↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
人と生きる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/114

第22話 同じ音、違う意味

朝から、


同じ音を何度も聞いていた。


         *


最初は、


女だった。


火から少し离れた地方に座っている。


膝の前には、

細い枝を束ねたものと、

平たいものがいくつか置いてあった。


木なのか。


皮なのか。


俺には分からない。


女が俺を見る。


何か言う。


短い音。


         *


聞いたことがある。


どこで聞いた。


昨日か。


その前か。


思い出せない。


         *


女が、


もう一度言う。


それから、


手を動かした。


         *


枝の束。


たぶん、


あれだ。


         *


俺は立ち上がった。


枝の束を持つ。


女を見る。


「これ?」


         *


女の顔が、


少し変わった。


         *


違う。


         *


「違うのか」


女が何か言う。


同じ音。


今度は、


枝ではないところを指した。


         *


その先を見る。


平たいもの。


         *


「こっち?」


持ち上げる。


女が、


今度は何も言わない。


         *


俺はそれを持って、


女が指した場所へ行く。


置く。


振り返る。


         *


女は、


もう別のことをしていた。


         *


「……合ってたのか?」


返事はない。


         *


後ろで、


笑い声がした。


振り向く。


あの子どもだった。


         *


「見てたのかよ」


子どもが、


さっきの枝を指す。


短い音。


次に、


平たいものを指す。


また、


短い音。


         *


俺は、


二つを見る。


「同じじゃないか?」


         *


子どもが、


もう一度。


枝。


音。


平たいもの。


音。


         *


違う。


たぶん。


         *


「もう一回」


通じるはずもないのに、


指を立てる。


枝を指す。


         *


子どもが言う。


俺も真似する。


         *


子どもが、


首を振った。


         *


「違う?」


         *


もう一度。


子ども。


俺。


         *


また首を振る。


         *


「そんなに違うか?」


         *


子どもが笑う。


今度は、


平たいものを指す。


音を出す。


         *


俺も言う。


         *


子どもが、


もっと笑った。


         *


「分かった。


俺には同じに聞こえてるんだな」


         *


子どもは、


何も分かっていない顔で俺を見る。


         *


俺も、


たぶん同じ顔をしていた。


         *


少し離れたところで、


石を打つ音がした。


乾いた音。


一度。


また一度。


         *


若い男だった。


地面に座っている。


片手に石を持ち、


もう片方の石を当てている。


         *


俺は、


少し近づいた。


         *


石と石が当たる。


小さな欠片が落ちる。


         *


もう一度。


今度は、


薄い欠片。


         *


俺はしゃがんだ。


若い男は、


俺を見ない。


         *


石を見る。


手を見る。


         *


適当に叩いているようには、


見えない。


当てる場所を変える。


角度を変える。


手の中で、


石を少し回す。


         *


乾いた音。


また、


欠片が落ちる。


         *


「それ、


どうやって分かるんだ」


         *


男は、


石を見たまま何か言った。


         *


短い音。


         *


俺は顔を上げた。


         *


朝から聞いている音に、


似ていた。


         *


「それも?」


         *


男が、


もう一度言う。


         *


石を指したのか。


欠片を指したのか。


叩くことなのか。


尖っていることなのか。


         *


分からない。


         *


俺は、


落ちている薄い欠片へ手を伸ばした。


         *


若い男の手が、


先に動いた。


         *


俺の手首を押さえる。


         *


「え?」


         *


男が、


短く何か言う。


         *


さっきの音。


         *


今度は、


少し強い。


         *


男が欠片を拾う。


端を俺に見せる。


         *


指では触らない。


         *


別の細い枝を取る。


欠片の端を当てる。


引く。


         *


枝の表面が、


薄く削れた。


         *


「……ああ」


         *


俺は、


自分の指を見る。


         *


若い男が、


もう一度何か言った。


         *


同じ音。


         *


俺は頷いた。


         *


でも、


何に頷いたのかは、


自分でも分からない。


         *


危ない。


触るな。


鋭い。


石。


         *


どれでも、


今の動きには合う。


         *


若い男は、


もう俺を見ていなかった。


石を持ち直す。


また打つ。


         *


俺は、


しばらく横で見ていた。


         *


教えてくれているわけじゃない。


男は、


自分の仕事をしている。


         *


俺が、


勝手に見ているだけだ。


         *


昼を過ぎたころ。


同じような音を、


また聞いた。


         *


今度は、


石の近くじゃない。


         *


二人の女が話している。


一人が、


何かを持っている。


もう一人が、


手を伸ばす。


         *


短い音。


         *


俺は、


足を止めた。


         *


石はない。


枝もない。


朝の平たいものもない。


         *


女たちは、


俺を見ない。


そのまま話している。


         *


少しして、


片方が歩いていった。


         *


俺は、


その場に残った。


         *


「……違うのか」


         *


同じ音だと思っていた。


         *


でも、


本当に同じだったのか。


         *


俺の耳が、


違いを拾えていないだけなのか。


         *


それとも、


同じ音を、


違うところで使っているのか。


         *


分からない。


         *


昨日までは、


分からない音は、


全部分からなかった。


         *


そのほうが、


簡単だった。


         *


夕方。


火の近くで、


子どもが何かを並べている。


         *


俺も横に座った。


         *


一つ。


二つ。


三つ。


         *


子どもが、


俺の指を見る。


         *


俺は、


朝の音を言ってみた。


         *


子どもの手が止まった。


         *


「違う?」


         *


子どもが、


俺を見る。


         *


それから、


何か言った。


         *


分からない。


         *


俺は、


もう一度言う。


         *


子どもが首を傾げた。


         *


「やっぱり違うか」


         *


今度は、


子どもが同じ音を言う。


         *


俺は、


口の動きを見る。


         *


真似する。


         *


子どもは、


少し考えた。


         *


首を振らない。


         *


「合った?」


         *


子どもは、


もう並べていたものに戻っている。


         *


分からない。


         *


俺も、


それ以上聞かなかった。


         *


日が落ちる。


火が明るくなる。


人の声が、


あちこちから聞こえる。


         *


前なら、


全部ただの音だった。


         *


今は、


知っているような音が混じる。


         *


そのほうが、


かえって難しい。


         *


そのとき、


少し離れたところから、


誰かが声を上げた。


         *


短い音。


         *


朝から、


何度も聞いた音だった。


         *


子どもが振り向く。


         *


若い男も振り向いた。


         *


別の女も、


顔を上げた。


         *


三人が、


それぞれ違うものを見ている。


         *


俺だけが、


三人を見ていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。