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第三話──意気込み

 まだ5月だってのに暑すぎんだろ!

 うちのガッコは体育を2限連続で枠取りする。つまり90分枠での体育だ。

 4月と5月の体育は野球なんだけど、俺は1か月たっても野球のルールを未だに覚えていない。球打って走る、球取って投げる。それは流石に分かってる。でもなんだよインフィールドフライとか、わかんねぇよ。俺は圧倒的にサッカーの方が好きだね。

 現在のバッターは奥山君。バットを横向きに持って構えている。バントの構えだ。

 ピッチャー役を務める杉田が大きく腕を振り上げて、球を投げる。奥山君はそれを見逃す。キャッチャー兼審判役の野球部員が、ボール! と叫んで、球を杉田に投げ返す。

 続く第2球、大きく振り上げて、投げる。いつの間にか肩越しに構え直していたバットを全力で振り回す。

「バスターかよ! やるじゃねぇか!」

「奥山わかってるー!」

「いいぞ奥山はしれー!」

 野球部どもが大興奮してる。どうやら奥山君は野球がわかるらしい。

 キャッチャー担当がゆっくりボールを拾って、一塁へ投げる。奥山君はとっくに一塁に駆け込んでいて、肩で息をしていた。すげぇな。あんなに小さいのに、めっちゃ頑張ってる。

 次に俺の打順が回ってきた。よく分かんねーけど取り合えず打つ!

「っしゃ!」

 杉田から投げられた球を、打って走る! 玉は大きく弧を描きながら飛んでいく。だりーけど、打てた時は楽しい。クラスの野球部どもがめっちゃ生き生きしながら声出してる。悪い気はしない。

「走れ飯田! 長打だ!」

 一塁を踏むと同時に声を掛けられ、そのままカーブして2塁に向かって走り抜ける。体育教師の判定はセーフ。どうだ杉田、参ったか。

 そう思いながら杉田を見ると、こちらを若干嬉しそうに見てやがる。お前打たれたんだぞ、悔しがれよ!

 状況を整理する。現在1アウト2,3塁ってやつだ。

 二塁には無事に進めた奥山君がいて、じっと次のバッターを観察してる。俺ほどスポーツ万能ってことは無さそうだけど、体育嫌いってわけではないみたいなんだよな。

 次のバッターは中村。俺の取り巻きの一人だ。ツルんでる奴の中では割とまともな奴。

 一球目、見送り。二球目、見送り。1ストライク、1ボール。打つ気があるのかないのか、多分傍目にはわからないだろうけれど、俺にはわかる。あいつ、本気だ。

 スパーン! と、軟式ボールが良い音を立てて舞い上がる。

「待て飯田!」

 野球部どもの声が響く。なんでかわかんねーけどとりあえず従う。

「走れ!」

 今度は走れ? 何が起きてんだこれ! やっぱりわかんねーけど走り始める。三塁につく。

「そのままホームだ! いけ!」

 あー! 注文がおおいな! いいよやってやるよ!

 三塁を蹴って全速力でホームへ向かう。俺がホームを踏んだと同時ぐらいに、キャッチャーの元にゆっくりしたボールが飛び込んできた。

 先にホームインしていた奥山君が肩で息をしている。

「うえーいおっくんお疲れー!」

 ぽんっと肩を叩く。触ってしまった。

「お、お疲れ……」

 ダッシュで酸欠だからか、特に嫌がる素振りもなく、か細い声で返してくれた。

 奥山君って、並ぶと俺より20センチぐらい小さいんだな。そう思いながら肩を貸し、ベンチに帰る。

 どうやら中村はアウトだったらしいけれど、なんか野球部連中に褒められてる。そんで、俺と奥山君にもめっちゃ声かけてくる。

 遠くから相手チームのはずの杉田まで声を掛けてくる。

「奥山、杉田! よくやった!」

 なんだよ、野球部の奴ら、いい奴らじゃん。奥山君にスポドリを飲ませながら、少し野球部に対する見方少し変わった。

「あ、ありが、と……」

「気にしなくていーよ」

 か細くつぶやく奥山君。

 限界だったのか、こてん、という擬音が似合いそうな倒れ方をする。熱中症ってほどでもなさそうだし、その様子を見ていた野球部連中も特に慌てた様子もないので、そのまま寝かせておく。

 よく頑張ったじゃん、と、頭を撫でたくなるも、流石に我慢した。

 

 ———

 まだ5月だというのにこの暑さは何なんだ。ここ数年毎年、「過去に例のない暑さです」って言ってないか?

