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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
つながる世界

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第41話 火のそばの客

「リク」


トワが、もう一度その名を呼んだ。


若い女は動かなかった。


腕に壊れた籠を抱えたまま、こちらを見ている。


川の音が間にあった。


俺は木の陰で息を止めた。


見つかった。


いや、見つかったというより、最初から向こうも気づいていたのかもしれない。


女の後ろでは、何人かの男がこちらを見ていた。


手には槍。


短いものもあれば、長いものもある。


俺たちの集落で見るものより、先が太い。


狩りの道具というより、人を止めるためのものに見えた。


トワはゆっくり立ち上がった。


両手を少し広げる。


石刃には触れない。


俺も同じように立とうとして、膝が枝に当たった。


乾いた音がした。


全員が俺を見た。


こういうときに限って、現代人は枝を踏む。


俺は両手を上げた。


何も持っていない。


持っているのは、壊れた籠の一部だけだ。


それを見た瞬間、若い女の顔が変わった。


彼女は腕の中の籠を見た。


次に、俺の手の中の編み目を見る。


そして、短く何かを言った。


鋭い声だった。


男たちの一人が一歩前へ出る。


トワが俺の前に立った。


「トワ」


若い女が言った。


その声には、驚きと、怒りと、少しだけ安心が混じっていた。


少なくとも俺には、そう聞こえた。


本当は全部違うかもしれない。


この世界で人の気持ちを読むのは、まだ危ない。


俺は自分の読解力を信用しすぎて、何度も間違えている。


トワは川の方を指した。


雨。


流れたもの。


壊れた籠。


手ぶりでそう伝えている。


若い女は、俺の手から籠の破片を取った。


泥のついた編み目を指でなぞる。


途中で、指が止まった。


彼女は何も言わなかった。


だが、その沈黙のせいで、周りの者たちまで黙った。


そのとき、彼女の後ろにいた子どもが泣き出した。


さっき聞こえた声だ。


まだ小さい。


四つか五つくらいだろうか。


女はその子を見た。


だが近づかなかった。


代わりに、年上の少女が子どもの肩を抱いた。


泣き声は、すぐには止まらなかった。


*


俺たちは、川のそばでしばらく待たされた。


待たされる、という言い方が合っているのかは分からない。


だが、少なくとも歓迎されてはいなかった。


トワは腰を下ろし、槍を横に置いた。


俺にも座れと手で示す。


座る。


地面が湿っていた。


尻が冷たい。


座った瞬間に分かったが、もう遅い。


立ち上がるのも変だ。


俺は何もなかった顔をした。


トワがこちらを見る。


何もなかった顔は、通じていなかった。


リクは、壊れた籠の破片を持って、年老いた男のところへ行った。


男は俺たちの集落のウネよりも、少し若いくらいに見える。


髪は白くない。


だが、周りの者が彼の声を待っている。


リクが何かを説明する。


トワの名が何度か出た。


それから、俺を指した。


「サエ」


トワが言った。


リクが俺を見る。


「サエ」


発音は少し違った。


けれど、俺を指す音になった。


また一つ、俺の名前が変わった。


佐伯。


サエ。


そして今、ここでは少し違うサエ。


名前というものは、思ったより柔らかい。


人の口に入るたび、形が変わる。


それでも、俺の方へ向いているなら、たぶんそれでいい。


年老いた男が、俺の顔をじっと見た。


そして、俺の足元を見た。


次に、手を見る。


腰。


肩。


籠。


まるで道具を見るようだった。


いや、道具ではない。


知らないものを確かめる目だ。


俺もたぶん、最初にこの集落を見たとき、同じ目をしていた。


男は短く声を出した。


それを合図に、槍を持っていた男たちが少し下がった。


完全に警戒を解いたわけではない。


だが、すぐに刺される感じではなくなった。


人類史において、これはかなり大きな前進だと思う。


*


集落は、俺たちの場所と似ていた。


だが、同じではなかった。


竪穴の形が少し浅い。


入口の向きも違う。


火の場所は中央ではなく、少し片側に寄っている家が多かった。


干してある魚も、腹の開き方が違う。


紐の結び方も違った。


俺はそれを見て、思わず少年の結び目を思い出した。


違う形でも、ほどけなければいい。


違う火でも、暖まればいい。


そう思った直後、強い匂いがした。


魚だった。


いや、魚だったものだ。


発酵している。


腐っているのではないと思いたい。


思いたいが、鼻は正直だった。


リクがそれを木の葉に載せ、俺の前へ差し出した。


