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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
人と生きる

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23/111

第23話 渡してはいけない

朝から、


人の出入りが多かった。


昨日までいた場所より、

ここには人が多い。


ずっといる人もいれば、

途中で来る人もいる。


何かを持ってくる。


何かを持って帰る。


俺には、

誰がどこから来たのか分からない。


それでも昨日よりは、

少しだけ目が慣れていた。


火の近くに座っている老人。


細い紐のようなものを束ねている女。


石を並べている男。


走り回る子どもたち。


そして、


俺の知らない顔。


「サエキ」


また呼ばれた。


振り向く。


昨日、

俺の名前を知っていた子どもではない。


別の男だった。


年は、

若い男より少し上に見える。


男が俺を指す。


「サエキ」


「そう」


俺は胸を指した。


「サエキ」


男が笑った。


俺も笑う。


それだけだった。


男はすぐに、

別の人間のところへ行った。


もう驚かなかった。


……いや。


少しは驚いている。


ただ、


昨日ほどではない。


         *


昼に近くなると、


人が一か所に集まり始めた。


何かが始まる、


という感じではない。


誰かが座る。


その横に誰かが来る。


物が置かれる。


また人が来る。


気がつけば、

人が増えていた。


俺は少し離れたところにいた。


近づいていいのか。


離れていたほうがいいのか。


まだ分からない。


地面には、


いくつか物が置かれている。


石。


乾いたもの。


木の実。


紐。


小さな包み。


俺には用途の分からないものもある。


一人の男が石を手に取る。


見る。


指で端をなぞる。


別の男が何か言う。


石が戻される。


今度は、


女が紐を持ち上げる。


少し引く。


何か言う。


持ってきたらしい女が答える。


金はない。


値札もない。


もちろん、

レジもない。


それでも、


物が動いている。


俺はポケットの上から、

財布の形に触れた。


一万円札。


カード。


小銭。


ここへ来てから、


一度も役に立っていない。


手を離した。


今は、


出す理由もない。


         *


「サエキ」


呼ばれた。


顔を上げる。


あの若い男だった。


少し離れたところに座っている。


その隣には、

見たことのない男がいた。


若い男が、


俺に手を向ける。


来い、


だと思う。


たぶん。


俺は近づいた。


二人の前にしゃがむ。


地面に、


石が三つ置かれている。


一つは黒っぽい。


一つは白い。


もう一つは、

薄い茶色。


見たことがあるような気もする。


でも、


同じ石かどうかは分からない。


知らない男が、


黒っぽい石を持ち上げた。


若い男に見せる。


何か言う。


若い男が答える。


昨日聞いた音が混じった。


俺は、


耳を澄ませた。


短い音。


また。


昨日なら、


意味を考えたかもしれない。


石か。


硬いか。


渡せか。


違うか。


今日は、


決めなかった。


二人を見る。


知らない男が、

俺を見た。


何か言う。


「……俺?」


男が、


黒い石を差し出した。


俺は若い男を見る。


男は何も言わない。


差し出された手。


黒い石。


俺は受け取った。


重い。


思っていたより、

少し冷たい。


男が何か言う。


分からない。


俺は、


石を見る。


若い男を見る。


二人とも、


俺を見ている。


「何だ?」


誰も答えない。


知らない男が、

手を動かした。


向こう。


少し離れたところに、

女が座っている。


女の前には、


細く束ねたものがある。


男がもう一度、

そちらへ手を動かす。


俺は、


石を見る。


女を見る。


「あの人に?」


男は何か言った。


たぶん。


俺は立ち上がった。


女のところへ行く。


女が俺を見る。


俺は、


手の中の石を見せた。


女の顔が止まった。


「これ」


通じない。


俺は、


石を差し出した。


女は、


受け取らない。


少し離れたところで、


声が止まった。


さっきまで話していた二人。


若い男と、


石を渡した男。


二人とも、

こっちを見ている。


ほかにも、


一人。


