第101話 会いに来た
「これ。タギ、作る?」
胸の貝を示すと、タギは首を横に振った。
自分の荷を指し、林の向こうへ手を向ける。
別の人から、受け取ったものらしい。
「穴も?」
穴を開ける仕草をすると、また首が横に動いた。
俺が手伝ったのは、仕上げの一部だった。
採るところから、誰の手を通ってきたのだろう。
タギに尋ねれば分かると思ったが、彼が知っているのも、その道の一部らしかった。
タギは俺の胸元へ目をやり、短く何か言った。
気に入ったか、と聞こえた。
俺は頷いた。
「いい。これ」
指を離すと、灰色の貝がシャツへ戻った。
そのとき、ノエの手を思い出した。
別れ際に、自分から俺の手を取った。
また会うと言ったのは、俺だった。
*
トワを見つけたのは、交換の品が片づき始めたころだった。
膝の前へ石を置き、欠けたところを確かめている。
俺は隣へ座った。
「ノエのところ。行きたい」
顔が上がる。
俺は言い直さず、返事を待った。
トワは石を置き、向こうの道を示した。
それから、手元のものと、少し離れたところにある包みを指す。
聞き返しながら、話をつなげた。
トワも、向こうへ持っていくものがあるらしい。
すぐには出られない。
明日は、ここで済ませる仕事がある。
その次の朝。
俺は指を二本立てた。
トワが頷く。
向こうで一晩休み、一緒に戻る。
そこまで確かめてから、俺も頷いた。
トワは石を取り上げかけ、俺を見た。
川のほうを示す。
「見る?」
俺は首を振った。
「今回は、ノエ」
トワの手が止まった。
やがて、小さく頷いた。
余計なことは言わず、また石へ向き直る。
俺は立ち上がった。
行く日が決まった。
*
イナには、夕方に話した。
俺が呼ぶと、編んでいたものを膝へ置く。
「明日の次。トワと、行く」
向こうの集落を示した。
イナは俺の手を見て、次に顔を見た。
「ノエ?」
俺は頷いた。
「会いに、行く」
彼女はすぐには返事をしなかった。
膝の上のものへ指を戻し、端を一度押さえる。
俺は続きを急がなかった。
やがて、イナが尋ねた。
「戻る。いつ?」
向こうで一晩休み、トワと戻る。
伝えると、イナは指で夜を数えて確かめた。
俺も頷く。
「明日。ここ?」
「ここ。仕事、する」
彼女は片側へ寄せていた束を示した。
明日、運ぶものがあるらしい。
俺は引き受けた。
イナはそれで、膝の仕事へ戻った。
少しして、胸の白い貝が揺れた。
俺も、もらった貝に指を添える。
ノエに会いたい。
イナと並んで座る時間も、好きだった。
その二つを、うまく説明できる言葉は持っていなかった。
ただ、どちらにも曖昧な返事をして済ませたくはなかった。
*
次の日は、約束した仕事をした。
イナと荷を運び、戻ってからカヅたちのところへ顔を出す。
俺の出発を知ると、オキが向こうの集落へ届ける短い伝言を頼んできた。
聞き返し、トワにも確かめてもらう。
覚えておくことが、一つ増えた。
伝言を覚え、食べ物と水を用意した。
木の板は、寝床のそばへ置いておいた。
翌朝、イナへ声をかけて出た。
彼女は仕事の手を止め、俺とトワを見送った。
俺は振り返り、手を上げた。
そのまま、トワに続いた。
*
道中、何度かノエに言う言葉を口にした。
会う。
来る。
俺。
歩きながら順番を入れ替えていると、トワが振り向いた。
「ノエ、ここ、いない」
俺は黙った。
トワの口元が動いた。
笑っている。
「知ってる」
言い返すと、彼は前を向いた。
しばらくして、俺はもう一度、小声で繰り返した。
今度は振り向かなかった。
*
煙が見えたとき、俺は少し歩みを速めた。
トワには追いついたが、追い越せなかった。
向こうから子どもの声がした。
犬が吠える。
木々を抜けると、ノエの子どもがこちらを見ていた。
すぐに走ってくる。
俺の前で止まり、後ろをのぞいた。
ユイはいない。
もう一度だけトワの向こうを見てから、俺を見上げる。
「今日は、サエ」
自分を指すと、子どもは俺の胸の貝を指した。
新しいものは、見逃さないらしい。
俺が貝を持ち上げたとき、ノエが家の脇から出てきた。
腕に、畳んだ敷物を抱えている。
こちらを見て、止まった。
俺は貝を離した。
「ノエ」
