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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
人と生きる

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第30話 名を呼ぶ

 集落へ戻ると、朝の火は小さくなっていた。


 狩りに出た者たちはまだ帰っていない。


 子どもたちは木陰で木の実を割り、女たちは裂いた樹皮を膝の上で撚っている。


 佐伯が川へ向かったときと、何も変わっていないように見えた。


 老女も、同じ場所に座っていた。


 火のそばで背を丸め、木の実の殻を一つずつ割っている。


 佐伯は、その隣へ腰を下ろした。


 獣皮の内側から、二つのものを取り出す。


 第二の集落で子どもから渡された貝殻。


 そして、川辺の女から託された骨の輪。


 二つを並べ、老女の前に置いた。


 老女の手が止まった。


 骨の輪を見つめる。


 驚いた様子はなかった。


 長い間見失っていたものが、ようやく戻ってきたという顔でもない。


 そこにあることを、最初から知っていたような目だった。


 老女は骨の輪を拾った。


 親指で泥の残る表面を擦る。


 三本の短い線。


 その下を横切る、薄い曲線。


 長い年月の中で、ほとんど消えかけていた。


 老女の指は、それでも迷わず線の上をたどった。


 一度。


 もう一度。


 佐伯は何も言わなかった。


 やがて老女は骨の輪を佐伯の前へ戻した。


 手放すというより、預けるような置き方だった。


「俺が持っていていいのか」


 老女は答えない。


 また木の実を一つ取り、石の上へ置いた。


 硬い殻を、小さな石で叩く。


 乾いた音がした。


 そのとき、子どもの手が横から伸びた。


 割れたばかりの実をつかみ、素早く口へ運ぶ。


 老女が顔を上げた。


 少し離れたところにいた年長の子どもが、短い音を発した。


「ウネ」


 佐伯には、そう聞こえた。


 実を取った子どもが、もう一度手を伸ばす。


お読みいただき、ありがとうございます。

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