↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
人と生きる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/111

第24話 手を出さない

朝、


昨日の女を見かけた。


細い束を持っていた女。


俺が黒い石を渡そうとして、

受け取らなかった女だ。


向こうも俺に気づいた。


目が合う。


俺は少しだけ頭を下げた。


女は何もせず、

そのまま歩いていった。


俺も追わなかった。


         *


火の近くでは、

もう人が動いていた。


誰かが来る。


誰かがいなくなる。


物が置かれる。


持っていかれる。


昨日なら、

一つ一つ見ていたかもしれない。


今日は少し離れた。


若い男が、

地面に座って石を打っている。


乾いた音がする。


一度。


また一度。


俺が近づくと、

男は一度だけ顔を上げた。


「今日は触らないよ」


当然、通じない。


男はすぐに手元へ目を戻した。


石を回す。


角度を変える。


打つ。


小さな欠片が落ちる。


俺は少し離れたところに座った。


見ているだけにした。


会社にいたころなら、

分からないものは調べればよかった。


画面を開く。


検索する。


資料を探す。


ここでは、


目の前にあるものを、

目の前で見るしかない。


乾いた音が、

また一つした。


         *


昼前。


何人かが物を運び始めた。


束ねた枝。


乾いた草。


平たいもの。


どれも一人で持てる。


昨日の女もいた。


持つ。


歩く。


置く。


戻る。


また持つ。


俺は立ち上がった。


二歩進んで、


止まった。


手伝えばいい。


そう思った。


でも、


昨日もそうだった。


自分では、

そうすればいいと思った。


俺はその場に立ったまま、

女を見る。


女が束を一つ持って通り過ぎた。


少し先へ置く。


戻ってくる。


もう一つ。


また俺の前を通る。


俺は手を出さなかった。


三度目。


女が俺の前で止まった。


細い束を抱えている。


俺を見る。


俺も見る。


女が、


束を少し前へ出した。


俺の手が動きかける。


止める。


女を見る。


女が何か言った。


短い音。


分からない。


俺は束を見る。


女を見る。


それから、

物を置いている場所を見る。


「あそこ?」


指す。


女は俺を見る。


もう一度、


束を前へ出した。


俺は手を伸ばす。


そのとき、


女の手がほんの少し止まった。


俺の手も止まる。


昨日の黒い石が浮かんだ。


女と目が合う。


ほんの一瞬。


女が手を離した。


重さが、


俺の腕に移った。


「……分かった」


今度は、

すぐに歩かなかった。


置く場所を見る。


女を見る。


女が顎を動かした。


向こう。


俺は歩く。


昨日から何度か、

物が置かれているところまで行く。


まだ置かない。


振り返る。


女はこっちを見ていた。


地面を指す。


そこへ置いた。


女はもう、


次の束を持っている。


俺は戻った。


二つ目。


女が差し出す。


今度は、


さっきほど止まらなかった。


受け取る。


置く場所を見る。


女が同じところを指す。


運ぶ。


三つ目。


女は、


俺を見ないまま差し出した。


俺も受け取った。


同じ場所へ運ぶ。


今度は、


振り返らなかった。


         *


何度か往復した。


最後の一つを置いて戻ると、


女は残ったものをまとめていた。


俺は近くで止まる。


まだあるのか。


終わりなのか。


分からない。


女が俺を見る。


何か言う。


昨日から何度か聞いた音に、

少し似ていた。


俺は返事をしなかった。


女も待たなかった。


まとめたものを持って、

歩いていく。


それで終わったらしい。


俺も、


別のところへ行った。


         *


昼を過ぎたころ、


あの子どもを見つけた。


地面にしゃがみ、


木の実を並べている。


俺も横にしゃがむ。


「何してる?」


子どもは答えない。


一つ動かす。


もう一つ。


俺は手を出さずに見ていた。


子どもが気づく。


俺を見る。


木の実を一つ取り、


俺の前へ置いた。


俺は、


木の実を見る。


子どもを見る。


もう一つ置かれる。


二つ。


俺は指を二本立てた。


「二」


子どもが俺の指を見る。


自分の指も立てる。


一本。


もう一本。


何か言った。


俺は、


音より先に指を見た。


子どもが三つ目を置く。


指も三本。


俺も三本。


「三」


子どもが笑った。


そして、


俺の指を一本折った。


「え?」


二本。


子どもが木の実を一つ取る。


残ったのも、


二つ。


「ああ」


俺も笑った。


「そういうことか」


子どもは、


取った木の実を俺に差し出した。


俺は、


また手を出さなかった。


子どもを見る。


子どもが首を傾げる。


俺の手を取った。


手のひらを上に向ける。


そこへ、


木の実を置いた。


「これはいいんだな」


子どもはもう、

残った木の実を触っている。


俺は手の中の一つを見た。


食べようとして、


やめた。


子どもを見る。


子どもが一つ食べる。


俺も口に入れた。


子どもが笑った。


「そこまで確認しないと、

もう怖いんだよ」


何も伝わっていない。


それでも、


子どもは笑っていた。


         *


夕方。


朝の女が、

若い男と話していた。


俺は少し離れたところで、

枝をまとめている。


女がこっちを見た。


俺も見る。


女が何か言う。


若い男まで、

俺を見る。


「何?」


女が足元のものを持ち上げた。


今度は大きい。


両手で抱えるくらいある。


俺を見る。


俺は立ち上がった。


でも、


取りには行かなかった。


女のところまで歩く。


前で止まる。


女が、


それを差し出した。


俺は受け取る。


「重っ」


女が何か言った。


少し笑ったようにも見えた。


俺は、


置く場所を探す。


女が向こうを指した。


今度は、


指の先まで見る。


「あそこな」


歩き出す。


途中で、


男が一人近づいてきた。


知らない男。


俺の持っているものを見る。


手を出す。


昨日なら、


そのまま渡したかもしれない。


俺は止まった。


男の手が、


荷に掛かる。


俺は離さない。


男が俺を見る。


俺も見る。


何か言われる。


分からない。


俺は、


後ろを振り向いた。


女を見る。


女もこっちを見ていた。


男に向かって、


何か言う。


男が答える。


女が、


もう一度言う。


男の手が離れた。


俺は、


女が指した場所まで運んだ。


置く。


戻る。


途中で、


若い男とすれ違った。


男は俺を見る。


俺も見る。


何も言わない。


そのまま、


すれ違った。


         *


夜。


火のそばに座った。


手のひらを見る。


昼間、


女から束を受け取った手。


子どもに木の実を置かれた手。


知らない男に、

荷を取られそうになった手。


俺は指を開いた。


閉じる。


もう一度、


開く。


向こうから、


誰かが歩いてきた。


顔を上げる。


昼間の女だった。


俺の前で止まる。


手に、


何か持っている。


小さい。


暗くて、


よく見えない。


女が手を出した。


俺は、


その手を見る。


すぐには動かなかった。


女が俺を見る。


俺も見る。


しばらくして、


女の口元が、


ほんの少し動いた。


笑ったのかどうか、


分からない。


女の手は、


まだそこにある。


俺は、


自分の手を出した。

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。