↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/113

第65話 火を分ける

ナギが器から口を離した。


俺は背中を支えたまま、水をミナへ渡した。


そのとき、ナギの右手が担架の端をつかんだ。


身体を起こす。


「おい」


左脚が動いた。


顔が歪む。


それでも彼は、道を塞いでいる男へ何か言った。


男が答える。


ナギは森を指した。


次に自分。


トワが担架の横枝を押さえた。


短く言う。


ナギはもう一度、森を指した。


ミナが肩の草を掛け直す。


彼がそれを払おうとすると、その手をつかんだ。


俺はナギの背中を少し下ろした。


ここから離れようとしている。


それだけは分かった。


だが、右手一本で身体を支えるのも、もう苦しそうだった。


*


集落の方で、子どもが呼ばれた。


二人が家の方へ走る。


一人は途中で止まり、こちらを見た。


大人が肩に手を置き、連れていった。


槍を持つ男が、その背中を指した。


それから森。


ナギ。


トワ。


言葉は速かった。


俺は男の顔を見た。


ナギだけを見ているのではない。


話す間にも、何度も木々の間へ目を向けていた。


別の男が森から戻った。


肩に細い枝がついている。


それを払う前に、槍の男へ話し始めた。


川の方を指す。


指を二本立てる。


遠くを指してから、首を振った。


トワが立ち上がる。


問いかける。


戻ってきた男が、もう一度同じ方角を示した。


俺には、距離も人数も正確には分からなかった。


だが、トワの目がそちらへ向いた。


昨日、俺たちが避けてきた方だった。


俺はナギの傷だけを見ていた。


この男は、集落の子どもたちを見ている。


槍が下りない理由は、少し分かった。


*


ウネが来た。


急いではいなかった。


こちらへ歩きながら、戻った男の話を聞いている。


トワが何か言った。


ウネはナギを見た。


足。


添え木。


担架。


それから、年老いた女へ目を向けた。


女が立ち上がる。


二人はしばらく顔を見合わせた。


先に話したのは女だった。


ウネは途中で口を挟まなかった。


話が終わると、ナギの横へしゃがんだ。


足先に触れる。


ナギが答える。


ウネは紐の結び目を見てから、トワへ何か尋ねた。


トワが地面に膝をついた。


小枝で川を描く。


岩。


川上へ延びる線。


その先を回って、ここへ戻る線。


槍の男が、線の途中を指した。


トワは頷いた。


男がまた話す。


今度はトワも黙って聞いた。


俺は担架の端に手を置いた。


集落の火は近い。


だが、ナギをそこまで運べるとは、まだ決まっていなかった。


*


風が吹いた。


ナギの肩の草が動く。


ミナが押さえた。


俺は集落の端を見た。


魚を干す場所の奥に、低い屋根がある。


柱と屋根だけの小さな棚だった。


雨の日、籠を置いていたのを見たことがある。


今日は片側に木が積まれ、中央は空いていた。


俺はそこを指した。


ウネが見る。


ナギを指す。


屋根。


地面へ掌を下ろす。


寝かせる。


槍の男が何か言った。


屋根の向こうの森を指す。


俺は手を止めた。


あそこへ置けば安全、というわけではない。


ウネが立ち上がった。


棚の方へ歩く。


トワと槍の男が続いた。


三人は屋根の下を見た。


風の来る方。


家までの距離。


森へ続く細い道。


男が屋根の脇へ立ち、外を見る。


トワが柱に触れた。


次に、自分の胸。


ナギの方を指す。


ここにいる。


そう言ったように見えた。


ウネは集落へ声をかけた。


二人が来る。


一人は槍を持っていた。


もう一人は、積んだ木を動かし始めた。


*


年老いた女がナギの脚を支え直した。


ミナが担架の草を寄せる。


俺は足側へ回った。


持ち手を握ろうとすると、指が痛んだ。


少し開く。


もう一度握る。


影が落ちた。


槍の男だった。


彼は俺の手を見て、何か言った。


俺は顔を上げる。


男は槍を近くの木へ立てかけた。


担架の端へしゃがむ。


俺の隣に手を入れた。


トワが頭側を持った。


男が短く声を出す。


上げる。


俺も持った。


三人分の力で、担架が浮いた。


さっきより軽い。


道が開いていた。


男は進みながら、一度だけ森を振り返った。


俺たちはその横を歩いた。


*


屋根の下へ、獣皮が敷かれた。


乾いた草も運ばれてくる。


ナギを移す前に、年老いた女が手で厚さを確かめた。


トワが肩を支える。


俺は腰。


ミナが脚。


槍の男が担架を抜いた。


