↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/111

第69話 先に置くもの

水の器を抱えて戻ると、槍の男が立っていた。


森を見ている。


木々の間から、一人の男が出てきた。


少し遅れて、もう一人。


二人とも槍を持っていた。


俺は足を止めた。


器の水が揺れる。


今、こぼすな。


そう思った途端、縁から少しこぼれた。


槍の男が片手を後ろへ出す。


俺は止まった。


森から来た男が声を上げた。


小屋の中で、若い男が顔を上げる。


返事をしかけて、口を閉じた。


向こうの男は小屋を指した。


次に、川の向こう。


手を大きく引く。


呼び戻そうとしている。


*


トワが小屋から出てきた。


見張りの男の横へ立つ。


集落からウネも来た。


後ろに男が二人。


向こうの男は人数を見て、足を止めた。


槍の先は下を向いている。


だが、声は低くなかった。


若い男が入口へ出た。


相手を見る。


子どもが、その袖をつかんだ。


向こうの男が短く呼ぶ。


若い男の名らしい。


続けて、もう一つ。


子どもも顔を上げた。


二人とも知っている相手だった。


トワが俺を見た。


器。


小屋。


俺は男たちの後ろを通った。


向こうの男の目が俺の服へ向く。


今日は、そちらは後回しにしてほしかった。


*


ミナが水を受け取った。


子どもの木の椀へ移す。


若い男は葉の包みを膝へ載せていた。


紐を締める。


外の声を聞きながら、子どもの背中へ腕を回した。


ナギが呼びかける。


男は答えず、片足を床へつけた。


立とうとする。


膝が曲がった。


年老いた女が肩を押さえる。


子どもが袖を強く引いた。


若い男は座り直した。


俺は入口へ寄った。


ウネが小屋を指している。


向こうの男は首を振り、川のほうを示した。


その声の中に、ナギの名があった。


ナギが身体を起こす。


短く答える。


若い男も続いた。


向こうの男の指が、若い男から子どもへ移る。


次に、葉の包み。


掌を上へ向けた。


返せ。


そう見えた。


*


トワが若い男の前へしゃがんだ。


包みを指す。


若い男は紐を解いた。


石刃。


骨の道具。


短い縄。


乾いた木の実。


トワが縄を持ち上げる。


若い男が頷いた。


骨の道具には首を振る。


胸へ手を当てた。


石刃も包みに残った。


トワは縄だけを持って外へ出た。


ウネが二人の間に獣皮を敷かせる。


その上へ縄が置かれた。


向こうの男は後ろの相手へ槍を渡した。


近づき、しゃがむ。


縄を取った。


途中の継ぎ目を指で擦る。


若い男へ見せた。


男は頷き、何か答えた。


向こうの男は縄を腰へ下げた。


取り返したかった物なのだろう。


だが、それだけでは終わらなかった。


また小屋を指す。


若い男。


子ども。


川の向こう。


ウネが答える前に、若い男が声を出した。


子どもの脚を示す。


自分の足も。


向こうの男は入口を見た。


そこには、立てかけた担架があった。


寝床の下半分を隠していた。


俺は担架へ手を伸ばした。


横へ動かす。


傷に触れて掌が痛んだが、今は止めなかった。


入口が空く。


向こうの男の目が、子どもの脚へ落ちた。


年老いた女が俺を見た。


それから獣皮を少しめくった。


巻かれた脚。


腫れた足。


子どもが身を縮めたので、すぐにかけ直す。


女は次に、若い男の足を示した。


俺は担架を地面へ置いた。


樹皮には、運んできたときの泥が残っている。


トワがそれを指した。


森を指す。


子どもを指す。


向こうの男が尋ねる。


トワは頷いた。


*


若い男が両腕を後ろへ回した。


背負う仕草。


そのまま立とうとする。


俺は肩へ手を添えた。


男の身体が傾く。


ミナが反対側を支えた。


足へ重さをかける前に、寝床へ戻す。


子どもが声を上げた。


若い男は顔を伏せた。


外が静かになった。


後ろで槍を預かっていた男が口を開いた。


肩には籠をかけている。


先の男が振り返る。


籠の男は子どもを指した。


若い男の足。


こちらの寝床。


先の男が首を振る。


籠の男はもう一度言った。


今度は、少し強かった。


二人のあいだにも、意見の違いがあった。


俺は子どものそばへ戻った。


椀の水が減っている。


ミナから器を受け取り、少し足した。


子どもは椀ではなく、入口を見ていた。


*


ウネが若い男を呼んだ。


男が顔を上げる。


ウネは向こうの二人を示し、胸の前で手を重ねた。


若い男は頷いた。


川の向こうを指す。


次に、自分と子ども。


小さな丸を地面へ描いた。


その丸の中を指し、向こうの二人を見た。


同じ場所で暮らしていた。


少なくとも、そこまでは分かった。


男は丸の外へ指を出した。


自分の足。


子どもの脚。


ナギが続けて話す。


トワも加わった。


俺は昨日の図を思い出した。


ナギが道を教えた相手。


隠れていた子ども。


帰ってこいと呼ぶ男たち。


