第4話 先輩
4話 話はまったく進みません。
トッシー先輩の人となりの描写のみです。
おっと、先輩の相手なんかしていられない。
会社に行かないと。
「あ、そういえば、私、急がないと会社に遅れちゃう」
私は腕時計を見てから急いでいるそぶりをみせた。
「ちょっと待てよ! 久しぶりに会ったんだ。再会を祝して連絡先交換してやるよ!!」
ニコニコと笑う先輩の裏には『またお前をこきつかってやる』という感情が渦巻いている気がした。
誰がするか!!
ここはやんわりと断ろう。
高校の時から変わらない強引さと甘いマスクを兼ね備えている先輩と関われば、間違いなくろくなことにならない。
秘書として成長した私は高校時代の私とは違うのだよ。
「時間がないので、失礼します」
早歩きで歩き出す。
「時間がなくても、スマホはあるだろ?? 寄越せよ」
昔からしつこいんだよな、先輩。
「教える必要はないかと思います。私、高校の時から番号変えていないですし」
実際は番号を変えたのだが、ウソも方便。
「あ、そうなんだ。でも、俺は連絡先知らないんだ」
「知らないってどういうことですか?? 先輩の電話帳に残らないほど、私は大切にされていないということですか??」
私は心とは裏腹に泣きそうな顔をして問い詰める。
「スマホを替えた時に間違えて消してしまったんだよ。あるだろ?? そういうこと」
「私にはないです。すみません、急いでいるんで」
「おい、ちょっと待てよ」
引き留めるトッシー先輩を無視して、私は会社の方へと走った。
さすがに追ってはこないだろう……
振り返ると、そこにはトッシー先輩の姿がある。
まさか、連絡先を教えないから、会社までクリーニング代とケガの慰謝料請求する気か??
あり得る。
トッシー先輩だからな。
「ちょっと、ついてこないでくださいよ。ストーカーで訴えますよ」
会社の中まで入ってきたトッシー先輩に私は立ち止まり、忠告をする。
「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。どうやら、俺とお前は同じ職場らしいんだから」
「え?? トッシー先輩も嶺敷で働いているんですか??」
「もちろんさ」
ニヒルな笑顔でサムズアップするトッシー先輩。
いやいや、それはないだろう。
断定占いよりも断定できるぞ。
トッシー先輩と言えば、バスケの腕と厚い人望だけで、大学のスポーツ推薦を勝ち取った人なのだ。
すごく失礼な言い方になってしまうが、私と同じ一流商社に入れるほどの頭は持ち合わせていないはず。
「嶺敷で働いているならば簡単に答えられる問題を出してもいいですか??」
「もちろんさ!!」
「日本一高い山の名前は??」
「日本一高い山の名前は、『日本一高い山』に決まっているじゃないか!! 何を言っているんだ??」
「ちなみに56÷7の答えってわかりますか??」
「もちろん、7か8か9のどれかだ!!」
うん、高校を卒業して知能指数が上がったのかとも思ったが、やっぱり、先輩は今も先輩のままだったか。
知能はそのままということは、体力で入ったと考えるのが妥当だ。
うん、うん、とうなずく。
「何一人で納得しているんだ??」
「先輩はスポーツ枠で嶺敷を受けたんだろうなと思いまして」
うちの会社、バスケの実業団にも力を入れているからな。
「スポーツ枠で俺がこの会社に入れるわけがない」
スポーツ枠じゃない……だと……
「え?? 高校時代はインターハイに出るほどの実力があったのに、スポーツ枠じゃないんですか??」
「大学でバスケはサボっていたからな。スポーツ枠で俺がこの会社に入るわけがない」
どうやって嶺敷入ったというのだ。
「もしかして、縁故採用ってやつですか??」
「『えんこ』って何?? あんこの類か?? そういえば、最近見つけた和菓子屋さんの大福がおいしくて……」
「あんこの話じゃないです!! 会社にいる知り合いに頼んで入社したのかって訊いているんです!!」
「嶺敷のような一流会社に、俺様の知り合いなどいるはずがないだろう!!」
きっぱりと否定する先輩。
一般試験でもなく、スポーツ枠でもなく、縁故採用でもない。
あと、考えられる入社方法といえば……
「先輩、ダメですよ。採用者にワイロを贈ったりなんかしたら」
思いつくより先に口に出してしまう。
「ワイン?? おいおい、何で俺がワインを送らなければいけないのだ!!」
本当に大丈夫か、この先輩。
「ワインじゃなくて、ワイロですよ、ワイロ!! 袖の下!!」
「は?? 何で俺がワイシャツの袖の下の方だけを採用者に贈らねばならぬのだ?? メガネフェチとか、スーツフェチとかならいざ知らず、ワイシャツの袖の下フェチなんて聞いたことがないぞ」
真剣なまなざしでこちらを見てくる先輩。
ダメだ、この人。
ワイロという言葉も知らない上に、袖の下をワイシャツの袖の下の方だと勘違いしている。
「ワイロでもないとすると……はっ、まさか、替え玉入社!?」
私の知らないところで、悪の道に足を踏み入れたんですね、先輩!!
「替え玉?? 何の話だ?? ラーメンか??」
替え玉受験も知らないのかい!!
この先輩、何なら知っているんだろう……
「それなら、どうやって入社したんですか??」
「それは……その……」
言い淀むトッシー先輩。
「やっぱり悪いことして入ったんですね?? 人事部を脅迫したんですか?? 」
「悪いことなんかしてない! 実力だ!! ……多分」
「多分って何ですか?? 実力なら実力って言い切ってください!!」
「ほら、俺、昔から運だけはすごくいいだろ?? 運で受かったんだよ、運で。運も実力のうちだというからな」
そんなバカな……といいかけて、その言葉を飲み込む。
運か……
そういえば、この先輩、昔からバカでドSなのに、どんなにピンチな状況になっても、悪運だけで乗り切るんだよな……
あまりにも悪運が良すぎて、一時期、『一事が万事塞翁が馬』からとって、『塞翁先輩』なんて呼ばれたりもしていたっけ。
おそらく、たまたま試験日に道すがら助けたおじさんが社長だった……とか、そういうオチだろう。
昔から軽いノリで、仕事は何もできないヒモ男みたいな性格だったけど、悪い人ではないからな。
「なるほど、わかりました。先輩は運だけでこの会社の平社員になれたということですね??」
「見くびるなよ!! 俺は平社員なんかじゃない。今年度からこの会社の部長だぞ!! 部長!!」
部長だと??
高校生時代のバスケ部の部長ではなく。
ここの会社の??
悪運だけで??
いやいや、職務経験を重ねているとか、経験がなくても実力があるならばいざ知らず、20代で実力もないトッシー先輩が、運だけで一流商社の部長になれるはずがない。
まとめ
トッシー先輩は、いい加減な上に頭も良くない。
トッシー先輩は、運だけは良い。




