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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

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61/112

第61話 煙の下にいる人

トワの腕が、俺の胸を押さえた。


足を止める。


木々の向こうで、人が動いていた。


一人が枝を抱えている。別の男は火のそばにしゃがみ、濡れた葉を重ねていた。


白い煙が膨らむ。


少し離れた場所にも火があった。その先にも。


声が行き交っている。


男が一人、川沿いを歩いていった。手には槍。途中で立ち止まり、草の中を柄で押し分ける。


俺は身体を低くした。


知らせるための火だと思った。


だが、誰に何を知らせているのかは分からない。


少なくとも、あそこへ出て道を尋ねる気にはなれなかった。


年老いた女が、トワの肩に触れた。


川の方を指す。


トワはしばらく向こうを見てから、頷いた。


腰に差した骨片へ、一度だけ手をやった。


*


俺たちは火を避け、岸の低い方へ回った。


水際には、流れてきた枝や草が引っかかっている。


泥の上に足を置く前に、トワが槍の柄で突いた。沈む場所は避ける。石が出ている場所だけを選ぶ。


俺も同じところを踏んだ。


それでも滑った。


腕をつかまれる。


「……悪い」


トワは俺を引き戻し、足元を指した。


石だと思ったものは、泥をかぶった木だった。


下りるだけで手を借りた。


まだ何も始まっていないのに、もうトワの仕事を増やしている。


後ろからミナが来た。


俺の肩に手を置き、横を通る。


彼女は滑らなかった。


俺は靴底の泥を石に擦りつけてから、歩き直した。


岸が高くなった。


頭の上には木の根がむき出しになっている。そこから落ちたらしい土が、水際に山を作っていた。


トワが止まった。


全員が動きを止める。


川の音。


上の方で話す声。


その間に、乾いた音があった。


こつ。


少し待って、もう一度。


こつ、こつ。


ミナが顔を上げた。


トワを見る。


それから、崩れた岸の先へ目を向けた。


トワが口元に指を当てる。


ミナは唇を閉じた。


だが、足は止まらなかった。


*


倒れた木があった。


根の片側に、まだ土がついている。


幹は岸から斜めに落ち、太い枝が川の中へ突き出していた。


その下で、何かが動いた。


手だった。


小さな石を握っている。


石が、幹を打った。


ミナが息を吸った。


「ナギ」


声は小さかった。


それでも、手が止まった。


幹の陰から顔が上がる。


泥のついた髪。


乾いた唇。


俺よりずっと若い男だった。


男はミナを見た。


口が動く。


次に、彼女の後ろへ目を向けた。


「トワ」


トワが膝をついた。


俺にも、その音は聞き取れた。


ミナがもう一度言った。


「ナギ」


男が彼女を見る。


そして、短く答えた。


今度は間違えようがなかった。


ナギ。


この男の名前だった。


ミナが近づこうとすると、ナギは石を置き、人差し指を口元へ当てた。


それから岸の上を指す。


ミナは身をかがめた。


俺も頭を下げる。


上から男の声がした。


ナギの指が、ゆっくり下りた。


*


近づいて、足が見えた。


左脚が幹の下に入っている。


膝は見える。


足先も見える。


その間が、木に隠れていた。


幹のこちら側には折れた枝があり、向こう側は崩れた土に載っている。


ナギは両手を地面につき、身体を起こしていた。


指が泥に食い込んでいる。


その横には、肘で掘ったような跡があった。


自分で抜こうとしたのだろう。


トワはナギの肩に触れた。


次に膝。


足先。


ナギが何か言う。


トワが答える。


短いやり取りだった。


トワの指が足首に触れたとき、ナギの顎が上がった。声は出さなかった。


ミナが彼の背中へ手を回した。


年老いた女は少し離れた石の陰にしゃがみ、岸の上を見ている。


トワが腰から骨片を抜いた。


ナギの目がそこへ止まる。


泥のついた手が伸びた。


骨片の穴に、指先が触れた。


トワはその手首をつかんだ。


二人が顔を見合わせる。


ナギが何か言った。