同じ場所から来たからといって、同じ考えで動いているわけではない。


若い男は、子どもを連れてここへ来ようとした。


向こうの男は、連れ戻そうとしている。


その違いは、言葉が足りなくても見えた。


*


籠の男が槍を地面へ立てかけた。


籠を下ろす。


葉の包みを取り出し、獣皮の上へ置いた。


乾いた魚だった。


先の男が声を強める。


籠の男は包みから手を離した。


子どもを指す。


返事を待った。


ウネが二人のあいだへ言葉を入れた。


若い男と子どもを指す。


小屋の地面。


ここ。


次に、子どもの脚を示した。


立っているトワの足を指す。


トワが数歩、歩いた。


ウネは川の向こうを示す。


俺は三人の手を追った。


今は、ここ。


歩けるようになったら、その先の話。


そんな順番に見えた。


向こうの男が長く答えた。


ウネが頷きかける。


トワが口を挟んだ。


若い男も顔を上げて話した。


ウネは聞き直し、向こうへ答えた。


簡単な約束ではないらしい。


それでも、若い男はもう子どもを抱き上げようとしていなかった。


最後に、向こうの男が若い男を呼んだ。


男は目を合わせた。


話を聞く。


ゆっくり頷いた。


向こうの男は縄を持ち上げ、小屋をもう一度見た。


それから槍を受け取った。


籠の男が包みを指した。


ウネが頷く。


二人は森へ向き直った。


*


姿が木々に隠れても、見張りの男は動かなかった。


別の男が、その横へ来る。


短く話したあと、一人が森を見渡せる場所へ移った。


若い男は包みを膝へ載せたままだった。


ウネが寝床の端を指す。


男がそこへ置く。


子どもの袖をつかんでいた手が、少し緩んだ。


ナギも横になった。


俺は入口に座った。


背中へ柱が当たる。


ようやく、肩の力が抜けた。


トワが隣へ来た。


俺の掌を見る。


担架を見る。


「動かしただけだ」


トワは黙っていた。


俺は手を膝へ戻した。


言い訳を重ねるほど、こちらの負けになる気がした。


*


魚は年老いた女が割った。


子どもには、小さな欠片。


ナギにも少し。


若い男は受け取ってから、外へ目を向けた。


魚を置いた男がいた場所だった。


しばらくして、口へ入れる。


俺の前にも一つ置かれた。


「俺も?」


頷かれる。


指でつまんだ。


掌が痛み、持ち直す。


魚が折れた。


小さいほうが膝へ落ちる。


子どもが見ていた。


俺は拾った。


「分けたんだ」


子どもの口元が動く。


信用されていない。


魚を噛む。


硬い。


なかなか切れない。


子どもはまだ見ている。


俺は少し横を向いた。


すると、トワまで見ていた。


今日は食べるだけでも忙しかった。


*


若い男が俺を呼んだ。


「サエ」


顔を上げる。


男は胸へ手を当てた。


「ハル」


もう一度。


「ハル」


俺が真似すると、頷いた。


次に子どもを指す。


「ユイ」


外の男が呼んでいた音だった。


俺は子どもを見る。


「ユイ」


目が合う。


小さな指が、俺へ向いた。


「サエ」


「そう」


頷く。


ハルが少し笑った。


俺は二人の名を、頭の中で繰り返した。


ハル。


ユイ。


もう、呼ばれたら誰のことか分かる。


外でウネが声を上げた。


「セト」


見張りの男が振り返った。


返事をする。


俺はその横顔を見た。


いつも槍を持っていた男。


森を指した男。


子どもを運んだ男。


セト。


俺が小さく真似すると、本人がこちらを見た。


自分を指す。


「セト」


俺は頷いた。


「サエ」


胸へ手を当てる。


セトは俺の手を一度見て、外の担架を指した。


話は終わりらしかった。


*


日が傾いていた。


風よけの獣皮が膨らむ。


小屋の屋根の隙間から、細い光が寝床へ落ちていた。


ウネが中を覗く。


二つの寝床。


その間の細い通り道。


入口には水の器。


ミナが入るたび、身体を横にする。


ウネは集落の端にある家を指した。


そこで女が籠を運び出していた。


別の者が古い草を外へ引きずる。


トワが入口へしゃがみ、中を確かめた。


ウネへ声を返す。


寝る場所を、そちらへ移す。


俺にも分かった。


森を見る見張りから近く、中央の火までは少し距離がある家だった。


セトが担架を出した。


ナギを指す。


ユイを指す。


長い枝を二本、地面へ並べた。


俺はしゃがんだ。


縄を取る。


セトが俺の掌を見た。


隣にいた男を呼び、枝を押さえさせる。


縄を強く引くのも、その男だった。


俺は巻き方と結び目を確かめる。


これならできる。


最初の横木が留まった。


セトが枠を持ち上げ、ねじる。


動かなかった。


次の一本が、俺の前へ置かれた。


小屋からユイの声がする。


ハルが答えた。


トワは移す先の家から戻ってきた。


新しい草を抱えている。


俺は次の縄を巻いた。


日が落ちる前に、二人を屋根の下へ運ぶ。


今度は、そのために手を動かした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。