 ボジョレーヌーボーとどっちが先に表現力が尽きるか勝負でもしてるのか、気象予報士は。

 陰キャの僕には日差しがきつい。しかし、4月のみじめさを糧に、ゴールデンウィーク中に某野球バラエティゲームできっちりルールを勉強してきた。僕の運動神経でも出来ることを、やってやる。

 静かな闘志を燃やしながらピッチャーである杉田君を見つめる。彼は本来遊撃手のはずだ。野球部組の中で各ポジションを回してるようだけど、彼が一番打ちやすい球を投げてくれる。

 大きくワインドアップして、これ見よがしに今から投げますよとアピールして、球を投げる。なだらかな弧を描く明らかなスローボール。

 野球ゲームと野球漫画で身に着けた知識の中でのぼくの最適解はこれだ。

 優しい杉田君とはいえ、どうせ僕には打てまいとなめられてるだろうし、まずはバントの構え。そしてバントしやすい優しい球を、ヒッティングに切り替えて打つ! この貧弱な身体を逆手に取っただまし討ちだ!

 戦術は見事に通用し、球は三遊間を抜けて転がる。

 無事に1塁への進塁を果たしたが、2塁は無理。肩で息をする。多分、野球部員たちが滅茶苦茶盛り上がっていたけど内容は全然耳にも頭にも入らない。

 杉田君がこちらをちらりと見て、親指を立ててきた。一泡吹かせてやる! という気持ちだったはずが、何かを認められたらしい。杉田君は、身体だけじゃなくて心も広いのか?

 そのまま杉田君をじっと見つめる。

 続くバッターの飯田君に向けて、ゆっくりと大きな動作で球を投げる。僕が盗塁するなんてことは考えていないらしい。その判断は正しい。まだ息切れしていて、自分の鼓動がうるさくて、体力的に無理だ。

 飯田君はヤンキーらしからぬ、それともヤンキーらしいのか、大きなスウィングで球を打って走り出す。まて、打ち上げ過ぎだ!

 とりあえず一二塁間まで進み様子をうかがう。センターフライかと思いきや、センター担当が取り損ね、長打コース。走るしかなくなったじゃん!

 

