第72話 迎えに来た人
ハルは、トワを呼び止めた。
「エナ」
ユイの脚を指す。
次に、外。
首を振った。
トワがしゃがむ。
ハルは言い直した。今度は長かった。
ユイを見ながら話し、途中で膝の籠を押しやった。
トワは最後まで聞いた。
それから、ユイの寝床へ掌を向ける。
ハルの足も指す。
短く答えると、ハルの肩が少し下がった。
俺は入口の水器を壁へ寄せた。
会いに来てもらうことと、連れて帰ってもらうことは、別だ。
ハルはそこを確かめたかったらしい。
*
翌朝、トワとセトは早く出た。
俺は家に残った。
ハルの横で、籠を直す材料を渡す。
湿らせたものを一本。
次も一本。
今度は間違えなかった。
ハルは受け取り、編み目へ通す。
少し進むと、入口を見る。
また手を動かす。
ユイは木の椀を膝へ載せていた。
中は空だった。
誰かが外を通るたび、顔を上げる。
ハルが声をかけても、入口から目を離さなかった。
俺は椀へ少し水を入れた。
ユイが飲む。
飲み終える前に、外でセトの声がした。
ハルの手が止まった。
*
トワの後ろに、女がいた。
背に荷を負っている。
髪に、小さな葉がついていた。
女は入口で足を止めた。
中を見る。
「エナ」
ユイが呼んだ。
女の手が背の紐から離れた。
荷が傾く。
トワが受け取った。
女は段差を下り、ユイのそばへ膝をついた。
両手で顔を包む。
何か呼びかける。
ユイが答えた。
女は額を寄せた。
しばらく、そのままだった。
ハルは隣で、手を膝へ置いていた。
ユイがつかんでいた袖が離れる。
小さな手は、エナの腕へ移った。
*
エナが獣皮をめくろうとした。
年老いた女が手を添える。
脚が動かないよう、下を支えた。
巻かれた紐。
腫れの残る足。
エナの指が止まった。
ユイが身を縮める。
すぐに獣皮が戻された。
エナは年老いた女へ尋ねた。
返事を聞き、もう一度ユイの顔を見る。
俺は水の椀を差し出した。
エナが受け取る。
子どもの背中を支え、口へ寄せた。
ユイが少し飲んだ。
エナは欠けた縁を指でなぞった。
それから、ハルを見た。
声が変わった。
*
ハルが答える。
エナは途中で言葉を返した。
ハルも続けた。
ナギの名が聞こえる。
エナが寝床の向こうを見る。
ナギは起きていた。
トワに肩を支えてもらい、短く話した。
ハルとユイ。
森のほう。
自分の胸。
エナは聞いたあと、またハルへ顔を戻した。
ハルは両腕を後ろへ回した。
背負う形。
エナの目が、その足へ落ちる。
草と紐で巻かれた足首。
脛の擦り傷。
彼女は手を伸ばした。
ハルが少し引く。
エナは傷を避け、膝へ掌を置いた。
今度の問いかけは、低かった。
ハルは顔を伏せずに答えた。
*
エナが胸へ手を当てる。
籠を背負う仕草。
川の向こうを指す。
戻る。
ハルとユイのいた場所へ手を向け、両手を開いた。
いなかった。
その問いには、ハルもすぐ答えられなかった。
ユイの脚を示す。
外。
手を引く。
エナは首を振った。
ハルも首を振る。
二人の声が重なった。
俺は材料を渡す手を止めた。
エナは、帰ってきたら子どもがいなかった。
ハルは、待てなかった。
そこまでは見えた。
なぜ待てなかったのか。
誰と何を話したのか。
その部分は、言葉の中にあった。
トワが間へ入る。
二人へ順に尋ねた。
エナが答える。
ハルも答えた。
今度は互いの話が終わるまで、口を閉じていた。
*
ユイがエナの腕を引いた。
ハルを指す。
何か言い、両腕を後ろへ回した。
ハルが声をかける。
ユイは続けた。
ナギを見る。
次に俺。
腰のあたりを、小さな手で握った。
俺は自分の縄へ触れた。
岩の下から運び出したとき、ユイが握っていたものだった。
少し持ち上げる。
ユイが頷く。
エナは縄を見た。
俺の掌。
入口の外に置かれた担架。
目が順に動いた。
俺は担架を指した。
ユイ。
ここ。
