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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

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第50話 見せてはいけないもの

「それを、見せるな」


アオの声が、低く落ちた。


俺は手の中の骨の輪を見た。


小さい。


泥が入り、細い傷がいくつも残っている。


子どもの飾りにしか見えない。


だが、アオの顔は違った。


それは飾りではない。


見られたら、まずいものだ。


枝の向こうで、男たちの声がした。


近い。


リクが子どもたちを岩の陰へ押し込む。


イナが小さな子の口を押さえた。


トワは槍を持ち直す。


俺だけが、手の中の小さな輪を見て固まっていた。


どうする。


ポケットに入れるか。


いや、見つかったら終わりだ。


土に埋めるか。


あとで探せない。


アオに返すか。


だが、アオは首を振った。


彼女は俺を指した。


次に、骨の輪を指す。


それから、強く首を振る。


意味が分からない。


俺が持つな。


アオが持つな。


誰にも見せるな。


頭の中で、いくつもの答えが立ち上がって、すぐ倒れた。


まただ。


現代人の頭は、分からないものをすぐ説明したがる。


だが、この森で間違えれば、誰かが死ぬ。


俺は息を吸った。


そして、革靴の紐をほどいた。


トワが俺を見る。


アオも見る。


俺は靴の中敷きを少し浮かせ、骨の輪を押し込んだ。


足を入れ直す。


硬い。


痛い。


だが、外からは見えない。


俺は靴紐を結んだ。


「見えない」


小さく言った。


もちろん通じない。


それでもアオは、俺の足元を見て、わずかに頷いた。


よかった。


たぶん。


この時代の「たぶん」は、命より重い。


*


足音が近づいた。


一人ではない。


枝を踏む音。


草を払う音。


短く交わされる声。


俺たちは岩の陰に身を低くした。


子どもたちは奥にいる。


リクが抱き寄せている。


アオは外側。


トワは、その少し前。


俺はトワの横にいた。


本当は奥に隠れたかった。


ものすごく隠れたかった。


だが、靴の中には骨の輪がある。


俺が逃げれば、それも動く。


足の裏に硬いものが当たるたび、そこだけ心臓になったみたいだった。


男たちが現れた。


三人。


リクの集落の男ではない。


顔つきが違う、というより、目が違った。


何かを探している目だ。


失くしたものを探す目ではない。


奪われたものを取り返す目だった。


一人が地面を見た。


俺の胸が冷たくなった。


泥の上に、足跡がある。


裸足でも草履でもない。


革靴の跡。


この森で、俺の足跡だけが異物だった。


男がしゃがむ。


泥を指でなぞる。


まずい。


俺のせいで、ここまで来た。


男が顔を上げた。


こちらを見る。


見つかる。


その瞬間、トワが小石を拾い、反対側の茂みへ投げた。


かすかな音がした。


二人の男が振り向く。


一人が声を上げ、茂みへ向かう。


だが、残った男は動かなかった。


彼はまだ、泥を見ていた。


革靴の跡を見ていた。


小石では騙されない。


俺は喉が乾いた。


トワの手が槍にかかる。


このままでは、刺し合いになる。


そのとき、アオが小さく息を吐いた。


彼女はわざと枝を折った。


乾いた音。


残った男が顔を上げる。


アオが岩陰から少しだけ姿を出した。


「アオ」


男が言った。


その声だけは、俺にも分かった。


名前だ。


しかも、見つけた、という声だった。


アオは逃げなかった。


男を見返す。


男が近づく。


彼の目は、アオの手を見た。


腰を見た。


首を見る。


何かを探している。


骨の輪だ。


やはり、あれを探している。


アオは両手を広げた。


何も持っていない。


男は納得しない。


さらに一歩近づく。


トワが前に出ようとした。


アオが手で止めた。


動くな。


言葉がなくても分かった。


男の視線が、アオから俺へ流れた。


俺は両手を広げた。


何も持っていない。


男は俺の手を見る。


腰を見る。


そして、足元を見た。


やめろ。


そこは見るな。


俺は思わず片足を引いた。


その一歩が、最悪だった。


男の目が細くなる。


気づかれた。


*


俺は、自分にできることを探した。


石器は使えない。


森は読めない。


言葉も通じない。


走れば足音でばれる。


殴り合いなら、たぶん一番に倒れる。


できることが少なすぎる。


だが、一つだけあった。


俺はゆっくりポケットに手を入れた。


トワが鋭く俺を見る。


大丈夫。


たぶん。


俺はスマートフォンを取り出した。


黒い板。


この森では役に立たないもの。


未来の道具だったはずなのに、今ではただの重い板だ。


だが、知らないものは目を引く。


俺はスマートフォンを地面に置いた。


男の目が、それに落ちた。


よし。


俺は一歩下がり、両手を広げる。


持っていけ。


そういうつもりだった。


男は警戒しながら近づいた。


槍の先でスマートフォンをつつく。


何も起きない。


もう一度つつく。


やはり何も起きない。


男の視線が、俺の足から離れた。


その一瞬で、アオが泥をつかんだ。


自分の腕にこすりつける。


首にも。


胸元にも。


何かの跡を消しているようだった。


俺には分からない。


だが、トワは分かったらしい。


彼の目がわずかに動いた。


男はスマートフォンを手に取ろうとした。


その瞬間だった。


黒い画面に、白い光が走った。


俺は息を止めた。


ありえない。


何度押しても動かなかった。


充電なんて残っているはずがない。


なのに、画面が一瞬だけ明るくなった。


白い線が浮かぶ。


一本の線。


途中で、二つに分かれる線。


俺は、それを見たことがあった。


リクが灰に描いた印。


割れた枝のような印。


アオ。


男が叫んだ。


スマートフォンが泥の上に落ちる。


画面はすぐに消えた。


だが、遅かった。


男は見た。


トワも見た。


アオも見た。


アオの顔から、血の気が引いていく。


「サエ」


トワが低く言った。


俺は動けなかった。


男が一歩下がる。


俺を見る。


スマートフォンを見る。


アオを見る。


その目が変わった。


ただの怪しいよそ者を見る目ではない。


見つけてはいけないものを見つけた目だった。


男は森の奥へ向かって叫んだ。


離れていた二人が戻ってくる。


リクが子どもたちを抱き寄せる。


小さな子が泣き出しそうになった。


アオが俺の腕をつかんだ。


強い。


逃げろ。


言葉はなかった。


だが、今度は分かった。


トワが俺の肩を押した。


俺は泥の中からスマートフォンを拾った。


走り出す。


足の裏に、骨の輪が食い込んだ。


痛い。


だが、止まれない。


背後で男たちの声が上がる。


枝が折れる。


草が揺れる。


子どもが泣く。


森が、一斉に動き出した。


俺は走りながら、さっきの白い線を思い出していた。


スマートフォン。


灰の印。


骨の輪。


アオ。


別々だと思っていたものが、一本の縄みたいにつながっていく。


だが、その結び目の意味を、俺はまだ知らない。


ただ一つだけ分かった。


俺はもう、ただ迷い込んだ客ではない。


見せてはいけないものを、持ってしまった。


そして、それはたぶん――


俺が未来から来たことより、ずっと危ない。

お読みいただき、ありがとうございます。

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