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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

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73/112

第73話 籠を背負って

朝、籠を背負うと、昨日とは違う場所が背中へ当たった。


ハルが直した底だった。


振り返っても見えない。


肩を動かす。


もう一度。


入口でハルがこちらを見ていた。


俺が背中を指すと、ハルは手招きした。


肩紐を少し緩める。


籠の位置が下がった。


当たらなくなる。


「助かった」


ハルは縁を引き、確かめた。


それから俺の肩を軽く叩いた。


外ではトワが待っていた。


籠を背負った女が二人。


一人は、俺たちに寝床を分けてくれた女だった。


彼女は家の中へ声をかけた。


エナが返事をする。


ユイのそばに座り、水の器を手元へ寄せていた。


俺も中を見る。


ナギはまだ眠っている。


炉の脇では、昨夜使った椀が伏せられていた。


今日は、あそこへ戻すものを持って帰りたかった。


*


セトは集落の端にいた。


トワと短く話す。


俺の籠を見る。


次に、掌。


俺は指を開いて見せた。


傷は乾いている。


強く握らなければ、昨日ほど痛まなかった。


セトは籠の低い位置を叩いた。


そこまで。


昨日と同じだった。


「分かってる」


頷く。


籠を満たせば、帰りに誰かへ背負ってもらうことになる。


それは避けたかった。


トワが歩き出した。


俺も続く。


セトはついてこなかった。


森へ目を向け、槍を持ち直した。


*


斜面を上がるにつれて、川の音が遠くなった。


葉の下は湿っている。


俺は木の根へ足を置いた。


滑らないところを選ぶ。


前を歩く女は、短い棒で落ち葉を動かしていた。


ときどき、屈んで何か拾う。


俺も見る。


小さな木の実だった。


集落で見たことがある。


食べる前に、割って分けていたものだ。


女が木を指した。


幹は太かった。


顔を上げると、枝の間にまだ実が残っている。


俺は籠を下ろしかけた。


女は歩き続けた。


拾う場所は、まだ先らしい。


*


道が、木で塞がれていた。


大きな倒木だった。


根についた土が、横向きに持ち上がっている。


その下に細い枝が重なり、葉が絡まっていた。


女が止まった。


トワが前へ出る。


木の向こうを見る。


俺も覗いた。


上を越えられそうに見えた。


籠がなければ。


トワは幹へ手を置き、軽く押した。


動かなかった。


だが、足元の枝は沈んだ。


彼は首を振り、上の斜面へ向かった。


女たちも続く。


俺は籠の横幅を見た。


空でも、引っかかれば進めない。


持ち上げた根の上を通るのはやめた。


遠回りをする。


倒木の向こうへ出たころには、息が上がっていた。


*


そこには、木が何本もあった。


女たちが籠を下ろす。


俺も下ろした。


ようやく、拾う場所へ着いた。


そう思った。


地面には実が少なかった。


泥の筋が、木々の間を抜けている。


葉が片側へ寄り、小枝が同じ向きで重なっていた。


水が通った跡だ。


女は棒で葉を払った。


一つ拾う。


また払う。


次がない。


もう一人の女が少し離れた場所を探した。


トワも斜面の下を見る。


誰も、すぐ籠へ実を入れ始めなかった。


俺は足元に一つ見つけた。


大きい。


丸く、殻もきれいだった。


拾って女へ見せる。


女が受け取った。


手の中で重さを確かめる。


近くの石へ当て、割った。


中が黒かった。


小さな穴もある。


女は俺へ見せた。


次に、もっと小さい実を取る。


こちらを割ると、中身が詰まっていた。


俺は二つを見比べた。


「見た目で選ぶと、駄目か」


女は大きいほうを俺の掌へ戻した。


軽かった。


持ち上げたときには、気づかなかった。


籠へ入れる前でよかった。


*


しばらく探した。


俺は拾うたび、女へ見せた。


頷かれたものだけ入れる。


首を振られたものは、足元へ戻した。


少しずつ、殻の色や重さを見るようになった。


それでも、籠の底はほとんど隠れない。


女たちの籠も同じだった。


トワが空を見る。


もう一人の女と話した。


上の斜面を指す。


移動するのだろうか。


俺は泥の筋へ目を戻した。


ここに落ちた実が、全部なくなるわけではない。


水に流されたなら、どこかへ寄っている。


泥の筋は下へ続いていた。


その先に、低い倒木があった。


水は幹の下を抜けたらしい。


枝の分かれたところに、葉が詰まっている。


その中で、丸いものが見えた。


俺はトワを呼んだ。


「トワ」


指す。


彼が近づいた。


女も来る。


俺はその場から動かず、葉の隙間を示した。


トワが棒を差し入れる。


濡れた葉が剥がれた。


実が二つ、転がり出た。


女がしゃがんだ。


さらに葉を寄せる。


今度は、五つか六つ。


俺は思わず籠へ手を伸ばした。


女の手が上がる。


待て。


止まった。


*


女は泥の中から一つ取った。


殻を押す。


指が沈んだ。


割ると、中身が崩れた。


次は穴が開いている。


その次は、殻の隙間から変な匂いがした。


俺は籠から手を離した。


集まっていることと、食べられることは違う。


女は幹の低いところを探すのをやめた。


少し上。


枝の股に引っかかった葉を外す。


そこから落ちた実を割った。


