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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
人と生きる

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21/109

第21話 名前だけが先に

会ったこともない子どもが、


俺の名前を知っていた。


         *


「サエキ!」


もう一度。


子どもが俺を指す。


         *


俺は、


自分の胸に手を当てた。


「サエキ」


         *


子どもが笑う。


隣にいた男が、


何か言った。


         *


子どもが答える。


その中に、


また聞こえた。


         *


「サエキ」


         *


少し離れた女も、


こちらを見る。


男に何か聞く。


男が答える。


         *


また、


「サエキ」。


         *


「……俺の話か?」


         *


若い男は、


もう先へ歩いていた。


         *


追う。


         *


人が多い。


         *


一つの火の周りに、


みんながいるわけじゃない。


         *


少し離れたところにも、


煙が上がっている。


         *


人が座る。


歩く。


何かを運ぶ。


         *


その間を、


子どもたちが走っている。


         *


誰かが呼ぶ。


誰かが返す。


         *


言葉は、


ほとんど分からない。


         *


それでも、


ときどき。


         *


「サエキ」


         *


その音だけが、


耳に引っかかる。


         *


振り返る。


         *


知らない顔だった。


         *


俺を見る。


何か言う。


         *


隣にいた男が、


俺の足元を指した。


         *


革靴。


         *


またか。


         *


二人が何か話す。


片方が笑う。


         *


俺は、


そのまま通り過ぎた。


         *


少し先では、


誰も俺を見なかった。


         *


女が二人、


地面に何かを広げている。


         *


男が石を持っている。


         *


老人は、


座ったまま手を動かしている。


         *


俺が横を通っても、


顔を上げない。


         *


そのほうが、


少し楽だった。


         *


若い男が止まる。


         *


前に、


三人いた。


         *


一人は知っている。


         *


森の向こうから、


最初の場所へ来た男。


         *


あの子と一緒に、


森へ入っていった男だ。


         *


男も、


俺に気づいた。


         *


自分の胸を指す。


         *


短い音。


         *


覚えている。


         *


俺も、


同じ音を返した。


         *


男の眉が、


少し動く。


         *


もう一度。


         *


俺も言う。


         *


今度は、


首を振らなかった。


         *


「まだ覚えてるよ」


         *


男が、


俺の肩を一度叩く。


         *


それから、


若い男のほうを向いた。


         *


二人の声が続く。


         *


俺は、


足元を見る。


         *


いくつかのものが、


地面に置かれていた。


         *


石。


細く束ねたもの。


乾いた何か。


小さな包み。


         *


一人が石を取る。


手の中で返す。


         *


何か言う。


         *


戻す。


         *


別の石を取る。


         *


俺は、


少し近づいた。


         *


見たことのない色だった。


         *


手を伸ばしかける。


         *


止めた。


         *


昨日の土器を思い出した。


         *


見る。


         *


石を持った男が、


俺に気づいた。


         *


俺を見る。


石を見る。


         *


そして、


差し出した。


         *


受け取る。


         *


重い。


冷たい。


         *


欠けたところが、


鋭い。


         *


「これ……」


         *


名前が出てこない。


         *


男が手を出す。


         *


返す。


         *


石は、


すぐ別の手へ渡った。


         *


俺は、


その手を目で追った。


         *


別のものが、


地面へ置かれる。


         *


誰かが首を振る。


         *


声が、


少し強くなった。


         *


さっきまで話していた二人が、


笑わなくなる。


         *


一人が、


地面のものを指す。


         *


もう一人が、


短く何か返す。


         *


間にいた男が、


二人を見る。


         *


しばらくして、


一人が物を取った。


         *


もう一人も、


別のものを持つ。


         *


離れていった。


         *


俺には、


何が決まったのか分からなかった。


         *


後ろから、


子どもの声。


         *


振り返る。


         *


あの子だ。


         *


何かを抱えて、


別の子どもと歩いている。


         *


俺に気づく。


         *


「サエキ!」


         *


片手を上げる。


         *


俺も上げた。


         *


それだけ。


         *


子どもは、


そのまま行った。


         *


俺も、


追わなかった。


         *


少しして、


見覚えのある姿が、


人の間を通った。


         *


女。


         *


最初の場所で、


あの子のそばによくいた女だ。


         *


「え?」


         *


女も、


俺を見つけた。


         *


一度止まる。


         *


俺を見る。


         *


若い男を見る。


         *


何か言う。


         *


若い男が答える。


         *


女は、


持っていたものを抱え直した。


         *


そこへ、


子どもが走ってきた。


         *


女の前で止まる。


         *


女がしゃがむ。


         *


子どもの頬を、


指でこする。


         *


何か取れた。


         *


子どもが言う。


女が返す。


         *


子どもが笑う。


         *


そして、


また走っていった。


         *


女は追わない。


         *


俺は、


その背中を見る。


         *


口を開く。


         *


「……」


         *


声が出なかった。


         *


女と、


子どもを見る。


         *


聞きたいことはある。


         *


でも、


何を聞けばいいのか、


分からなかった。


         *


女が、


俺を見る。


         *


目が合う。


         *


俺は、


何も言わない。


         *


女も、


何も言わなかった。


         *


そのまま、


人の間へ消えていく。


         *


後ろから、


声がした。


         *


「サエキ」


         *


振り向く。


         *


知らない男。


         *


今日、


初めて見る顔だった。


         *


男は、


俺を指す。


         *


「サエキ」


         *


「そう」


         *


自分の胸を指す。


         *


「サエキ」


         *


男が、


少し笑った。


         *


俺は、


男の胸を指しかけた。


         *


名前を聞きたい。


         *


そのとき、


別のところから声が飛んだ。


         *


男が振り向く。


         *


何か返す。


         *


そして、


行ってしまった。


         *


俺の手だけが、


途中に残った。


         *


下ろす。


         *


人の声が、


あちこちから聞こえる。


         *


俺には、


まだほとんど分からない。


         *


その中に、


         *


「サエキ」


         *


また、


俺の名前。


         *


振り向く。


         *


誰が呼んだのか、


分からなかった。

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