第70話 借りた寝床
家の入口で、担架が止まった。
トワが中から手を伸ばす。
セトが持ち手を下げ、少し斜めにした。
ナギの足へ、年老いた女の手が添えられる。
俺は先に入り、敷いた草の端を押さえた。
担架が降りる。
ナギの肩が、ゆっくり緩んだ。
次はユイだった。
ハルは片足をかばいながらついてきた。
入口の段差で止まり、柱へ手をつく。
俺が腕を出すと、足元を見てから肩へ手を置いた。
「ゆっくりでいい」
一歩。
もう一歩。
中へ下りると、ハルの手が離れた。
俺はユイの寝床の横を示した。
ハルが腰を下ろす。
ユイの指が、すぐにその袖をつかんだ。
*
家には、まだ物があった。
壁際の籠。
束ねた紐。
木の椀。
炉のそばには、使い込まれた寝具が畳まれている。
女が一人、籠を抱えて外へ出た。
戻ってきて、今度は寝具を取る。
小さな子が、その端をつかんだ。
女が声をかけると、子どもは手を離した。
女は寝具を反対側の壁へ運んだ。
全部を外へ出すわけではなかった。
自分たちの寝る場所を、ずらしている。
俺は空の担架を外へ出した。
入口の脇へ置きかけ、持ち手が通り道へ出ない向きに変える。
戻ると、ミナが水を抱えてきた。
入口から寝床まで、足元を見ながら進む。
俺は器を受け取り、壁際へ置いた。
そこなら、誰もまたがずに済む。
ミナはそのままユイの横へしゃがんだ。
*
ハルが葉の包みを籠の脇へ置いた。
女の声が飛んだ。
ハルの手が止まる。
女は包みを指し、反対側を示した。
ハルが短く答える。
女は首を振った。
俺は二人を見た。
やっぱり、嫌なのか。
寝床を貸すことと、一緒に暮らすことは違う。
口を開きかけた。
その前に、女が籠を持ち上げた。
下の草が少し湿っていた。
女は草を外へ引き出し、小さな木を並べる。
籠をその上へ載せた。
中には乾いた木の実が入っている。
次に、ハルの包みを指した。
そこへ置くと、籠を動かせない。
ハルは包みを抱え直し、反対側へ置いた。
女はそれ以上言わなかった。
俺は口を閉じた。
「……置き場所の話か」
ミナがこちらを見る。
何でもない、と首を振った。
危うく、収納の相談へ人間関係を持ち込むところだった。
*
炉には、まだ火がなかった。
女が灰を寄せ、石の間を確かめる。
トワが火のついた木を運んできた。
細い枝へ移す。
煙が上がる。
女は入口の獣皮を少し開けた。
年老いた女がナギの脚の紐を確かめる。
ミナはユイへ水を飲ませていた。
俺は二人の寝床の間から、余った草を寄せた。
通るところを空ける。
水の器へ手が届くかも確かめた。
外では、集落の夕方が続いていた。
魚を運ぶ人。
木の実を割る人。
子どもを呼ぶ声。
その合間に、誰かが草を持ってきた。
別の誰かが薪を置く。
置いた者は、すぐ自分の仕事へ戻っていった。
*
女が大きな籠を動かしたときだった。
木の実が一つ、床へ落ちた。
次に二つ。
俺は籠の下へ木の椀を差し入れた。
乾いた音が続く。
女が傾きを変えると、ようやく止まった。
底の編み目が一か所、切れていた。
俺は籠の底を支えた。
女が膝へ下ろす。
小さな子が、床へ転がった木の実を拾い始めた。
ハルが手を伸ばした。
女は籠を引き寄せる。
ハルはそこで止めた。
自分の包みを指す。
次に、籠の穴。
指を細かく動かした。
女はハルの顔を見た。
しばらくして、籠を少し押し出した。
ハルが受け取った。
*
葉の包みから、骨の道具が出てきた。
先の細い、手に収まるものだった。
ハルは穴の周りへ差し込み、残った編み目を持ち上げる。
傷んだ部分を指で押した。
そこだけ塞ぐつもりではないらしい。
女が覗き込み、何か尋ねた。
ハルは穴の脇を示して答えた。
それから、材料を探すように周りを見る。
俺は壁の紐を取った。
差し出す。
ハルは受け取りかけて、止めた。
紐。
籠。
女。
順に見る。
女の口元が動いた。
俺の手から紐を取り、元へ戻す。
別の束を出した。
細く裂いた、平たい材料だった。
「そっちか」
一本渡される。
ハルへ差し出すと、今度は受け取った。
*
ハルは材料を少し水へ浸した。
そのあいだに、穴の周りを整える。
俺は籠の底を両手で托った。
ハルが骨の道具を通す。
引く。
折り返す。