彼女はそばへ敷物を置き、歩いてきた。
俺とトワを見てから、後ろの道へ目を向けた。
誰かを連れてきたと思ったのかもしれない。
トワは声をかけられ、少し先へ歩いていった。
ノエが俺の前で止まる。
「サエ」
呼ばれると、道中で繰り返した言葉が一度、全部消えた。
彼女が俺の荷を示して尋ねた。
誰かの用事で来たと思っているのかもしれない。
俺は息を整えた。
「ノエ。会う。来た」
彼女は動かなかった。
俺は自分の胸へ手を当てる。
「俺。ノエに、会う」
今度は、彼女を見たまま言った。
彼女の口元が緩んだ。
少し俯いて、それからまた俺を見る。
「私?」
「うん」
頷くと、ノエは近づいた。
俺の手首に指が触れ、そのまま掌を包んだ。
温かかった。
指の付け根に、少し硬いところがある。
俺が握り直すと、ノエも同じ強さで握り返した。
それから、笑った。
道中で考えていた続きは、もう要らなかった。
*
手をつないだまま、子どもを見下ろした。
俺たちの手を見ていた。
次に、俺の荷を見る。
何か言って、俺の空いた手を取った。
ノエが答える前に、家のほうへ引く。
俺は両側から連れられて歩いた。
「荷だけ、下ろさせてくれ」
ノエは言葉より、俺の肩を見て分かったらしい。
手を離し、家の脇を示す。
荷を下ろすと、子どももようやく指を離した。
肩が軽くなる。
ノエが水を置いた。
俺が飲む間、子どもへ短く話す。
何かを取りに行かせたらしい。
走っていく背中を見届け、俺へ向き直った。
胸元の貝に目が止まる。
指先が近づいたので、俺は紐を持ち、見やすいように掲げた。
ノエは裏の光を見て、小さく頷いた。
「イナ。くれた」
俺から言った。
ノエが顔を上げた。
名を繰り返す。
俺は頷き、貝をシャツへ戻した。
ノエはもう一度貝へ目を落とし、それから俺の顔を見た。
少し間を置いて、自分のそばへ座るよう示した。
「座る」
俺は腰を下ろした。
*
子どもが戻ってくると、ノエは受け取った器へ食べ物を分けた。
俺の前へ置く。
それから、自分も座った。
前より近かった。
俺が器を持つと、ノエが尋ねた。
「今日。寝る?」
俺は頷いた。
「今日、寝る。明日、トワと帰る」
ノエは少し考え、立ち上がった。
さっき置いた敷物を取りに行く。
家の中へ運んでから、また戻ってきた。
「ここ」
寝る場所を用意してくれるらしい。
「ありがとう」
言うと、彼女は俺の隣へ座り直した。
短く何か話し、俺の顔を見て言い直す。
「サエ、来た。うれしい」
知っている言葉だった。
俺は一度頷いてから、もう一度頷いた。
俺は器を置いた。
膝のそばにあった彼女の手へ、自分の手を重ねる。
ノエの指が俺の指の間へ入り、掌が重なった。
親指でそっと手の甲に触れる。
ノエは手を引かず、俺を見ていた。
子どもが目の前へ座り、俺の器を指した。
食べないなら、もらう。
その顔は、よく分かった。
俺は空いた手で器を引き寄せた。
「食べる。それは、食べる」
ノエが声を出して笑った。
俺も笑った。
しばらくして、子どもが自分の食べ物を持ってくる。
ノエはそこで手を離し、器を持ち直した。
俺も食べた。
さっき触れていたところに、まだ温かさが残っていた。
*
食べ終えるころ、子どもは近くの女に呼ばれた。
器を置き、走っていく。
ノエがその背中へ声をかけた。
返事があって、こちらへ顔を戻す。
俺は器を脇へ置いた。
足を少し伸ばすと、ノエの肩が腕に触れた。
避けようとして、動きを止める。
ノエも動かなかった。
袖越しに、彼女の体温が伝わる。
そちらを見ると、近いところに横顔があった。
ノエは俯いて、自分の指を見ている。
俺は膝の上の手を、少し彼女のほうへ寄せた。
指先が触れる。
彼女の指が重なった。
握ると、肩に預けられる重さが少し増えた。
俺は背を楽にし、彼女のほうへ身体を向けた。
ノエが小さく息を吐く。
耳の近くで聞こえた。
顔を上げればトワを探せたが、今は探さなかった。
子どもたちの声が、少し離れたところで続いている。
ノエが俺の手を一度握った。
俺も握り返し、そのまま隣に座っていた。
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