第四話 討論会
会場は地獄だった。
「なんでこんな人いんだよ……」
秀人は控室の隅で頭を抱えていた。
都内イベントホール。
観客数、およそ五百人。
【公開討論会】
【本当に魅力的なのは黒髪か、それ以外か】
企画したやつ絶対頭おかしい。
「逃げるか?」
テルさんが缶コーヒーを渡してくる。
「逃げてぇよ」
「まあ気持ちは分かる」
秀人はステージ袖から客席を見る。
女性客、多い。
終わった。
「なんでこんなデカいイベントになってんだよ……」
「SNSでバズったからな」
真白がタブレットを見ながら言う。
「“ハゲ側が公開討論会に出るらしい”って」
「言い方終わってるだろ」
すると会場がざわつき始める。
「来たぞ……」
「KGSだ……」
スポットライトが入口へ向く。
そこに現れたのは、黒スーツ姿の男達だった。
全員、髪が多い。
しかも自然。
腹立つくらい自然。
「うわっ……」
「強ぇ……」
「毛量が圧倒的だ……」
HKS側がざわつく。
先頭を歩く男が静かにマイクを取った。
「初めまして」
低いイケボ。
「黒神 恒一です、黒髪戦線-KGS-代表を務めています」
歓声。
女子の黄色い声。
もう勝っていた。
「いや登場だけで格差社会見せつけてくんな」
秀人が呟くと、光山は静かに目を閉じる。
「……強敵だ」
「そこ認めんのかよ」
黒神はステージへ上がり、HKS側を見る。
そして微笑んだ。
「本日はよろしくお願いします」
爽やかだった。
腹立つほど。
討論会が始まる。
司会がマイクを握った。
「本日のテーマは、“人は本当に髪で判断されるのか”です!!」
拍手。
秀人は帰りたかった。
「ではまずKGS側からお願いします!」
黒神が立ち上がる。
「まず前提として、我々はハゲを否定しているわけではありません」
会場が静かになる。
「ただ、清潔感や第一印象に髪が与える影響は大きい」
モニターに資料が映る。
【女性アンケート】
【“恋愛対象として重要視する要素”】
一位。
【清潔感】
その下には。
【髪型】
HKS側がざわつく。
「また髪か……」
「結局そこなんだよな……」
「くっ……」
秀人は黙る。
分かってしまうから。
黒神は続ける。
「我々は“髪が全て”とは言いません、ですが髪によって自信を持てる人がいるのも事実です」
正論だった。
会場も頷いている。
秀人ですら反論できなかった。
「では次、HKS側お願いします!」
光山がゆっくり立ち上がる。
「確かに髪は印象を変える」
静かな声。
「だが、それだけで人を判断していい理由にはならない」
会場が静まる。
「髪が薄いだけで笑われる、恋愛対象から外される、“ハゲキャラ”として雑に扱われる」
秀人は拳を握った。
「それは本当に“清潔感”なのか?」
観客席がざわつく。
黒神が静かにマイクを握る。
「ですが、実際にハゲを好む人が少ないのも事実では?」
空気が変わる。
痛いところだった。
HKS側が言葉に詰まる。
その時。
真白が小さく秀人を見る。
「……鬼頭さん」
秀人は固まる。
「出てください」
「いや無理だって」
「今しかないです」
会場の視線が集まる。
秀人はゆっくり立ち上がった。
足が震える。
逃げたかった。
でも。
気づけばマイクを握っていた。
「……俺は」
声が少し震える。
「別に、ハゲがかっこいいとかはまだ分かんねぇ」
会場が静まる。
「正直、今でも鏡見るの嫌だし、風も怖いし、写真も苦手だし」
秀人は笑う。
「でもさ」
少しだけ前を見る。
「笑っていい理由にはなんねぇだろ」
空気が止まる。
「俺だって傷つくし、気にしてるし、普通に嫌なんだよ」
その言葉は、やけに静かに響いた。
「なのに“ハゲキャラだから”で終わる」
秀人は小さく息を吐く。
「……それだけは、なんか違うだろって思う」
沈黙。
そして。
客席のどこかから、小さな拍手が聞こえた。
一人。
また一人。
少しずつ拍手が広がっていく。
秀人は目を見開く。
光山が静かに笑った。
「見たか、ハゲト」
「だからその名前やめろ」
真白も小さく笑う。
「でも今、ちょっとかっこよかったですよ」
秀人は言い返せなかった。
その時だった。
黒神が突然、ゆっくり前髪を上げた。
会場がざわつく。
「……え?」
そこには。
うっすらと後退し始めた、生え際があった。
黒神は静かに笑う。
「実は最近、ちょっと怖かったんですよね」
沈黙。
「だからこそ分かります」
黒神は秀人を見る。
「髪って、ただの髪じゃないんですよね」
秀人は少しだけ笑った。
「……お前、仲間になりそうだな」
「まだKGS代表なんですけどね」
会場に笑いが起きる。
その瞬間。
秀人は少しだけ思った。
もしかしたら。
変えたいのは“髪”じゃなくて。
“笑っていい空気”の方だったのかもしれない、と。
なお作者は今のところ前線を維持しています。




