第74話 帰りに使う道
トワたちが戻ったとき、俺はまだ木の実を割っていた。
石を下ろす。
殻が割れる。
中身を取り、器へ入れる。
さっきから同じことをしているのに、指の置き方で何度も迷った。
トワは空の籠を地面へ置いた。
セトと、もう一人の男が続く。
俺たちに寝床を分けてくれた女が、手を止めた。
三人の話を聞く。
トワが斜面を指す。
次に、手を曲げて大きく回す。
もう一人の男は、その内側へ指を通した。
短いほうの道。
女は籠を持ち上げた。
背負う。
数歩歩き、身体を横へ向ける。
昨日、倒木を避けたときと同じだった。
トワが頷いた。
女は空の籠を下ろすと、俺たちが集めた実を指した。
今度は、荷を入れて歩く。
俺にも分かった。
*
翌朝、女が俺を呼んだ。
籠を二つ並べる。
片方は彼女のもの。
もう片方は、ハルが直した俺の籠だった。
「サエ」
女が俺の肩紐を指した。
背負うと、底を軽く押す。
まだ空だ。
トワが家から出てきた。
「ノエ」
女が振り返った。
トワは水を入れた器を渡す。
ノエ。
俺は頭の中で繰り返した。
いつまでも、俺の中だけで「家を貸してくれた女」だった。
名前を聞くより先に、置き場所と籠の扱いを教わっている。
順番は少し変だが、覚えやすかった。
「ノエ」
小さく呼ぶ。
女がこちらを見る。
俺は自分の胸を指した。
「サエ」
ノエは頷き、森を指した。
名前を覚えても、出発は待ってくれなかった。
*
昨日、道を見に行った男も一緒だった。
セトは集落に残った。
入口ではエナが器を運び、ハルが小さな籠を膝へ載せている。
俺たちは上の斜面へ向かった。
トワと男が先に行く。
ノエは、その足元をよく見ていた。
倒木の手前で止まる。
男が上を指す。
昨日使った大回りの道とは、少し違った。
木の間を抜ければ、向こう側へ早く出られる。
空の籠で通るときは、俺も肩を少し傾けるだけで済んだ。
足元には太い根がある。
その上へ足を置き、向きを変える。
確かに短い。
昨日より早く、採集する木の下へ着いた。
*
今日は、泥の筋から離れた場所を探した。
ノエが木の上を見る。
まだ実が残っている。
もう一人の男は周囲を確かめてから、離れた木の下へ向かった。
トワが細い枝で落ち葉を動かす。
俺もしゃがんだ。
拾う。
重さを見る。
穴を探す。
迷ったものはノエへ渡した。
昨日ほど、何度も止められなかった。
籠の底が隠れる。
そこから少し増えたところで、ノエが手を上げる。
俺の籠を指した。
もういい。
自分の籠にも、控えめに実を入れる。
トワが残りを持った。
今日の目的は、たくさん拾うことではないらしかった。
背負って帰れるか。
俺は肩紐を通した。
昨日と同じくらいの重さだった。
*
帰りの曲がり角で、籠が木へ触れた。
止まる。
少し身体を回す。
今度は、縁が幹へ押しつけられた。
行きには気にならなかった。
中身が入ると、籠は背中から離れずに動く。
足元の根へ体重をかけた。
もう片方の足を置く場所を見る。
内側には幹。
外側には、柔らかい土。
そこへ足を出せば通れる。
だが、籠の重さも一緒に外へ寄る。
俺は足を戻した。
「トワ」
前を行く背中が止まる。
籠を指す。
木。
外の土。
トワが戻ってきた。
俺の立っている場所を見る。
ノエも、後ろで止まっていた。
俺は来たほうへ一歩戻り、少し広い場所で籠を下ろした。
トワがそれを背負う。
同じ角へ進んだ。
彼は俺より低い。
それでも、曲がるところで籠の縁が当たった。
足を置き直す。
通れた。
だが、片手を幹へついていた。
ノエが短く言った。
自分の籠を背負ったまま、その手を指す。
次に足元。
毎回、そこで身体を支えなければならない。
トワは籠を下ろした。
俺へ返す。
それから、昨日の大回りの道を指した。
*
男が何か言った。
短い道。
木。
手で枝を切る仕草。
トワは幹を見た。
細い枝ではなかった。
俺たちが触れたのは、立っている木の太い部分だ。
ノエは二人へ声をかけた。
上の斜面を指す。
昨日、大回りした道より少し横だった。
男がそちらを見る。
何か尋ねた。
ノエは頷いた。
先に歩き始める。
俺たちは荷を下ろしたまま、後へ続いた。
*
斜面の途中から、地面が緩やかになった。
低い枝が重なっている。
だが、その下には足を並べて置ける幅があった。
ノエは棒で葉を払った。
浅い窪みが、木々の間へ続いていた。
古い通り道なのかもしれない。
トワが先へ進む。
根の間を確かめ、少し戻った。
男も反対側から見る。
二人が話す。
ノエは待っていた。
