第四話──壁をドンとするやつ
今日は最近復活した1対1の対戦格闘ゲームで遊んでいるのだが、どうやら人気までは復活しなかったようで、CPU相手にコンボ練習をしているだけだった。僕はテクニカルなキャラが好きなので、画面上を飛び道具で埋め尽くして固め、ガードゲージを溜めさせ、中断と下段と投げの三択を迫って崩し、そこから大量ダメージを稼ぐ戦術が好きなのだけど、CPUではしっかりガードをしてくれないので、崩しからのコンボ練習だけしかできない、という状態。
と、そこに対戦相手がやってきた。全くの素人ではないようで、しっかりガードしてくれるし、距離を詰めようともしてくれる。しかし、キャラの相性差が悪かった。レートにして7対3ぐらい、こっちが有利だと感じるぐらい、相手側が脅威になる『択』を持ってない。接近さえしてしまえば無双するキャラだから、遠距離は弱いのだ。
そんな感じに、ひたすら飛び道具で身動きを封じ、急接近からの3択。勝率66%以上のじゃんけんに勝ち、最もダメージのでる中段攻撃からの崩しに成功。あとはさっきまで練習していたコンボルートを、指先で正確につないでいき、ダウンを取ってターン終了。勿論、相手キャラの上には起き攻め継続用の飛び道具を置いておく。これで、相手はダウンから復帰しても初手はガードしかできない。続けてまた飛び道具をばらまき続けていく。
そんなこんなで5連勝。連コインを続けた相手は決して下手じゃなかったと思うけれど、相性が悪すぎた。このゲームの人気が再燃しない理由を、よく分かった気がした。
「っざけんな! ハメじゃねぇか!」
身体が固まる。相手側の筐体からの怒声に、僕は反射的に逃げ出した。直後、背の高い男が回り込んでくる。逃げろ!
体勢を崩しながら狭いゲーセン店内を駆ける。が、壁! ところがどっこいこれが現実!
背後に追いかけてくる男を感じる。振り返ることもできない。何か言っているが、突然準備運動もなく走ったせいで鼓動がうるさい、よく聞こえない。
肩に手を掛けられる。反射で振り払おうとして眼鏡を落としたけど関係ない。右に逃げ——
「あぶねっ!」
ドンッ!
相手の手が伸びてきて道をふさがれた。
何が危ないんだ。危ないというなら逃がしてくれ見逃してくれ助けてくれ。
しかし覆いかぶさるように逃げ道を塞がれてしまった、頭はパニックだし心肺機能も限界だ。へたり込んで頭を守る。
数秒後、相手が離れていった。どうやら僕が無害で虚弱な陰キャだとわかってくれたのかもしれない。
目の前にいつの間にか置かれていた眼鏡を拾い、今がその時だと言わんばかりに、残りの力を持って元来た道を駆け戻り、ゲーセンから脱出する。
このゲーセンで絡まれるのは珍しい。他校の生徒だったのかもしれない。あと、やっぱり懐かしいからといつものゲーセンメンバーと離れて一人で遊ぶのは危ないなと思った。
————
「あれ、これ復活してんじゃん」
中学時代にやっていた格闘ゲームの新作が出ていたので、しばらく眺めてみる。知っているキャラばかりで、あんまりシステムは変わらないらしい。
今プレイしてる奴はコンボが上手いみたいだけど、俺の持ちキャラで接近戦に持ち込めば十分勝てそうな気がした。久しぶりにやってみるか。
チャリン、とコインを入れて対戦開始。相手の初手はバックステップ、こっちは前ステップで距離を詰め……させてもらえない。飛び道具をよけれないと判断してガード。
これが大誤算。そのまま延々絶え間なく弾幕は続く。おいおい。全く身動き取れないじゃねーか。じりじりHPバーも減っていく。受けながら次の手を考えていたら相手が突っ込んできた。あ、これやばいやつ。
とっさにしゃがみガードを選択したが、残念ながらそのガードは崩されて、一気に大ダメージを取られる。挙句にダウンまできっちりコンボを決めて、置き土産までしていきやがる。
しかたないからガード状態で起き上がり、そのまま弾幕の雨に削られてK.O。
「あーちくしょ!」
もう1ゲーム。今度は相手の飛び道具をジャンプしたり、走ってくぐったりと接近を試みる。さっきよりいい感じだと思ったけれど、結局1回でもガードさせられたら俺の腕じゃ抜けられないらしい。
3回目、4回目、5回目。結局一度も接近することが出来ずに俺は負け続けた。
「っざけんな! ハメじゃねぇか!」
思わず大きな声が出た。やっちまった。反対側の筐体の人影が逃げ去ろうとしてる。違う、そういう意味じゃない!
筐体をまわりこんで小柄な学ランを追いかける。謝らせてくれ!
壁際まで走りこんだ小柄な男は、壁を向いたまま肩で息をしていた。
「わり、つい声がでちまっただけで、喧嘩売るつもりなかったんだ。ごめん」
反応がない。聞こえてないらしい。とりあえずこっちを向いて貰おうと肩に手を伸ばすと、跳ね除けられた。そして小柄な男は左の山積みにされた椅子へと突っ込みかける。
「あぶねっ!」
通せんぼするためにさらに距離を詰め、左腕を思い切り伸ばし、壁にぶち当たる。鈍い音がして、手のひらから腕全体に響く。いてぇ。
今度はこちらを向いて頭をガードする姿勢の少年をよく見る。
髪はストパーでもかけてるのかってぐらいまっすぐで、メンズショートより少し長いぐらい。肌は白く、ニキビの後もないぐらい綺麗。ぎゅっと閉じた瞼からこぼれる睫は長く、固く結ばれた口は小さい。
まるで女の子が学ランのコスプレしてるみたいだな、と思いながら、彼が落としたであろう眼鏡を拾い、前に置いてやる。
あ……こいつ、奥山君だ。
眼鏡で気づいた、と言ったら奥山君は怒るだろうか。
俺はどうしたらいいかわからなくなってしまって、怯えて固まる奥山君から三歩後ろに下がった。
すると奥山君は、一拍置いた後、目の前の眼鏡を拾い、そのまま一目散にゲーセンの出口まで逃げていった。
俺は追いかけることも出来ず、その背を見送る。始めて至近距離で顔を見た。胸が熱い。昔初めて酒を飲んだ時みたいに頬が熱い。
目をぎゅっと瞑っていたから、こっちの顔は見られないんだろう。見られなくて良かったのかもしれない。
眼鏡越しの奥山君の二重の綺麗な瞳を連想し、頭を振って打ち消した。
「なんでこうもうまくいかないかなー……」
せっかく、一緒に遊ぶチャンスだったのに。
***
壁ドンが書きたかっただけなんです。




