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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

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80/123

第80話 川が曲がった場所

二つの岩の間から、細い水が落ちていた。


流れはそこで終わっていない。


大半は右へ曲がり、今の川へ続いている。


左には、草の生えた低い筋。


俺たちが昨日たどってきた場所だった。


老人は棒を左へ向けた。


川を示す音。


次に右。


同じ音。


俺は二つを見比べた。


地面の図では、枝で引いた一本の線だった。


目の前では、俺が両腕を広げても届かない幅がある。


「ここで、変わったんだな」


トワが俺を見る。


俺は岩の間を指し、水の曲がるほうへ手を動かした。


老人が頷いた。


*


近づく前に、老人が足元を調べた。


棒で葉を寄せる。


小石を押す。


踏める場所を示した。


俺は籠を高いところへ置いた。


岩の間には、土だけでなく木も詰まっている。


古い枝。


根のついた幹。


その上に、まだ新しい葉。


全部が一度に流れてきたのかは分からない。


老人が上の枝を棒で軽く押した。


動かなかった。


次に、その下の土を指す。


トワが屈んだ。


表面の細い泥の筋を見る。


俺も近づいた。


水が通った跡は、右だけではない。


詰まったところの下から、左にも少しずつ漏れていた。


その先が、小さな水たまりになる。


水のない川は、完全に乾いていたわけではなかった。


*


老人は岩へ手を置いた。


少し上に、横へ続く線がある。


色の違う帯だった。


今の水より高い。


反対の岩にも、似た高さで跡があった。


老人は二つを指した。


それから両手で、岩の間を大きく流す。


俺は低い筋へ振り返った。


ここへ水が入れば、下流の窪みへ続く。


砂。


丸い石。


露出した根。


昨日見たものが、つながった。


俺は掌で左の流れを示した。


「川」


覚えた音を言う。


老人が頷いた。


次に、詰まった木を指す。


「今は、こっち」


右へ手を動かす。


トワが短く答えた。


少なくとも、ここを確かめるために来たことは無駄ではなかった。


*


老人は左の筋を少し歩いた。


乾いたところだけを選ぶ。


俺たちもついていく。


途中で平たい石へ腰を下ろした。


棒を膝へ置く。


水をすくう仕草。


トワへ何か話した。


声は落ち着いていた。


地形を説明するときとは、少し違う。


老人は岩の向こうを見た。


片手を低く伸ばす。


誰かの頭に触れるような高さだった。


それから、自分の胸。


トワが尋ねる。


老人は口元を緩め、同じ場所を叩いた。


俺は石を見た。


ここで休んだことがあるのだろう。


水が流れていたころに。


誰かと。


その顔を、俺には聞き出せなかった。


*


老人が立ち上がる。


石の端で、俺も腰を下ろした。


岩を見る。


今の流れを見る。


白い光の跡はなかった。


金属も、ガラスもない。


街灯が立っていた場所を思わせるものもない。


俺はスマートフォンを出した。


画面へ空が映る。


この場所へ来れば、何かが反応するかもしれない。


そんな期待が、まだ少し残っていた。


ボタンを一度押す。


何も起きない。


俺は指を離した。


*


トワが隣へ来た。


岩を指す。


次に、俺。


俺は頷いた。


来たかった場所には着いた。


だが、探していたものがここにあるかは、別だった。


川の向こうで光を見た。


だから対岸へ来た。


昔の流れを見つけた。


だから、その入口まで来た。


一つ分かるたび、次の場所へ行ける気がした。


それだけで、光へ近づいたとは限らない。


俺はスマートフォンをしまった。


「川のことは、分かった」


左の筋を指す。


「俺のことは、まだ」


胸へ手を当て、首を振る。


トワはしばらく見ていた。


それから、水の器を差し出した。


*


食べるのは、岩から少し離れた高い場所だった。


籠を寄せる。


包みを開く。


老人は食べ終えると、帰る方向を棒で示した。


渡り場。


俺は頷きかけた。


そのとき、木々の上に見えた斜面が気になった。


川の向こう。


少し高いところ。


あそこへ上がれば、両方の流れをもっと遠くまで見られる。


最初に目を覚ました場所も、見えるかもしれない。