中を見て、もう一人の女へ渡す。


二人が短く話した。


頷く。


こちらは残せるらしい。


トワが棒で幹の裏を探った。


実が鳴った。


まだある。


女たちが籠を寄せた。


*


俺は落ちてくる実を受けようとして、やめた。


掌へ当てれば痛い。


足元に落ちたものを拾う。


濡れた葉の上へ一つずつ置いた。


女が確かめる。


残すもの。


割って見るもの。


捨てるもの。


置く場所が三つに分かれた。


俺もその並びに合わせた。


泥のついたものを、きれいなものへ混ぜない。


迷ったら、真ん中。


女はときどき俺の置いたものを移した。


そのたびに、何が違ったのか見る。


トワが上から実を落とす。


もう一人の女が枝に詰まった葉を外す。


俺は拾って並べる。


最初は泥しか見えなかった場所に、少しずつ実が増えた。


*


トワが棒を下ろした。


肩を回す。


女たちも手を止めた。


俺は残すほうの実を見た。


籠の底を覆うくらいはある。


女が数個、割って確かめた。


全部が同じではなかった。


駄目なものも混じる。


それでも、残るものがあった。


俺は籠を寄せた。


女が止める。


中を指した。


さっきまで拾った実が、底に入っている。


こちらは泥で湿っている。


俺は二つを見た。


葉で分けようとしたが、持っていた葉は濡れていた。


女が自分の籠を示す。


底に敷いた樹皮を持ち上げ、もとの実を俺の籠へ移した。


濡れたものは、空いた籠へ。


帰ってすぐ、別に広げるのだろう。


俺は自分の籠を持ち上げた。


少し重くなった。


女が背負わせる。


肩紐を引く。


俺がまっすぐ立つと、トワが底へ手を当てた。


セトに示された高さより、まだ下だった。


トワは何も取り出さなかった。


*


帰りは、倒木の手前で止まった。


来るときより荷がある。


女が上の斜面を見る。


遠回りの道は狭く、途中に枝が張り出していた。


トワは先に籠を下ろした。


枝を押さえ、女を通す。


次にもう一人。


俺は身体を横へ向けた。


籠が引っかかる。


戻す。


もう少し屈む。


今度は通った。


足を置く場所は、来るときに見ていた。


転ばずに下りられた。


木を回り終えると、女が籠を下ろした。


肩紐を擦る。


トワは遠回りした斜面を振り返った。


上を見る。


下を見る。


細い枝を一本折り、曲がり始める場所へ挟んだ。


女もその位置を確かめた。


この道を使うなら、荷を持って通れるようにしなければならない。


俺は籠の縁を握り直した。


まず、今日の分を運ぶ。


*


集落の煙が見えたとき、俺は足を止めなかった。


早く下ろしたかった。


背中は重い。


肩も痛い。


けれど、中身がなくなるよりはよかった。


家の女が先に声をかける。


何人かがこちらを見る。


エナが入口へ出てきた。


俺は家の前で膝をついた。


肩紐を外す。


籠を地面へ下ろした。


掌を挟まないよう、底を持つ。


ハルが入口から覗いた。


籠を見る。


手を伸ばした。


俺が寄せると、修理したところを押した。


動かない。


ハルは頷いた。


俺も頷いた。


「漏れてない」


籠の中を見せる。


ハルの目が、底から中身へ移った。


*


女たちは濡れた実を外へ広げた。


籠へ入れて運ぶ前にも選んだが、もう一度見る。


俺の籠の実は、別の敷物へ。


エナがしゃがむ。


一つ取る。


軽く振る。


女へ尋ね、置く場所を確かめた。


俺も隣へ座った。


一つ持つ。


重さ。


穴。


殻の傷。


真ん中へ置こうとしたところで、女が中を割った。


詰まっている。


残すほうへ移した。


次を取る。


今度は軽い。


女へ見せる。


割ると、中が空だった。


俺は捨てるほうへ置いた。


女が頷く。


朝よりは、分かる。


*


残った実が、浅い籠へ集められた。


一人が炉のそばへ運ぶ。


別の女が石を寄せ、殻を割り始めた。


乾いた音。


中身が木の器へ落ちる。


俺が背負ってきた分も、その中へ入った。


まだ食べられる形ではない。


このあとも手がかかる。


それでも、捨てるほうには行かなかった。


俺は空になった籠を引き寄せた。


背負うときより、ずっと軽かった。


ユイが寝床から見ていた。


俺は籠の中を見せた。


空。


ユイは炉のほうを指した。


俺は頷いた。


「そっちへ行った」


ハルが籠を取る。


肩紐の付け根を確かめた。


少し緩んだところへ、骨の道具を差し入れる。


俺は手を離した。


*


外でトワがセトを呼んだ。


倒木を避けたときの仕草。


籠を背負い、身体を横へ向ける。


枝に引っかかるところを示した。


女も話した。


肩紐を擦った場所へ触れる。


セトは上の斜面を見る。


集落の別の男を呼んだ。


男が歩いてきて、トワの話を聞く。


指した方向へ目を向けた。


俺は肩の赤くなったところを押さえた。


今日運べたから、明日も同じように運べるとは限らない。


ハルが籠を返した。


付け根は締め直されていた。


俺は入口の脇へ置いた。


トワがセトと男を連れ、もう一度森のほうへ歩き出す。


空の籠を一つ、持っていた。


その籠が枝に当たらず通れる道を、探しに行くのだろう。


俺は立ち上がりかけた。


女が短く呼ぶ。


木の実を一つ、俺の前へ置いた。


次に、殻を割る石。


俺は座り直した。


炉のそばで、また乾いた音がした。

お読みいただき、ありがとうございます。

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