ナギの身体が獣皮へ下りる。


彼は目を閉じた。


左足は、入口へ向かないように置かれた。


人が通っても、当たりにくい。


女が水を持ってきた。


別の女は、柔らかくした食べ物を器に入れている。


ミナが受け取った。


俺は空になった担架を柱へ寄せた。


横枝に触れる。


結び目は、まだ締まっていた。


槍の男がトワへ話しかけた。


棚の外を指す。


次に、ナギ。


トワが頷く。


男は槍を取りに戻った。


別の二人と合流し、森の方へ歩いていく。


トワは見送ったあと、屋根の下へ戻った。


ナギの横へ座る。


*


火は、少し離れたところに作られた。


屋根へ近づけすぎない場所。


地面をならし、周りの枯れ草を払う。


俺も手伝おうとした。


枝を持ち上げたところで、ウネに手首を取られた。


掌を見る。


指を開かされる。


痛かった。


ウネは俺の手を下ろし、獣皮の端を指した。


座れ。


俺は座った。


誰かが集落の火から赤い熾を運んできた。


厚い樹皮の上で、小さく光っている。


細い枝が重ねられる。


息を吹く。


煙。


少し待って、炎が立った。


ナギが目を開けた。


火を見る。


ミナが器を差し出すと、今度は素直に受け取った。


俺の前にも食べ物が置かれた。


取ろうとする。


指から落ちた。


拾う。


また落ちる。


トワが見ていた。


「見てないで食えよ」


彼は自分の食べ物を口へ入れた。


こちらを見たままだった。


俺は掌で受け、口へ運んだ。


ようやく食べられた。


トワの肩が、わずかに揺れた。


*


日が低くなるころ、森へ行った男たちが戻った。


槍の男は、まずウネへ話した。


川の方を指す。


首を振る。


次に、集落の外の道。


二人のうち一人が、そちらへ移った。


見張りは続くらしい。


ウネが棚の中へ来た。


ナギを見る。


トワへ短く話す。


それから俺の前で、火を指した。


薪。


棚。


俺も頷いた。


今夜は、ここ。


少なくとも、それは分かった。


ウネが去ると、食べ物を運んでいた女が子どもを連れてきた。


あの子だった。


俺に結び方を教えた子。


手に短い縄を持っている。


俺の靴を見た。


穴だけが並んでいる。


子どもはしゃがみ、縄を差し出した。


「助かる」


受け取る。


その前に、彼の目が担架へ移った。


黒い靴紐。


俺の靴。


また靴紐。


子どもは担架へ近づき、横枝を引いた。


動かない。


隣の結び目も確かめる。


俺の結んだところだった。


少し考え、端を一度引いた。


それで終わりだった。


俺は差し出された縄を受け取った。


子どもが俺を指す。


「サエ」


「ああ」


彼は担架を指し、覚えのある音を言った。


俺も真似した。


子どもは首を振らなかった。


*


ナギがそのやり取りを見ていた。


子どもが女と戻ると、彼は胸元から骨片を出した。


火に照らされた白い端。


俺は靴へ縄を通していた手を止めた。


ナギがトワを呼ぶ。


トワが顔を向けた。


ナギは骨片を見せたあと、自分の右手を下へ垂らした。


指を開く。


落ちるような動き。


次に、トワの手首へ触れた。


握る。


引く。


トワは動かなかった。


ナギが何か言った。


年老いた女が、その言葉に短く答えた。


彼女もトワの手を指した。


それからナギ。


俺は二人を見る。


「……前にも?」


トワの手を指す。


ナギを指す。


引き上げる真似をした。


ナギはすぐに頷いた。


同じ動きを、もう一度見せる。


トワの手をつかんだまま。


骨片の穴が、火の方を向いていた。


*


トワはナギの手を外さなかった。


しばらくして、空いている方の手で枝を取った。


足元の土へ線を引く。


川だった。


俺は少し近づいた。


彼は線の脇へ二つ、小さなくぼみを作った。


片方を指す。


「トワ」


もう片方。


「ナギ」


そこまでは分かった。


トワは川の線を深くした。


岸の土を、指で崩す。


ナギのくぼみが半分消えた。


彼の指がそこで止まる。


ナギが低く何か言った。


トワは聞いた。


それから枝を置き、俺の手を取った。


掌の傷を避け、手首を握る。


川の線の上で、引いた。


俺は彼の顔を見た。


トワはまだ手を離さなかった。


ナギの方へ目を向ける。


彼も、こちらを見ていた。


俺は頷いた。


トワが手を離す。


それから、置いた枝をもう一度拾った。


火のそばへ身体を寄せ、続きを描き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。