さっきより長かった。


トワは最後まで聞いた。


それから骨片を自分の腰へ戻し、ナギの手をミナの方へ渡した。


ミナが両手で受け取る。


トワは倒木へ向き直った。


俺もしゃがんだ。


聞きたいことはあった。


だが、ナギの手が震えていた。


今はそれを止める方が先だった。


*


トワは幹の下を確かめた。


石を一つ取って押し込む。


指を抜き、掌で幹を押す。


動かない。


今度は折れた枝を両手で持ち、わずかに持ち上げた。


ナギが息を詰めた。


ミナが身体を支える。


俺は向こう側を見ていた。


幹の端が、泥を削った。


ほんの少し。


だが、削れた土が水へ落ちた。


トワが力を緩めると、木が戻る。


さっきより低かった。


「待って」


俺は手を伸ばした。


トワの腕に触れる。


彼がこちらを見る。


俺は幹の向こうを指した。


泥。


削れた跡。


水へ落ちた土。


トワは顔を寄せた。


指で土の端を押す。


また少し崩れた。


彼は手を引いた。


ナギの脚を見る。


それから俺を見た。


俺は掌を下へ向け、ゆっくり下げた。


トワが頷いた。


*


木を上げなければ、脚は抜けない。


だが、こちらを上げると、向こうが滑る。


俺は周りを見た。


岸の土。


水。


流れてきた細い枝。


どれも頼りなかった。


少し奥に、大きな石があった。


半分ほど地面に埋まっている。


その横に、短い木が挟まっていた。水に洗われ、皮がほとんど剝がれている。


俺は木を指した。


次に、倒木の端。


石と幹の間へ入れる真似をした。


トワが木を取った。


曲げる。


端を石へ打ちつける。


乾いた部分が少し欠けた。


彼はそれを捨てた。


別の木を拾い、同じように確かめる。


今度は俺に渡した。


重かった。


さっきのものより短いのに、手の中にずしりと来た。


俺は抱え直した。


トワが石の横の泥を掻いた。


そこへ木の端を入れる。


俺が考えていた向きとは少し違った。


斜めだ。


木の先が、幹の下に届く。


もう一方は石の脇へ収まった。


トワが押してみる。


ぐらついた。


首を振る。


薄い石を拾い、隙間へ押し込む。


もう一度。


今度は止まった。


彼は俺の手を木へ置かせた。


押さえていろ、ということらしい。


俺は膝を泥につけた。


両手で握る。


トワが倒木の枝へ戻った。


ミナに短く何か言う。


彼女がナギの身体を少し後ろへずらした。


ナギは目を閉じた。


トワが枝を持ち上げる。


俺の手の中で、支えの木が軋んだ。


「……よし」


石へ押しつける。


木の先が幹に食い込む。


トワが少しずつ力を緩めた。


重さが移ってくる。


指に力を入れた。


止まった。


泥は落ちなかった。


幹も、それ以上は下がらなかった。


ナギが長く息を吐いた。


地面についていた片手を離す。


ミナがその手を取った。


赤くなった掌に、細かい砂がついていた。


*


脚はまだ抜けていない。


それでも、ナギの肩が少し下がった。


ずっと身体を支えていたのだ。


ミナが彼の額の髪を払った。


ナギは何か言いかけ、唇を閉じた。


上で声がした。


年老いた女が振り返る。


指を二本立てた。


次に、岸の上を指す。


二人。


近づいている。


トワは幹の下へ顔を寄せた。


俺からは、彼の背中しか見えなかった。


しばらくして、手が伸びてくる。


俺の指を、支えの木のもう少し低いところへ移した。


そこなら、木が横へずれるのを押さえられた。


彼は一度手を離した。


俺だけが握る。


トワが俺を見る。


「サエ」


「分かった」


頷いた。


彼はもう、俺の手を見直さなかった。


ナギの脚の方へ身体を移し、泥を掻き始めた。


俺は木を握り直した。


掌の皮が擦れる。


上から、小さな土の塊が落ちてきた。


肩に当たり、水へ転がる。


ミナがナギの口元へ手を添えた。


ナギは頷いた。


俺は顔を上げなかった。


支えの木が、指の中でわずかに動く。


石へ押しつける。


止まる。


頭の上で、足音が止まった。


川の音に混じって、槍の柄が地面を突く音がした。

お読みいただき、ありがとうございます。

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