俺は斜面を指した。


トワが見る。


次に、空。


首を振った。


老人も、渡り場を指す。


もう戻る。


*


俺は包みを閉じなかった。


「少しだけ」


斜面を指す。


指を二本、歩かせる。


すぐ戻す。


トワの顔は変わらない。


彼は地面へ石を二つ置いた。


一つ目。


眠る仕草。


二つ目。


家。


出る前に決めたことだった。


俺は石を見た。


「分かってる」


それでも、手が斜面へ向きかける。


今日戻れば、次に来るまで何日かかる。


同じ道を渡り直して、同じ場所で寝る。


それなら今、少し先へ。


トワが俺の籠を指した。


食べ物の包み。


残った水。


渡り場。


三つを示して、俺を見た。


声は強くなかった。


俺は斜面から手を下ろした。


彼らが困るのは、俺が知りたいことではない。


今日戻るつもりで来たのに、俺が途中で変えようとしていることだった。


*


老人が立った。


膝の泥を払う。


俺は最後の食べ物を口へ入れ、包みを畳んだ。


水の器を持つ。


「戻る」


覚えた音を言った。


トワが頷く。


俺は籠を背負った。


歩き出す前に、岩の形を見た。


二つ。


右の流れ。


左の低地。


それから、上に見える斜面。


どこを見たいのか、今度は覚えて帰る。


*


帰りは、水のない筋の上側を通った。


途中で、木々が途切れた。


老人が先に進む。


俺は足を止めた。


低地の先に、昨日見た大きな曲がりがある。


その向こうへ今の川が光っていた。


さらに対岸。


一本だけ、太い木が枝を広げている。


俺は目を細めた。


最初の木かもしれない。


違うかもしれない。


だが、ここからなら両岸の位置を比べられる。


「トワ」


彼が振り返った。


俺は遠い木を指す。


次に、川の曲がり。


岩のあった方向。


トワが横へ来た。


三つを順に見る。


老人も戻ってきた。


*


俺は乾いた土へしゃがんだ。


枝で川を引く。


最初の木。


岩。


今いるところ。


三つの印。


老人が一つ直した。


岩は、もう少し奥。


トワは木の位置を確かめ、指で示した。


俺はその間へ線を引いた。


そして、途中で止めた。


あの夜、何を見ていた。


川。


対岸の建物。


白い光。


だが、倒れた場所を基準にして、その光の方向まで決めていた。


落ちたあと、俺が動いていないとは限らない。


夜の道と朝の木を、勝手に同じ場所へ重ねていた。


俺は光を表すために描きかけた印を消した。


木の印は残す。


岩も残す。


分かっているものまで消す必要はなかった。


*


トワが図を見た。


俺が消したところを指す。


尋ねる声。


俺は首を振った。


「知らない」


次に木。


岩。


「ここは、見た」


トワは少し考えたあと、今いる印へ指を置いた。


俺は頷いた。


ここも見た。


老人が枝を取る。


今いるところから、渡り場まで線を引いた。


帰る道。


俺は立ち上がった。


探す場所を増やす前に、確かめた場所を残したかった。


*


歩きながら、腰の縄の端へ結び目を作った。


一つ。


木。


少し離して、もう一つ。


渡り場。


三つ目。


寝た岩。


四つ目。


二つの岩と、曲がった川。


距離を測ったものではない。


順番を忘れないためだった。


トワがそれを見た。


俺は結び目を順に触れ、場所を指す。


彼は最後の結び目へ触れた。


次に、その少し手前。


さっき立ち止まった場所が抜けている。


俺はもう一つ作った。


「そうだった」


トワは手を離した。


俺は結び目を五つ、確かめた。


*


渡り場へ着くころには、脚が重くなっていた。


老人が水を見る。


昨日通った石へ棒を当てる。


今日は、別の場所を示した。


流れてきた枝が一本、引っかかっている。


トワが先に荷を高い場所へ置いた。


俺も籠を下ろす。


縄の結び目を、ポケットへ入れようとしてやめた。


腰につながっている。


そのままでよかった。


足の巻き物を出す。


皮を広げたところで、老人が声をかけた。


川を指す。


次に、下流。


俺はまだ水へ入っていなかった。


そこで待つ。


枝が揺れる。


少しして外れ、流れていった。


老人はそのあとも、水を見ていた。


俺は籠の横へ座った。


帰ると決めても、すぐ帰れるわけではない。


向こう岸へ渡るまでが、今日の行程だった。

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