第19話 誰の隣で眠る
火の向こうで、
誰かが笑った。
別の声が重なる。
子どもも笑う。
俺だけ、
何がおかしいのか分からない。
*
それでも、
少し遅れて笑った。
子どもが俺を見る。
また笑う。
「何だよ」
もちろん、
通じない。
*
火のそばには、
人が少しずつ増えていた。
誰かが座る。
誰かが立つ。
何かを持ってきて、
火の近くに置く。
最初の場所と似ている。
でも、
誰がどこに座るのか、
俺にはまだ分からない。
俺は、
子どもの横から動かなかった。
*
しばらくすると、
子どもが何か食べ始めた。
小さいもの。
指で割って、
口に入れる。
俺が見ているのに気づいた。
手の中を見る。
俺を見る。
一つ、
差し出した。
*
「くれるのか?」
子どもの手は、
そのまま。
俺は受け取った。
すぐには食べない。
子どもを見る。
子どもは、
自分の分を口に入れた。
噛む。
俺も、
口に入れる。
*
硬い。
少し噛むと、
味が出た。
知っている味に似ている気もする。
でも、
名前は出てこない。
「……悪くない」
*
火の向こうにいた男が、
俺を見ていた。
知らない男だ。
男が、
自分の口を大きく動かした。
何か言う。
周りが笑った。
子どもも笑う。
「俺の食い方か?」
男が、
また口を動かす。
今度は、
俺も笑った。
*
意味は分からない。
でも、
笑われているのか、
一緒に笑っているのか。
その違いくらいは、
少し分かる気がした。
*
食べ物が、
人の間を動いていた。
大きな器を、
一人で抱えているわけじゃない。
誰かが取る。
隣へ渡す。
また別の手へ行く。
さっき俺が近づいたとき、
食べ物を自分のほうへ寄せた女もいる。
女は、
手元にあったものを少し取った。
隣にいた老人へ渡す。
老人が受け取る。
*
子どもが、
その間から手を伸ばした。
女が、
手の甲を軽く叩く。
子どもが引っ込める。
老人を見る。
*
老人は、
女を見る。
子どもを見る。
自分の手の中から、
少しだけ取る。
子どもへ渡した。
*
女が、
老人を見る。
老人は食べている。
子どもも、
もう食べている。
*
俺は、
口元を押さえた。
笑いそうになった。
*
女が、
こっちを見た。
*
手を下ろした。
*
子どもは、
何も気にしていない。
食べ終わると、
立ち上がった。
火の向こうへ行く。
*
知らない女のところで止まる。
何か言う。
女が答える。
子どもが、
その横へ座る。
*
しばらくすると、
女の脚に頭を乗せた。
*
俺は、
少しだけ目を止めた。
女は、
子どもの髪から何かを取っている。
子どもは動かない。
*
さっきまで、
俺の横にいた。
今は、
あそこにいる。
*
少しして、
また起きた。
今度は老人のところへ行く。
老人が何か言う。
子どもが答える。
老人の持っているものを覗き込む。
*
「……お前」
声が出た。
子どもは、
振り向かない。
*
俺は、
その先を言わなかった。
*
火が小さくなっていく。
人も、
少しずつ減った。
一人立つ。
どこかへ行く。
また一人。
子どもを連れていく人もいる。
一人で行く人もいる。
誰かと一緒に行って、
途中で別れる人もいる。
*
俺は、
座ったまま見ていた。
*
気づいた。
みんな、
立つときに迷わない。
*
俺だけが、
どこへ行けばいいのか分からない。
*
「……参ったな」
*
火の近くに残っているのも、
変な気がする。
勝手にどこかへ行くのも、
もっと変だ。
*
立ち上がる。
また座る。
*
誰も、
俺を見ていない。
*
そのとき、
聞き慣れた声がした。
「サエキ」
*
若い男だった。
*
「いたのかよ」
朝から一緒だったのに、
夕方には姿が見えなくなっていた。
男は俺を見て、
少し離れた場所を指した。
*
草のようなものが、
地面に敷いてある。
*
「ここ?」
指す。
男も指す。
*
俺は歩いていく。
しゃがむ。
草に触る。
*
寝る場所。
たぶん。
*
振り返る。
若い男は、
もう歩いていた。
*
「お前は?」
男は止まらない。
人の間を通って、
暗いほうへ行く。
*
見えなくなった。
*
俺は、
草の上に座った。
一人。
*
少しして、
足音がした。
顔を上げる。
*
子ども。
*
「お前もここ?」
子どもは答えない。
俺の隣へ来る。
草の上に座る。
そのまま、
ごろんと横になった。
*
「寝るのか?」
*
子どもは、
もう目を閉じている。
*
俺も横になる。
少し離れて。
*
上を見る。
木の向こうに、
空がある。
火の光は、
ここまで少ししか届かない。
*
隣を見る。
子どもがいる。
*
昼間、
別の女の脚に頭を乗せていた。
その前は、
老人のところにいた。
今は、
俺の横。
*
俺は、
何も聞かなかった。
*
しばらくして、
女の声がした。
*
子どもの目が開く。
*
もう一度、
声。
*
子どもが起き上がる。
俺を見る。
*
「行くのか?」
*
立つ。
声のほうへ走っていく。
*
暗がりに、
女がいた。
誰なのか、
顔までは見えない。
*
子どもが、
その女のところへ行く。
二人の姿が、
暗いほうへ消えた。
*
また、
一人になった。
*
俺は、
横になった。
*
目を閉じる。
*
少しして、
また足音。
*
開ける。
老人だった。
*
老人は、
俺を見ない。
少し離れたところへ座る。
何か敷く。
横になる。
*
「……ここなのか」
*
返事はない。
*
さらに少しして、
別の男が来た。
今日、
ほとんど話したことのない男。
老人の反対側に、
横になる。
*
俺。
老人。
知らない男。
*
俺は、
暗い中で二人を見る。
*
何なんだ、
この並び。
*
考えても、
分からない。
*
目を閉じた。
*
火のはぜる音が、
遠くから聞こえる。
誰かの話し声。
笑い声。
足音。
*
最初の夜とは違う。
あのときは、
暗い森の音ばかり聞いていた。
今夜は、
人の音がする。
*
暗がりの向こうから、
子どもの笑い声がした。
*
一つじゃない。
別の子どもの声もする。
誰かの低い声が重なる。
*
俺は、
目を開けた。
そちらを見る。
*
どこにいるのかは、
分からない。
*
しばらく見て、
また横になった。
*
今夜は、
探さなかった。