客への食べ物。


たぶん、そうだ。


俺は受け取った。


見た。


匂いをかいだ。


後悔した。


トワは平気な顔で食べている。


まただ。


この男は、なぜ平気なのか。


俺も少し口に入れた。


塩辛い。


酸っぱい。


生きている味がした。


食べ物に対して使う言葉ではない気がする。


だが、本当にそうだった。


俺の顔が変わったのだろう。


近くにいた子どもが、泣くのをやめて俺を見た。


そして、少し笑った。


俺は飲み込んだ。


人を安心させる方法はいろいろある。


俺の場合、まず変な顔をすることらしい。


*


日が傾くころ、俺たちは火のそばへ案内された。


案内された、と言っても、誰かが丁寧に場所を示したわけではない。


リクが獣皮を一枚置いた。


トワがそこに座った。


俺も座る。


それだけだった。


少し離れたところで、子どもたちがこちらを見ている。


さっき泣いていた子もいる。


俺が目を向けると、すぐ隠れる。


隠れたつもりなのだろう。


頭が半分出ている。


俺は見なかったことにした。


火が大きくなると、人が少しずつ集まってきた。


誰かが魚を焼く。


誰かが木の実を割る。


誰かが泣いた子どもの髪についた草を取る。


言葉は分からない。


だが、夜の支度は分かる。


どの時代でも、夜は勝手には越えられない。


食べるものを用意し、火を守り、寝る場所を決める。


それだけで、人はかなり忙しい。


リクが俺の隣に来た。


手には獣皮を持っている。


俺の横へ、それを広げた。


俺は固まった。


近い。


かなり近い。


これは、どういう意味だ。


いや、落ち着け。


この世界で現代の距離感を持ち出すな。


そう何度も自分に言ってきた。


言ってきたのに、身体はすぐ忘れる。


リクは俺を見た。


俺が動かないので、少し眉を寄せる。


そして獣皮の端を持ち上げ、俺の膝へかけた。


寒いから。


ただ、それだけだった。


俺だけが、また勝手に大きな問題にしていた。


その直後、さっきの子どもが二人、俺とリクの間に押し込まれた。


さらに小さな子が一人、トワの足元へ転がるように座った。


リクは何事もなかったように火へ木を足した。


俺は膝の上の獣皮を見た。


子どもを見る。


トワを見る。


トワはすでに目を閉じかけていた。


早い。


いや、早すぎる。


俺はまだ、この状況の意味を処理している途中だ。


現代人の頭の中では、いくつもの説明が立ち上がり、すぐ倒れていた。


客。


火のそば。


女。


子ども。


獣皮。


何も起きていない。


ただ、皆で暖かく寝るだけだ。


俺の中の現代人は、毎回まじめに間違える。


*


夜が深くなると、火の周りの声が少なくなった。


子どもはすぐ眠った。


一人は俺の腕に足を乗せている。


もう一人は、俺の籠の紐を握っていた。


外そうとしたが、やめた。


握っていると安心するのかもしれない。


俺も、少年にもらった縄の結び目を思い出した。


何かを握っていたい夜は、たぶん誰にでもある。


リクはまだ起きていた。


火を見ている。


壊れた籠は、彼女のそばに置かれていた。


俺の持ってきた破片と合わせても、半分にもならない。


雨で流れたものは、それだけではなかったのだろう。


川の向こうで見た男たちの顔。


後ろへ下げられた子どもたち。


火から離れて立っていた人々。


この集落では、何かが起きている。


俺はリクに声をかけようとした。


だが、何を言えばいいのか分からない。


大丈夫か。


誰がいないのか。


何が流されたのか。


俺の言葉は、どれも届かない。


リクが俺を見た。


俺は壊れた籠を指した。


次に川を指す。


それから、両手を少し広げた。


他にもあるのか。


そう尋ねたつもりだった。


リクはしばらく俺を見ていた。


やがて、火のそばの灰に指を入れた。


丸を一つ描く。


この集落。


少し離れたところに、もう一つ丸。


その間に、川の線。


そこまでは、俺にも分かった。


リクは二つ目の丸を指した。


そして、自分の胸ではなく、眠っている子どもを指した。


次に、川を指す。


最後に、その丸を手のひらで消した。


俺は息を止めた。


子どものいた場所。


川。


消えた丸。


リクは灰の上に、もう一つ小さな印を描いた。


それは人の形ではなかった。


山でも、家でもない。


細い線が、二つに分かれている。


まるで、割れた枝のようだった。


トワが目を開けた。


眠っていたと思ったが、起きていたらしい。


彼はその印を見ると、ゆっくり身体を起こした。


そして、低い声で言った。


「アオ」


その名を聞いた瞬間、俺はイナの手を思い出した。


骨の輪を拭っていた、あの指を。


火の中で、枝がはぜた。

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