さっきまで、足を置く場所にも困っていた男の手が、迷わず動いていた。
女が横へしゃがんだ。
残った材料を裂き、幅を揃える。
一本ずつハルの前へ置いた。
俺が支える。
女が用意する。
ハルが編む。
ユイが短く呼ぶと、ハルは手を動かしたまま答えた。
女の子どもが、ユイを見た。
ユイも見る。
二人はしばらく黙っていた。
やがて子どもが木の実を一つ拾い、椀へ入れた。
ユイへ見せる。
ユイも寝床の端にあった一つを取った。
同じ椀へ落とす。
小さな音がした。
*
籠の底が塞がった。
ハルは内側を押し、縁を持って少しねじった。
もう一度、端を締める。
女へ差し出した。
女は編み直したところを指でなぞった。
木の実を少し入れる。
持ち上げる。
落ちない。
さらに入れ、炉の向こうまで運んだ。
床へ置く。
今度は何も転がらなかった。
女がハルへ声をかけた。
ハルは頷き、骨の道具を膝へ置いた。
伸ばしていた脚を少し動かす。
眉が寄った。
女はそれを見た。
草を持ってきて、ハルの横へ足す。
畳んだ寝具も少し寄せた。
壁へ背を預けられる場所だった。
ハルが身体をずらす。
足を伸ばし、息を吐いた。
女は材料の束を片づけ始めた。
ハルが呼び止める。
壁際の小さな籠を指した。
縁がほつれていた。
女は首を振り、ハルの脚を示す。
ハルも頷いた。
それでも手を伸ばし、籠を指す。
女は少し迷ってから、そばへ置いた。
ハルは受け取らず、まず俺を見た。
籠の底を支える仕草。
「俺の仕事は、それか」
両手を出す。
ハルが少し笑った。
*
暗くなるころ、二つ目の籠はハルの横へ置かれた。
まだ終わっていない。
骨の道具も、その中に入っていた。
女は取り上げなかった。
火が落ち着く。
ナギとユイは横になり、ハルは壁へ背を預けている。
ミナが器を並べた。
小さな子が入口へ来る。
俺は水の器を、足が当たらない位置へ寄せた。
ミナが見ていた。
軽く頷く。
俺も頷いた。
外では、セトとトワが話していた。
ウネもいる。
地面に引いた川の線。
その脇に石が一つ。
トワが東の空を指す。
セトが頷いた。
ハルが入口から覗いた。
地面の石を見て、トワを呼ぶ。
*
ハルは石を指し、首を振った。
トワがしゃがむ。
ハルは枝を求めた。
俺が渡すと、川の線のすぐ横へ短い線を引いた。
岸のようだった。
枝の先で、その一部を削る。
土が川の線へ崩れ落ちた。
手を斜めに滑らせる。
セトが何か尋ねた。
ハルは自分の足を指した。
俺は顔を上げた。
あの道で、足を痛めたのか。
セトはハルの指した場所を見つめ、トワへ話した。
トワが元の石を取る。
ハルはそれを受け取り、川から少し離れたところへ置いた。
大きな石を二つ並べる。
その間を枝で指した。
セトが頷いた。
知っている場所らしい。
ハルが線を足す。
川沿いを通らず、少し上から回る道だった。
ウネがトワとセトを指した。
東の空。
二つの石の間。
次に、昨日来た男たちのいた方向。
会う場所を変える。
こちらの二人だけで決めても、相手には伝わらない。
セトも同じことを考えたのだろう。
見張りの男を呼んだ。
三人で図を囲み、枝を取り合わず、順に指す。
明日の朝、先に道を確かめる者。
元の場所で相手を待つ者。
話の細部は追えなかったが、立つ場所が分けられていくのは見えた。
トワはハルへもう一度尋ねた。
ハルは岸を削ったところを指し、頷いた。
トワがその線の上へ小枝を横たえた。
そこは通らない。
俺にも分かった。
*
ユイがハルを呼んだ。
ハルは枝をトワへ渡し、寝床へ戻った。
獣皮を直す。
小さな手が、その指を握った。
俺は炉へ短い枝を足した。
炎が移る。
女が修理した籠を持ち、入口へ来た。
中には、明日使うらしい物が入っている。
籠を下ろす。
ハルが底を見た。
女は軽く揺すってみせた。
何も落ちない。
ハルが頷く。
外では、セトが見張りへ声をかけた。
トワは地面の図を消さず、枝を横へ置いた。
明日、川へ向かう二人は、ハルに教わった道を通る。
俺は籠の底の新しい編み目を見た。
その向こうで、女の子どもがユイへ木の椀を差し出していた。
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