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縄文に、未来人がひとり  作者: 北野風人
人と生きる

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18/112

第18話 もう一つの火

「サエキ!」


         *


声がした。


振り向く。


子どもだった。


         *


「……お前」


思わず声が出た。


子どもが走ってくる。


裸足のまま、

土の上をまっすぐ走ってくる。


俺の前まで来ると、

急に止まった。


俺を見る。


隣の若い男を見る。


また俺を見る。


「サエキ」


「そうだよ」


子どもが笑った。


         *


俺は、


子どもの後ろを見る。


人がいる。


思っていたより多い。


木の間に、

いくつか低い屋根が見える。


その向こうからも煙が上がっている。


地面には、

踏まれて草の少ないところが何本も伸びていた。


人が歩いている。


何かを抱えた女。


しゃがんで手を動かしている男。


子ども。


老人。


こちらを見ている者もいる。


見ていない者もいる。


         *


「ここにいたのか」


子どもはもう、

俺を見ていなかった。


若い男に何か言う。


男が答える。


子どもはその途中で、

別の声に振り向いた。


走っていく。


「おい」


呼んでも戻らない。


向こうで誰かのそばにしゃがみ込む。


それで終わりだった。


         *


俺は、


その場に残った。


若い男は歩き始める。


慌てて追った。


         *


近づくと、


最初の場所とは少し違って見えた。


大きく違うわけじゃない。


火がある。


土がある。


木がある。


人がいる。


でも、


置いてあるものの位置が違う。


土器の形も、

俺には少し違って見える。


紐のようなものが、

まとめて掛けられている場所もある。


地面に並んだ石も、

見覚えのあるものばかりではない。


俺は歩きながら、

あちこち見ていた。


         *


何人かが、


俺を見る。


特に、


足元。


また靴だ。


一人の子どもが近づいてくる。


俺の靴を見る。


しゃがむ。


手を伸ばす。


その後ろから、

女の声が飛んだ。


子どもの手が止まる。


振り返る。


女が何か言う。


子どもは立ち上がった。


俺をもう一度見て、

女のところへ戻る。


女は俺を見た。


笑わない。


怒っているようにも見えない。


ただ、


見ている。


俺は軽く頭を下げた。


女は何もしなかった。


         *


若い男は、


少し先で別の男と話していた。


知っている相手らしい。


そう思ったが、

何を話しているのかは分からない。


声を聞く。


ところどころ、

聞いたことがあるような音が混じる。


でも、


同じなのかどうかは分からない。


俺は近づかなかった。


         *


すぐ横に、


土器が置いてあった。


最初の場所で見たものより、

口が少し広い。


表面の模様も違うように見える。


しゃがむ。


近くで見ようとして、

手を伸ばした。


         *


声がした。


         *


手を止める。


顔を上げる。


少し離れたところに、

年を取った女がいた。


俺を見ている。


もう一度、


短く何か言う。


俺は手を引いた。


「触らない?」


女は答えない。


土器を見る。


俺を見る。


俺は立ち上がった。


女はそれ以上、

何も言わなかった。


         *


少し歩く。


今度は、

別の女が座っている。


前に何か置いてある。


食べ物らしい。


俺が近くを通ると、


女の手が動いた。


置いてあったものを、

自分の膝の近くへ寄せる。


ほんの少し。


でも、


見えた。


         *


俺は足を止めなかった。


そのまま通る。


         *


少し先で、


男が俺を見ていた。


目が合う。


男は何も言わない。


俺も言わない。


通り過ぎる。


         *


知っている子どもがいる。


知っている男もいる。


それでも、


俺が知っている場所ではない。


         *


若い男が呼んだ。


「サエキ」


         *


振り向く。


男のそばに、

いくつか束が置かれている。


枝なのか、

草なのか。


よく分からない。


男が一つ持ち上げる。


別の場所を指す。


「俺?」


また指す。


俺は束を持った。


思ったより重い。


         *


運ぶ。


指されたあたりまで行く。


置こうとする。


後ろから声。


振り返る。


若い男が、

もう少し向こうを指している。


「あっち?」


指が動く。


もう少し右。


俺も動く。


男の手が止まる。


ここらしい。


束を置く。


         *


次。


また運ぶ。


今度は、

さっきの場所へ持っていく。


置く。


何も言われない。


「合ってるな」


返事はない。


         *


三つ目を持とうとしたとき、


知らない男が先に取った。


俺を見ることもなく、

運んでいく。


俺も別の束を持つ。


二人で同じ方向へ歩く。


男は少し速い。


俺もついていく。


置く場所まで来ると、

男が先に置いた。


俺も隣へ置く。


男は、

俺の束を一度見た。


少し向きを変えた。


それから戻っていった。


「そこまで違うか」


俺も戻る。


         *


しばらく、


それを繰り返した。


誰も俺に説明しない。


俺も聞けない。


ただ、


持つ。


歩く。


置く。


違えば直される。


次は、


少しだけ間違えなくなる。


         *


気がつくと、


若い男はいなかった。


         *


顔を上げる。


さっきまでいた場所を見る。


いない。


人の間を見る。


見つからない。


         *


「……どこ行った」


         *


少し歩く。


探そうとして、


やめた。


ここまで連れてきたのだから、

たぶん戻ってくる。


たぶん。


         *


日が傾いていた。


煙が低く見える。


火のそばに、

少しずつ人が集まり始める。


でも、


俺はどこへ行けばいいのか分からない。


         *


最初の場所なら、


もう分かる。


どこに座れば邪魔にならないか。


火にどこまで近づいていいか。


枝をどこに置くか。


誰の前を横切らないほうがいいか。


少しだけ。


本当に少しだけ。


ここでは、


また分からない。


         *


俺は、


火から少し離れたところに立った。


座るには遠い。


立っているには近い。


自分でも変な場所だと思う。


         *


さっき食べ物を寄せた女がいる。


俺に気づいた。


見る。


俺も見る。


女は、


何も言わない。


         *


座ろうか。


もう少し離れようか。


迷っていると、


地面を叩く音がした。


         *


ぱん。


         *


見る。


         *


子どもがいた。


火のそば。


自分の横の地面を叩いている。


         *


ぱん。


         *


俺は、


そこを見る。


         *


子どもが、


もう一度叩く。


         *


今度は、


分かった。


         *


歩く。


         *


火のそばへ行く。


途中、


あの女の前を通る。


女は、


俺を見る。


何も言わない。


         *


子どもの横まで行く。


座る。


         *


子どもは、


俺を一度見た。


それから、


火を見る。


         *


俺も、


火を見る。


         *


誰も、


何も言わなかった。


         *


少しして、


火の向こうで誰かが笑った。


別の声が重なる。


         *


子どもも笑った。


         *


俺は、


火の向こうを見る。


         *


何がおかしいのかは、


まだ分からなかった。

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