二人。


俺を見る。


「……違う?」


女の前で、


石を持ったまま立っている。


女は俺を見る。


石を見る。


また俺を見る。


手を出さない。


後ろから、


足音がした。


若い男。


俺の横まで来る。


石を見る。


俺を見る。


そして、


俺の手首を押した。


強くはない。


下へ。


「え?」


もう一度。


俺は、


差し出していた手を下ろした。


若い男が何か言う。


短い。


怒鳴ってはいない。


でも、


いつもの声とは少し違う。


俺は石を持ったまま、

元の場所へ戻った。


知らない男が待っている。


俺は、


石を返そうとした。


男は受け取らない。


「……え?」


また、


手が止まる。


若い男がしゃがんだ。


地面を指す。


俺の手を見る。


また地面。


「置く?」


俺は石を置いた。


三つあった石の横。


黒い石。


誰も、


すぐには触らなかった。


         *


しばらくして、


話が始まった。


若い男。


知らない男。


さっきの女。


三人が話している。


俺の名前も、


一度聞こえた。


「サエキ」


俺は少し離れた。


何を言われているのか、


分からない。


女が、


細い束を一つ持ってくる。


地面に置く。


知らない男が見る。


黒い石を見る。


何か言う。


若い男も言う。


女が答える。


俺は、


黙って見ていた。


今度は、


手を出さない。


やがて、


知らない男が黒い石を取った。


俺は、


その手を見る。


男は石を、


女には渡さなかった。


自分の前に置いた。


女も、


束を渡さない。


自分の前に置いたまま。


二人が話す。


少しして、


老人が来た。


何か言う。


また話す。


長い。


俺には、


何一つ分からない。


それでも、


一つだけ分かった。


さっき、


俺がやったこと。


あれは、


違った。


         *


昼を過ぎたころ、


人が少しずつ散っていった。


さっきの女もいない。


知らない男は、


まだいる。


黒い石がどうなったのかは、


見ていなかった。


俺は火から少し離れたところで、

枝を折っていた。


一本。


もう一本。


若い男が来た。


俺の前を通る。


「おい」


男が止まる。


俺は、


さっき石を持っていた手を上げた。


女のいた方向を指す。


石が置かれていた場所を指す。


それから、


自分を指した。


「悪かった」


伝わるはずはない。


若い男は、


俺を見る。


しばらくして、


地面から枝を一本拾った。


俺に渡す。


「……何だよ」


男が、


別の場所を指す。


枝が積んである。


俺は手の中を見る。


枝。


指された場所を見る。


今度は、


すぐに動かなかった。


若い男を見る。


男が、


もう一度指す。


俺は枝を持って、


そこまで行った。


置く。


振り返る。


若い男は、


もう歩いていた。


「今度は合ってるだろ」


返事はない。


         *


夕方。


子どもが、


火のそばにいた。


昨日、


何度も音を教えようとしてくれた子どもだ。


俺が近づくと、


何かを差し出した。


小さな木の実。


俺は、


手を見る。


木の実を見る。


子どもの顔を見る。


子どもが、


少し首を傾げた。


俺は、


まだ取らない。


「これ、


取っていいのか?」


子どもには分からない。


俺にも分からない。


子どもが、


手をさらに前へ出した。


俺は、


ゆっくり受け取った。


子どもは、


そのまま走っていった。


         *


手のひらに、


木の実が一つ。


朝なら、


何も考えずに受け取っていた。


俺は、


しばらくそれを見た。


         *


渡されたから、


受け取る。


指されたから、


渡す。


呼ばれたから、


行く。


それだけでは、


足りないらしい。


         *


向こうで、


誰かが俺の名前を呼んだ。


「サエキ」


顔を上げる。


今度は、


すぐには動かなかった。


         *


声のしたほうを見る。


誰が呼んだのか。


その人が、


何を見ているのか。


手に、


何を持っているのか。


         *


それを見てから、


俺は立ち上がった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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