第二話──それぞれの昼休み
大量の白飯は4限の間にかきこんだ。
昼練は任意参加だが、俺は出来るだけ参加することにしている。レギュラーを取りたいというを高校球児として当然の気持ちと、顧問・コーチ不在時の部室でのエロ本の回し読みが最大の醍醐味だからだ。
この大手柄を武器に、割と貧弱な後輩江口は先輩からさえ一目置かれている。もっとも、我が部には身体の強弱や技巧の高低での『シゴき』などという文化はない。練習への熱意、チーム意識、信頼関係が大切にされる上下関係を、代々守ってきている。つまり江口のチーム意識は、最大の信頼関係への貢献ともいえる。
昼練参加者はあまり多くない。
先月新入生として入部した江口は、最初から昼練に参加する勤勉なタイプであった。しかしゴールデンウィークただ中の平日、顧問もコーチも不在の日、江口が部長の原田先輩に恭しく何かを差し出した時は、中間管理職たる2年として止めるか焦ったが、江口の観察眼は素晴らしかったらしい。
先輩は白い布に覆われたそれを受け取り内容を確認すると、しばらく江口を無言で見つめ、静かに宣言した。
「これは部の共有物とする。良いな、江口」
「押忍!」
こうして、週に1~2度ある管理者不在の昼練日に、江口がいるであろう今後3年間、我が部に新たな伝統が生まれたのである。もしかしたら更に後輩が続いてくれるかもしれない。エロを通した仲間意識は、強い。
読み終わった部員から昼練を再開するのが暗黙のルールだ。昼連の内容は特に決まっておらず、コーチや先輩から後輩への指導による素振り、柔軟、キャッチボール、自重トレなどの基礎トレが主だった内容である。信頼関係を醸成した日は、必然的に個人別トレーニングが始まりやすい。今日は既に夏を感じる日差しの中、自重トレをすることを選んだ。
「……ふっ! ……ふっ! ……ふっ! ……ふっ!」
俺の基礎トレコースは柔軟、腕立て、腹筋、背筋、スクワット、ストレッチを日によってローテで回す。今日はスクワットを行うことにする。
グラウンド脇にある通称野球部ゾーンにて、ユニフォームを脱ぎ捨て柔軟を行った後、じっくり1回に10秒かけ、大腿筋を意識したスクワットを行っていく。背筋は伸ばす。腰に負担はかけないことも大事だ。
上裸で陽の光を浴びながら筋トレというのは、男子校でしかできない自由であると思う反面、この筋肉を魅せつける相手がいないという一抹の寂しさを感じる。
グリーンネット越しに生徒たちが歩いていく。俺の予定ではいつか美少女が通りがかり、俺に見惚れてくれるはずだ。そのため、グラウンドではなく、グリーンネット側を向いてトレーニングを行う。残念ながら過去一年間、そして今後二年間、女子が通ることなどないのは承知している。夢はデカくなけりゃつまらないだろう?
コンビニ袋を手にし、派手な髪色をした仲間と連れあった飯田が通った。ちらりと横目でこちら見て、そのまま無視して歩いていく。あいつらは本物の女を知っているのだろうか。少しむず痒い気がした。
飯田は連中の中でも頭一つ背が高く、恐らく180㎝以上はあるだろう。根元が黒くなり始めた金髪と、今日はターコイズブルーのピアス。暑さゆえか学ランは着ず、黒い柄物のシャツが透けて見えるYシャツ姿だった。
だんだんと遠ざかっていく飯田を目で追ってしまう。ゴツゴツとした俺とは真逆のスラリとした体躯。手足が長く、見栄えがする。野球部は楽しいが、この泥臭さや仲間たちとの日々は掛け替えのない1年間だった。しかし最近、こうして見かけるたびに飯田を目で追ってしまう。自分には無い者を求めているのだろうかと自問自答する間に、スクワットの回数を失念した。体感、いつもの回数をやったぐらいの負荷はかかっている。ストレッチに移行しよう。
「いーち! にーい! さーん! しーい!」
声を出すのも大切だ。筋トレ時やストレッチ時に、どこを動かしているかと意識しているのと同じくらい、効果が違うとコーチから指導を受けた。体内を鍛える効果があるらしい。
昼練を終え、教室に向かう。午後の授業に寝ることは野球部規則で禁じられている。部全体への指導が入ることは避けたい。あらためて、気合を入れて臨むとするか。
———
昼休みのチャイムとともに、いつもの奴ら4人が俺んとこに集まってくる。ヤニくせー奴もいるけど、禁煙を進めるのも野暮だし切り出せない。
「ダーくんさー、昼飯どうすっぺ?」
高2デビューバレバレの関口が、なれなれしく肩を触ってくる。別に仲間外れにする気はないけど、あんまり触られるのは好きじゃないんだよな。
「えー、俺コンビニ予定ー」
じゃあみんなでいこうぜーと1年からの同クラ、春原と山寺と同調する。邪見にするのも悪いし、素直にみんなでコンビニへ向かうことにする。
奥山君に声をかけたかったけど、席を見たらもういなかった。彼はいつも読書をしながら弁当を食べていることが多いが、たまに消えるようだ。多分購買行ってんだろうな。
