ移す。
俺は黙って見ていた。
縁まで入れればいいものでもないらしい。
籠から獣皮がはみ出していた。
今度こそ手伝える。
押し込もうとすると、エナに手首を止められた。
彼女は皮の端を引き出し、元のように縁へ掛ける。
すぐ取り出せるようにしていたのだ。
「……そうか」
背後で、ノエの声がした。
振り返る。
木の器を抱えた彼女が、俺の足元を見ていた。
入口を見る。
また俺を見る。
「あ」
横へずれる。
ノエが通る。
エナも通る。
俺はもう一歩ずれた。
今度はユイの前だった。
子どもに膝を押された。
「分かった。座る」
火のそばへ戻った。
水を入れすぎ、荷物を詰め直し、最後に通路を塞いだ。
朝からよく働いた気になっていた。
*
年老いた女が来た。
ユイの足の巻き物を外し、傷の周りを確かめる。
子どもは口を結んでいた。
女の指が足首の少し上へ触れると、肩が小さく動いた。
俺も前へ出かけた。
女に見られ、座り直す。
巻き直しが終わると、ユイは両手を地面についた。
エナの腕につかまり、立ち上がる。
一歩。
もう一歩。
三歩目で止まった。
女が短く声を掛ける。
エナはその場にしゃがみ、ユイを座らせた。
トワを見ると、槍を壁へ立て掛けていた。
彼は入口を指した。
それから、そのすぐ外の地面。
俺が森のほうへ指を向けると、首を振る。
「……ここだけ?」
トワは入口の前を、指でもう一度示した。
エナが籠から獣皮を取り、ユイの横へ敷いた。
荷物の支度も、足の具合を確かめることも、帰るためには必要なのだ。
俺の「戻る」は、今日の話になっていた。
二人には、そこまで伝わっていなかったのかもしれない。
*
ハルに呼ばれた。
「サエ」
籠の縁を押さえるよう、手で示される。
俺が押さえると、彼は縄を通して引いた。
肩に当たる部分へ、畳んだ皮を挟む。
一度持ち上げ、下ろす。
顔が少し強張った。
俺は籠へ手を伸ばした。
ハルは首を振った。
自分の横へ置き、結び目をほどく。
皮の位置を少し変えた。
「……まだ直すのか」
彼は顔を上げず、縄を掛け直した。
俺はまた縁を押さえた。
今度は、頼まれたところだけに手を置いた。
ユイの寝ていた場所に、入口からの光が差していた。
獣皮も包みもなくなれば、あそこは空く。
ノエは通りやすくなる。
俺も、夜中に足を引っ込めながら寝返りを打たずに済む。
ハルが縄を引いた。
籠が動き、俺は慌てて押さえ直した。
*
ユイが、俺の腰から垂れた縄をつかんだ。
救いに行ったときにも、握っていた縄だ。
俺は結び目を緩めて外した。
子どもへ渡す。
ユイは膝の上に載せ、端のこぶを指で触った。
川を探しに行ったとき、目印の順番を忘れないように結んだものだった。
一つ。
次の一つ。
確かめるように触ってから、片端を俺へ差し出す。
「もういいのか?」
受け取った。
引こうとすると、動かない。
反対側を、ユイが握っている。
俺を見る。
入口を見る。
「外?」
子どもが頷いた。
俺はエナを見た。
彼女はユイの横へしゃがみ、足と顔を確かめた。それから外のトワへ声を掛ける。
トワが来た。
縄の両端を持つ俺たちを見る。
俺の手から縄を取り、腰へ巻き直した。
短く垂らした端を、ユイに握らせる。
「……俺と歩くのか」
ユイはもう、エナの腕につかまっていた。
俺も立ち上がった。
*
一歩、進む。
ユイも動く。
止まる。
俺も止まる。
縄が張らないように、子どもの手を見る。
入口の段差で、トワがしゃがんだ。
足を置く場所を指す。
ユイはそこを見て、ゆっくり越えた。
外へ出ると、火のそばにいた人たちがこちらを向いた。
子どもが二人、近づいてくる。
ユイが何か言う。
一人が先へ走り出しかけたところで、エナの声が飛んだ。
子どもは戻ってきて、少し離れたところを歩いた。
俺たちはその半分ほどの速さだった。
腰を落とし、縄の端が高くならないようにする。
数歩で背中が張ってきた。
少し伸ばす。
ユイの手が上がる。
慌てて戻した。
トワが俺を見た。
何か言い、縄の結び目を少しずらす。
垂れる部分が長くなった。
俺は背筋を伸ばした。
「最初から、これでよかったんじゃないか」
トワはもう前を向いていた。
肩が一度だけ動いた。
