第22話 同じ音、違う意味
朝から、
同じ音を何度も聞いていた。
*
最初は、
女だった。
火から少し离れた地方に座っている。
膝の前には、
細い枝を束ねたものと、
平たいものがいくつか置いてあった。
木なのか。
皮なのか。
俺には分からない。
女が俺を見る。
何か言う。
短い音。
*
聞いたことがある。
どこで聞いた。
昨日か。
その前か。
思い出せない。
*
女が、
もう一度言う。
それから、
手を動かした。
*
枝の束。
たぶん、
あれだ。
*
俺は立ち上がった。
枝の束を持つ。
女を見る。
「これ?」
*
女の顔が、
少し変わった。
*
違う。
*
「違うのか」
女が何か言う。
同じ音。
今度は、
枝ではないところを指した。
*
その先を見る。
平たいもの。
*
「こっち?」
持ち上げる。
女が、
今度は何も言わない。
*
俺はそれを持って、
女が指した場所へ行く。
置く。
振り返る。
*
女は、
もう別のことをしていた。
*
「……合ってたのか?」
返事はない。
*
後ろで、
笑い声がした。
振り向く。
あの子どもだった。
*
「見てたのかよ」
子どもが、
さっきの枝を指す。
短い音。
次に、
平たいものを指す。
また、
短い音。
*
俺は、
二つを見る。
「同じじゃないか?」
*
子どもが、
もう一度。
枝。
音。
平たいもの。
音。
*
違う。
たぶん。
*
「もう一回」
通じるはずもないのに、
指を立てる。
枝を指す。
*
子どもが言う。
俺も真似する。
*
子どもが、
首を振った。
*
「違う?」
*
もう一度。
子ども。
俺。
*
また首を振る。
*
「そんなに違うか?」
*
子どもが笑う。
今度は、
平たいものを指す。
音を出す。
*
俺も言う。
*
子どもが、
もっと笑った。
*
「分かった。
俺には同じに聞こえてるんだな」
*
子どもは、
何も分かっていない顔で俺を見る。
*
俺も、
たぶん同じ顔をしていた。
*
少し離れたところで、
石を打つ音がした。
乾いた音。
一度。
また一度。
*
若い男だった。
地面に座っている。
片手に石を持ち、
もう片方の石を当てている。
*
俺は、
少し近づいた。
*
石と石が当たる。
小さな欠片が落ちる。
*
もう一度。
今度は、
薄い欠片。
*
俺はしゃがんだ。
若い男は、
俺を見ない。
*
石を見る。
手を見る。
*
適当に叩いているようには、
見えない。
当てる場所を変える。
角度を変える。
手の中で、
石を少し回す。
*
乾いた音。
また、
欠片が落ちる。
*
「それ、
どうやって分かるんだ」
*
男は、
石を見たまま何か言った。
*
短い音。
*
俺は顔を上げた。
*
朝から聞いている音に、
似ていた。
*
「それも?」
*
男が、
もう一度言う。
*
石を指したのか。
欠片を指したのか。
叩くことなのか。
尖っていることなのか。
*
分からない。
*
俺は、
落ちている薄い欠片へ手を伸ばした。
*
若い男の手が、
先に動いた。
*
俺の手首を押さえる。
*
「え?」
*
男が、
短く何か言う。
*
さっきの音。
*
今度は、
少し強い。
*
男が欠片を拾う。
端を俺に見せる。
*
指では触らない。
*
別の細い枝を取る。
欠片の端を当てる。
引く。
*
枝の表面が、
薄く削れた。
*
「……ああ」
*
俺は、
自分の指を見る。
*
若い男が、
もう一度何か言った。
*
同じ音。
*
俺は頷いた。
*
でも、
何に頷いたのかは、
自分でも分からない。
*
危ない。
触るな。
鋭い。
石。
*
どれでも、
今の動きには合う。
*
若い男は、
もう俺を見ていなかった。
石を持ち直す。
また打つ。
*
俺は、
しばらく横で見ていた。
*
教えてくれているわけじゃない。
男は、
自分の仕事をしている。
*
俺が、
勝手に見ているだけだ。
*
昼を過ぎたころ。
同じような音を、
また聞いた。
*
今度は、
石の近くじゃない。
*
二人の女が話している。
一人が、
何かを持っている。
もう一人が、
手を伸ばす。
*
短い音。
*
俺は、
足を止めた。
*
石はない。
枝もない。
朝の平たいものもない。
*
女たちは、
俺を見ない。
そのまま話している。
*
少しして、
片方が歩いていった。
*
俺は、
その場に残った。
*
「……違うのか」
*
同じ音だと思っていた。
*
でも、
本当に同じだったのか。
*
俺の耳が、
違いを拾えていないだけなのか。
*
それとも、
同じ音を、
違うところで使っているのか。
*
分からない。
*
昨日までは、
分からない音は、
全部分からなかった。
*
そのほうが、
簡単だった。
*
夕方。
火の近くで、
子どもが何かを並べている。
*
俺も横に座った。
*
一つ。
二つ。
三つ。
*
子どもが、
俺の指を見る。
*
俺は、
朝の音を言ってみた。
*
子どもの手が止まった。
*
「違う?」
*
子どもが、
俺を見る。
*
それから、
何か言った。
*
分からない。
*
俺は、
もう一度言う。
*
子どもが首を傾げた。
*
「やっぱり違うか」
*
今度は、
子どもが同じ音を言う。
*
俺は、
口の動きを見る。
*
真似する。
*
子どもは、
少し考えた。
*
首を振らない。
*
「合った?」
*
子どもは、
もう並べていたものに戻っている。
*
分からない。
*
俺も、
それ以上聞かなかった。
*
日が落ちる。
火が明るくなる。
人の声が、
あちこちから聞こえる。
*
前なら、
全部ただの音だった。
*
今は、
知っているような音が混じる。
*
そのほうが、
かえって難しい。
*
そのとき、
少し離れたところから、
誰かが声を上げた。
*
短い音。
*
朝から、
何度も聞いた音だった。
*
子どもが振り向く。
*
若い男も振り向いた。
*
別の女も、
顔を上げた。
*
三人が、
それぞれ違うものを見ている。
*
俺だけが、
三人を見ていた。
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