それ以上は、うまく言えなかった。
エナは俺へ顔を向けた。
短く何か言う。
頭が少し下がった。
俺も下げた。
顔を上げると、エナはハルへ向き直っていた。
*
ハルが話した。
今度は長かった。
ナギの名が出ると、ナギも短く補った。
トワが聞き返す。
ハルは足を指し、掌を地面へつけた。
次に、ユイのいた岩の形を両手で作る。
自分は外へ出る。
ユイを置いて、助けを呼びに来た。
その部分は、俺の知っている出来事とつながった。
エナはユイの手を握っていた。
ハルが話し終えると、自分の胸を指した。
ハルを見る。
何か言う。
ハルは口を閉じた。
しばらくして、頷いた。
エナの手がハルの肩へ移る。
引き寄せはしなかった。
強く、そこへ置いた。
ハルも逃げなかった。
ユイが二人を見上げる。
エナは肩から手を離し、子どもの髪へ触れた。
*
セトがウネを連れてきた。
エナは入口のそばへ移り、荷を開いた。
畳んだ獣皮。
葉に包んだ魚。
乾いた木の実。
籠を直すための、細い材料の束。
ハルがそれを見た。
エナは束を彼の横へ置いた。
次に、ユイを指す。
自分。
寝床の脇。
家の女を見る。
女は中を見回した。
自分たちの寝具。
ナギとユイ。
壁際に座るハル。
エナが加わる場所。
俺は立ち上がった。
今度こそ、自分の座っているところを空けようと思った。
女に呼び止められる。
足元を指された。
籠だった。
「……こっちか」
持ち上げる。
女が壁際を示す。
俺はそちらへ置いた。
戻ると、エナの口元が少し緩んでいた。
俺自身の置き場所は、まだ決まっていないらしい。
*
女はエナの獣皮を広げた。
厚さを確かめ、ユイの寝床へ重ねる。
その横へ草を足した。
エナが腰を下ろす。
ウネへ何か言った。
ユイを指し、掌を寝床へ向ける。
ウネは頷いた。
セトは外へ顔を向け、食べ物の包みと川のほうを示した。
エナが答える。
魚を女の前へ置く。
女は一部を戻した。
木の実も分ける。
エナは戻されたものを、自分の荷の横へ置いた。
彼女がここで食べる分も必要だった。
ハルが寝具を少し引いた。
壁際へ寄せる。
空いた場所へ、エナの包みを置いた。
エナが弟らしい男を見る。
ハルは籠を膝へ取り、骨の道具を出した。
エナは材料を一本渡した。
ハルが受け取る。
二人は、しばらく何も言わなかった。
*
ユイが眠ったあと、エナは水の器を指した。
自分を指す。
俺が外の水のあるほうを示すと、家の女も立った。
二人で器を持って出る。
俺は入口の獣皮を押さえた。
戻ってくるときも、通り道を空ける。
エナがユイの横へ器を置く。
女は炉へ枝を足した。
ハルの手元には、朝より材料が増えていた。
ナギが目を閉じる。
ユイの手は、寝床に残したエナの獣皮を握っていた。
*
外でトワが籠を並べていた。
修理した籠もある。
セトは女から木の実を一つ受け取り、中へ落とした。
乾いた音がした。
女が包みの残りを見せる。
ウネが覗く。
エナもそばへ来た。
自分の持ってきた物を指し、川の向こうへ目を向けた。
トワは川と反対の斜面を示した。
森の上のほう。
女が頷き、空の籠を二つ選んだ。
俺は入口からその手を見ていた。
トワが呼ぶ。
「サエ」
外へ出る。
籠の肩紐を示された。
俺が背負うと、トワは掌を見たあと、肩紐の位置を直した。
重さはまだない。
それでも、少し背中へ当たる。
トワは籠の縁を低い位置で叩いた。
ここまで。
満杯にはしないらしい。
俺は頷いた。
セトが斜面を指す。
次に、東の空。
明日の朝。
家の中で、ユイが小さく寝返りを打った。
エナが戻り、そばへ座る。
ハルはその隣で、編みかけの籠を膝へ載せたままだった。
俺は背中の籠を下ろした。
入口を塞がない場所へ置く。
トワの籠の隣に、並べた。
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