笑ったらしい。
*
前にある小枝を、トワが脇へ寄せた。
平たい石はそのままにする。
ユイは石の手前で止まり、足を置く場所を選んだ。
エナは急がせなかった。
俺も待った。
小さな手が、縄を引く。
一歩。
また一歩。
木の陰へ着いたところで、エナが止まった。
ユイに何か言う。
子どもは首を振った。
さらに先を指す。
エナは答えず、木の根元へ獣皮を敷いた。
ユイはしばらく立っていたが、やがて腰を下ろした。
俺も座ろうとした。
縄が引かれる。
ユイの手が動いた。
「悪い」
すぐに立ち直る。
子どもが俺を見上げた。
それから、縄を離した。
俺はようやく座った。
隣でトワが鼻から息を漏らす。
今日は、よく笑われる。
エナがユイの足を見る。
巻き物の端を確かめ、指先で子どもの額の髪を払った。
ユイは外を見ていた。
ほかの子どもたちが、木の向こうを走っていく。
目で追う。
けれど、立とうとはしなかった。
俺は縄の端を、その手の届くところへ置いた。
*
帰りの歩幅は、行きより小さかった。
ユイが止まるたび、俺も止まる。
一度、腕を出しかけた。
エナはすでに子どもの肘を支えていた。
俺は手を下ろし、縄が緩む位置へ戻った。
家が見えた。
ノエが入口の前に立っている。
手には水の器。
ユイが歩く速さを上げようとした。
エナの手が、その腕へ軽く添えられる。
子どもは顔を上げた。
何か言われ、また足元を見る。
残りの数歩を、ゆっくり歩いた。
座ると、ようやく縄を離した。
掌に赤い筋がついている。
エナが指を開かせて確かめる。
それから水を渡した。
ユイは両手で飲んだ。
ハルが入口から顔を出す。
子どもへ声を掛けた。
ユイは器を下ろし、さっき歩いた木を指した。
次に俺。
縄。
また俺。
ハルが笑った。
「俺が先に座ろうとした話か?」
ユイはますますよく話した。
ハルは笑いながら、入口のそばを空ける。
ノエが獣皮を広げた。
ユイは横になる前に、もう一度外を見た。
木は、ここからでも見えていた。
*
夕方、年老いた女が足を確かめに来た。
エナと話し、ハルにも何か聞いた。
トワが加わる。
昼に休んだ木を指す。
その先へ手を動かすと、女は首を振った。
エナが頷いた。
明日か、その次か。
俺には分からなかった。
ただ、荷物は籠のそばに置かれたままだった。
帰る支度は、やめていない。
俺は入口から離れて座った。
ノエが器を持って通る。
膝を引く。
今度は、止められなかった。
火のそばで腰の縄を外す。
こぶの一つを、指で押した。
川の曲がった場所を忘れないために結んだものだ。
今日はユイが、そこを握って歩いた。
縄の表面に、小さな毛羽が立っていた。
指で撫でる。
ハルが手を伸ばし、その部分を確かめた。
短く何か言う。
籠を直したときのように、傷んだところを見ている。
俺は縄を渡した。
ハルは撚りの緩んだ部分を締め直し、返してくれた。
*
火が明るくなるころ、エナが隣へ座った。
ユイは横になっていた。
目を閉じているが、人の声がすると少し開く。
エナが俺を呼んだ。
「サエ」
膝の縄を指す。
ユイを指す。
それから、入口の外。
俺は昼に休んだ木へ手を向けた。
エナは首を振った。
もっと先を指す。
自分。
ハル。
ユイ。
「戻る」
俺は頷いた。
エナが縄の片端を取り、俺の手に置いた。
もう一度、俺を指す。
その指が、三人と同じ方向へ動いた。
俺はトワを見た。
彼は火のそばで、こちらを見ていた。
自分も指した。
それから、外へ手を向ける。
送っていく。
そういう話だろうか。
俺は縄を持ったまま、道のほうを指した。
自分の胸へ指を戻す。
「俺も?」
エナが頷いた。
ハルも顔を上げた。
俺の返事を待っている。
ユイが手を伸ばした。
縄の端を探している。
近くへ置くと、小さな指が握った。
俺はエナを見た。
頷いて、縄を少し持ち上げる。
エナの肩が緩んだ。
トワが薪を一本、火へ置いた。
ユイは縄を握ったまま眠った。
外の道は、もう見えない。
昼間、俺たちは木の陰まで歩いて戻ってきた。
次は、その木の先へ行く。
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