やがてトワが、荷を置いてきたほうを指した。
俺たちは戻った。
*
籠を背負い直すと、ノエが俺を前へ出した。
通り道を示す。
俺が先でいいのか。
足元を確かめ、少し進んだ。
頭の高さに枝がある。
止まる。
指す。
ノエがトワへ何か言った。
トワの口元が動く。
俺の頭。
枝。
その先。
なるほど。
俺が道を知っているからではない。
高いところの障害物を、先に見つけられるからだ。
「高さの確認なら、任せろ」
枝の下を無理にくぐらず、籠を下ろす。
トワが絡んだ細枝を外した。
生きた太い枝は残し、道の端へ回れる幅を確かめる。
男は足元の折れ枝を寄せた。
俺は背負って進む。
また止まる。
籠の横へ出ていた枝を指す。
ノエもそこを通り、引っかかるか確かめた。
必要なところだけ、少しずつ空いていった。
*
途中に、倒れた枝が一本あった。
跨げる高さだった。
トワが足を上げる。
ノエは跨がなかった。
籠を背負ったまま、脇へ回る。
トワが戻る。
枝を動かそうとしたが、片側がほかの木へ絡んでいた。
引けば、その上の枝も落ちそうだった。
男が首を振る。
手を離した。
ノエが通った脇は、少し葉を払えば歩けた。
俺もそちらを通る。
足を高く上げずに済んだ。
籠が背中で揺れない。
トワは枝をそのまま残した。
通る場所が変わるだけで、片づけなくていいものもあった。
*
昨日の道へ戻る手前で、ノエが立ち止まった。
空を見る。
それから、自分の肩紐を引いた。
大回りではある。
でも、足を急に上げるところは少なかった。
トワが俺の籠を見る。
背負ったまま向きを変えてみろ、と手を回した。
俺はゆっくり振り返った。
縁は木へ当たらない。
両足も、地面に置いたままだった。
ノエが俺の前へ出る。
自分でも回る。
そのまま数歩、下りた。
誰も籠を支えなかった。
トワは男と目を合わせた。
短く話す。
男が頷いた。
*
分かれ目には、目印が置かれた。
男が長い枝を旧い道の手前へ斜めに渡す。
塞ぎ切るわけではない。
そちらへ行く前に、目に入る高さだった。
新しく通るほうでは、ノエが木の根元を払った。
二股になった幹。
その脇に平たい石。
彼女は来た側へ戻り、見え方を確かめた。
トワも同じ場所から見る。
俺は二股の木を見た。
次に、平たい石。
その間から入る。
覚えるものが二つあると、少し安心した。
ノエが俺を呼ぶ。
俺は彼女の通った場所へ足を置いた。
*
帰り道の横で、ノエがまた止まった。
地面から一つ拾う。
木の実だった。
今日集めたものとは、少し形が違った。
彼女は殻のついた枝も取った。
上を見る。
斜面の奥に、同じような木が数本立っている。
トワが近づいた。
ノエは実を渡す。
二人が枝を見比べた。
俺も奥を見る。
地面は、昨日の採集場所より乾いていた。
だが、木の下までは見えない。
ノエは近くの実を二つだけ拾った。
籠の上へ置く。
トワは奥へ進まなかった。
太陽の位置を確かめ、帰るほうを指した。
ノエが頷く。
今日は道を最後まで通る。
その先は、別の日だった。
*
下りの最も狭いところへ来た。
昨日は、トワが枝を押さえていた場所だった。
今日は、その少し上から回ってきた。
ノエが先に通る。
肩を傾けない。
籠も止まらない。
そのまま下りて、振り返った。
「サエ」
俺を呼ぶ。
トワは横にいた。
手を出してはいなかった。
俺は足元を見る。
根の間。
平たいところ。
次の一歩。
籠は枝へ当たらない。
木へ手をつかずに、曲がれた。
ノエの横へ出る。
息を吐いた。
トワが後ろから来た。
空いた通り道を振り返る。
最後の男も、籠を持って下りてきた。
*
集落へ戻ると、ハルが籠を見た。
昨日と同じように、底を押そうとする。
俺は先に、中を見せた。
実は残っている。
途中で下ろしたが、誰かに背負ってもらわずに帰ってきた。
ハルが縁へ手を置いた。
ノエは肩紐を外し、籠を並べる。
エナが敷物を広げた。
今日の実が、その上へ転がった。
ノエは上に載せていた別の実を二つ取り分ける。
ウネへ見せた。
枝も並べる。
ウネが顔を上げ、森を見る。
ノエは二股の木の形を指で作った。
新しい帰り道の、途中。
トワが頷く。
ウネは近くにいた別の女を呼んだ。
実を渡す。
女は一つを掌で転がし、ノエへ尋ねた。
ノエが答える。
女は自分の籠を引き寄せた。
俺は肩の紐の跡を指で擦った。
足元には、今日使った籠がある。
その横へ、次に持っていく籠が置かれた。
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