コンビニ内は案の定、うちの生徒ばかりでにぎわっていた。コンビニ側もわかっているであろうからか、この埼玉の僻地だからか、この数の男子高校生が購買代わりに使っても良いような店構えで、煙草と酒は売っていない。俺は煙草も酒も好きじゃないし、ヤニ臭い山寺を止める必要もなくなるので正直助かる。っつーかなんで俺が保護者みたいな立場になってんだよ。関口を受け入れたの失敗だったかもしんない、けどイジメって嫌いなんだよな。
そこで奥山君を見かけた。てっきり購買にいってるんだと思っていたけれど、コンビニにも来るのか。一応校則違反なんだけどな。
奥山君はお菓子コーナーでしゃがんでいて、相変わらず小柄に見えて、小動物めいた格好。俺とは違って、一度たりとも染めて傷つけたこともないであろう綺麗な黒髪。キューティクルが整っているのか、窓からの光を受けて天使の輪見たいに綺麗な白色を反射している。この暑いのにきっちり学ランまで着ている生真面目さと、校則違反のコンビニ利用。少しおどおどしてるのは、もしかしたら昼休みのコンビニ利用が初めてだったのかもしれない。
既にキョドっちゃってるから、今声を掛けるは辞めようと決めて、自分たちの昼飯を探す。あんまり食べるタイプでもないし、どうせ午後は寝るし、俺は何でも良いんだけど、関口がよく食うんだよな。高2デビュー諦めて、お前普通の生活戻れよ……。あと春原、立ち読みは店の人の迷惑になるからやめろ。山寺も、もみくちゃ歌詞パンを棚に戻すな。躾けたいがぐっとこらえる。俺はオカンじゃない。
なんでか知らないけれど、好きなように生きていたらこうやって変な奴らばっかり集まるようになってしまったのは、自分でもよくわからない。他校の女子から言い寄られることもあるけれど、正直今は恋愛に興味がない。どうでもいい毎日を過ごしていたら、気が付いたらこうなっていた。
一心不乱にお菓子コーナーで何かを探す奥山君みたいに、孤高で、何か好きなものがあって、夢中な日々を送る姿が、とても羨ましく思えた。
コンビニを出るとき、まだしゃがみこんでいる奥山君を振り返り、あの天使の輪を触ってみたいなと、少し思った。
———
ない。ない、ない、ない。限定くじが無い。
今日発売の限定くじが近所のコンビニに入荷されるという仲間の情報を信じて、昼休みのチャイムとともにダッシュを決めた僕は、見知らぬ広いコンビニ内で迷子になっていた。
狙いは僕の大好きなソーシャルゲームの限定くじである。今回のくじは作中でも屈指の人気を誇り、作者に『人の心』が無いと言われる、我々ファンの中では伝説的な章のキャラクター達のグッズが抽選で当たる。いわゆるガチャとちがって現物なので、お小遣いを全て使って全部引けば、必ずお目当てのものが手に入る寸法だった。
しかし見つからない。どこにもない。頭が真っ白になっていく。どんどん当校の生徒たちがやってきて、人が増えていき、身動きがとりづらくなっていく。店員さんに聞こうにも大忙しのようで、とても声を掛けられる雰囲気じゃない。どうしようどうしたらいいどうするべきだ。教えてくれチャン、俺たちは後何回探せばいい。
「あ……」
何たる失態。今更気が付いた。入荷時刻は昼とは書いてない。つまり
「これ、売り切れ……ってこと?!」
意気消沈しながらコンビニを後にする。どうせ小柄で小食なので、昼飯は無くてもいい。とぼとぼと歩いて帰ることにする。
コンビニから校舎に帰る際、グリーンネット越しに杉田君を見かけた。
上半身裸でスクワットをしている。
短く刈り込まれた坊主頭だけでなく、全身からは大量の汗が流れ、この筋トレで掛かる筋繊維への負荷が垣間見える。正面から見ているのに背筋が見えてきそうな体の大きさを感じる上に、頭に添えられたよく発達した上腕筋、堂々と胸を張ってこれでもかと主張する大胸筋、6つに割れた腹筋、1回毎の丁寧なスクワットで筋肉の伸縮がわかるような大腿筋。
ボディビルダーとはまた違った、見せるためじゃない、使うための筋肉だとわかる。二年生の春にして既にベンチ入りを果たしている杉田君は、身体だけでなく、野球センスも抜群らしい。
ゴクリ、とのどが鳴った。どうやらぽかんと口を開けて眺めていたせいで、乾いていたらしい。
こんな格好いい人が、陰キャの僕を覚えていてくれて、助けてくれたのかと心の中で拝んでおく。あまり見つめて変に思われてもいけない。教室へ帰ろう。
前方を見ると飯田君たちがいた。飯田君は軍団のなかで一際背が高く、モデルみたいなスタイルが目を引く左右から友達たちに代わる代わる話しかけられて忙しそうだ。
なんで僕なんかに絡んできたんだよ! 陽キャは陽キャの世界で生きてくれ!
とはいえ、昨日の宣言は実行されず、午前中に特に声を掛けられることはなかった。
午後の授業には好きな僕の好きな世界史がある。やってるソーシャルゲームが世界的な偉人をモチーフにしているから、最近世界史がとても楽しいんだ。
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ある晴れた日の三人、それぞれの昼休み