 そこからは正直何も覚えてない。気が付けばホームインして、飯田君に肩を貸されていた。辞めろ関わるな金なんてないぞ! と心の中で思うも、酸欠でぐるぐる目が回る。

 ベンチについたら隣の人がスポドリをくれた。素直に飲ませてもらう。

 下手に頑張らず、最初から素直にアウトになっておけば良かった。でも、苦しい疲れたもう辞めた、では杉田君みたいなカッコよさに一歩も追いつけない。

「あ、ありがとう」

 何とか、この要介護者を介護する隣人に、お礼を言えた。

「気にしなくていーよ」

 聞き覚えのある声。クラスメイトだから当然か。そこで僕は気を失ったらしい。


 ———

 4月から体育の授業が楽しくて仕方がないのは当たり前だ。野球は俺の青春だ。

 照り付ける日差しはいっそ心地よい。夏の甲子園を目指す俺としては、この程度の暑さなんぞに負けるわけにはいかない。

 今日のピッチャーは俺の番だ。野球が楽しいということを是非クラスメイトに教えたい。気持ちよく打って、走って、その爽快感を堪能してもらいたい。

 次のバッターは奥山か。小柄で貧弱、恐らく持久力もない。4月の時点ではルールもろくにわかっていなかった。しかし、今日は様子が違う。バントの構えだ。

 なるほど。自分の非力さを自覚して、バントにかけてきたか。少しは勉強してきたらしい。その挑戦、受けて立とう。

 大きく振りかぶる。これから投げるぞと全身でアピールをする。そしてバントがしやすいように渾身のスローボールを投げる。これなら奥山でも当てられるだろう。

 が、奥山は想像を超えてきた。舐めていたことを心の中で詫びる。

「バスターかよ! やるじゃねぇか!」

「奥山わかってるー!」

「いいぞ奥山はしれー!」

 ベンチから野球部員の声が響くる。あえて見逃した打球は三遊間を抜け、ヒットへ。

 全力で駆け抜けたであろう奥山が、肩で息をしながらこちらを見ている。

 ぐっと親指を立て、健闘を称える。すまなかった奥山、俺はお前を見直した。

 さて、次の相手は飯田か。こうして対峙する機会も残りわずかだと思うと名残惜しい。長めの髪をゴムで縛り、やる気を見せてくる。高い背に、長い手足を存分に活かしてもらうためには外角高めを狙うのがいいか。俺はショートだからそこまで投球のコントロールに自信はない。ただ、気持ちよく打たせてやりたいのは変わらない。

 大きく振りかぶる。盗塁は考慮しない。これは接待試合であって勝負じゃない。野球の面白さを知ってもらえることが何よりの俺たち野球部の望みだ。

「っふ!」

 渾身のスローボールを投げる。狙い通り外角高めにゆっくりと進む。良し、ややすくい上げるように飯田が──打ち上げる!

 慌てて振り返る。しまった。これではセンターフライでアウトになる。

 一塁の奥山もそれを理解しているのか、一二塁間で止まっている。

 センター担当は普通のクラスメイトだ。取って欲しいが、取って欲しくない。しかし既に賽は投げられた。取っても取れなくても即座に対応できるように身構える。

 センターは取り損ね、長打コース。

 奥山は取り損ねたのを確認して走り出した。つまりこいつはゴールデンウィーク中にルールを勉強してきている。ならば目線を向けるのは飯田だ。

 飯田はその長い手足を大きく使ったストライド走法で一塁へ進塁。

 こうなればもう敵味方など関係ない。

「走れ飯田!  長打だ!」

 声をかける。チームメイトからも歓声が上がる。2者連続出塁。飯田の二塁打でワンナウト二三塁。一気に2点入る大一番だ。

 次のバッターは中村だ。飯田と一緒に居る姿を見かけることも多いが、常に一緒に居るわけでは無いタイプだ。こいつも飯田と同じくらい背が高く、並んでると絵になる。しかし、飯田のような自己表現をあまり感じず、気づけば存在感はあるのに、どこか虚ろな雰囲気がある、謎めいた男だ。飯田とはまた違った美形なのだろう、と思う。

 肩にバットを乗せてポンポンと跳ねさせ、遊んでいる。やる気がない訳では無いらしい。うちのクラスの不良共は、ただ悪ぶっている訳ではなく、なんだかんだ真面目な奴らが多い。そういう意味では、不良のレッテルを貼る俺が失礼な側かもしれないな。

 中村の用意が整ったのを確認し、再度大きく振りかぶる。狙いは同じく外角高め。スローボール。

 中村は特に気負った素振りも見せずに、大きくスウィング。飯田のスウィングと同じ軌道。つまりセンター、あるいはライトへのフライだ。

「やるな中村!」

 思わず声が漏れた。このライトフライは狙って打たれたものだ。つまり犠牲フライでランナーを返すつもりであったと読んだ。

「待て飯田!」

 ベンチからチームメイトの声が飛ぶ。奥山は理解しているから置いておく。飯田への指示が優先だ。

 ライトのクラスメイトがフライをキャッチ。走れ! 飯田!

「走れ!」

「そのままホームだ!いけ!」

 俺の心の叫びの代わりに、チームメイトが声を張り上げて飯田を鼓舞する。

 犠牲フライで2塁からホームまでは本来はそうそうありえない。だが、飯田の身体能力と、ライトの送球力では、飯田の方が上だった。野生動物のような美しさと綺麗なフォームで駆け抜けていく飯田を目で追う。ライトからの中継はセカンドが受け、ホームへ。

 タッチの差で飯田が早かった。犠牲フライからの2点獲得。攻撃側のクラスメイトが沸き立つ。打線が繋がり、一体感を得る高揚。仲間を信じて託し、それが実るカタルシス。攻撃側の醍醐味だ。

 さて、次の相手は関口か。そろそろ攻守交替したい。悪いが少し厳しめに行く。


  ***


 高校球児はいいぞっ!

 

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