第27話 名前
27話 話は進みます。
男性の名前が判明するお話です。
「大丈夫ですか??」
「大丈夫だけど、体で返すってどういう意味??」
私は吹き出してしまったご飯をティッシュでとりながら尋ねる。
「掃除でも、料理でも、洗濯でもなんでもします」
え??
それってつまり、私の家までついてきて、恩返しさせていただけませんか……ってこと??
段ボールが1つ片付いてはいないが、それ以外は誰かを招いても問題ない程度には片付いている。
片付いてはいるけれども、どうして、見ず知らずの男を家に入れなければいけないの??
タイプの顔と言われればタイプの顔だからちょっとくらい連れ込んでもいいかな……
いや、ダメだ。
人の優しさに付け込んで、家に侵入するタイプの新手の居直り強盗の可能性だってある。
家に入れた途端、包丁を出して、『お金を出せ』的な。
覆面強盗ならまだしも、すでに目の前の男性の顔は覚えてしまっている。
強盗の顔を知ってしまっては、命まで取られる可能性が高い。
よし、ここはやんわりと断ろう。
「それはちょっと困るかな……」
私は困ったような表情をわざわざつくって、断る。
ふふふ、この顔ならば、潔く諦めるに違いない。
「断られると僕が困ります。恩返しさせてください」
眉間にしわを寄せ、まるでネザーランドドワーフのような瞳でこちらを見てくる男性。
はぁはぁ、そんなウサギのような困った顔をされたら、恩返しをさせたくなっちゃうじゃないの。
……いやダメよ、ダメダメ。
落ち着け、落ち着くのよ、私。
新手の詐欺かもしれないんだから。
こういう時こそクールになるの。
「恩返ししたいといっても、私、今、何も困っていないのよ。困ったことがあればお願いするんだけど……」
「そんなことないはずです。僕には分かります。だって、貴女、今、明らかに困った顔をしていますもの!!」
困っているのは貴方が強引に家まで来ようとしているからだよ!!
届け! 私の思い!!
「どうしたんですか?? 僕のことをにらんで??」
どうやら、私の思いは届かないようだ。
「にらんではいないわよ」
「それなら教えてくださいよ、困っていること」
こうなってしまったら、他の作戦を考えるまで。
ひらめけ、ひらめけ、ひらめけ、ひらめけ…………ひらめいた!!
目の前の男性にお酒を飲ませて酔い潰させればいいのよ。
簡単、簡単すぎるわ!!
私の本業は秘書。
ただの秘書じゃないわ。
年商2位の超一流会社の一流秘書なの!!
今までソフトドリンク1杯でどれだけ場を盛り上げてきた経験もあるのよ!!
そう、経済はもちろん、アイドル・野球やサッカーのスポーツ・おいしい飲食店・バズったSNS動画・話題のドラマやアニメ・音楽・車・お笑い・プラモデル・パチンコ・競馬・競艇・ボートレース・温泉・サウナにまで幅広い分野の勉強をして詳しくなった私に死角などなし。
今はマイナーなスポーツ、『タンブリン』が趣味の社長さんとの飲み会でさえ、場を盛り上げた経験があるんだから。
もしも、仮に趣味が分からなかったとしても、『さすがです』・『知らなかったです』・『すごいです』・『センスありますね』・『そうなんですね』の『さしすせそ』の5つのワードで乗り越えることもできるはずだ。
とにかく、太鼓持ちをして、相手を良い気分になってもらって、一口だけでもお酒を飲んでもらえばいいのよ。
お酒を一口でも飲ませてしまえば、酔いつぶすことも可能。
酔いつぶせば、この男性から逃げ切れる。
家に入れて掃除だの料理だのさせるなんて絶対にさせないんだからね!!
そうと決まれば、趣味を訊ねよう……
「困っていることを言う前に、自己紹介しましょう」
「そういえば、まだでしたね、自己紹介」
「私、『金子加奈』と言います」
しまった。
本名を伝えてしまった。
偽名を使えばよかった。
こういう時に性格が出ちゃうよね。
こうなったら名前以外のことは絶対に教えないぞ。
特にどこに住んでいるかは絶対に。
「『理論』と言います」
男性は私に告げる。
リロン??
苗字が李で、名前が論なのだろうか??
あるいは、『理論』という珍しい苗字なのだろか?? 『理論 淳』的な。
苗字が『理論』は聞いたことがない。
トッシー先輩みたいに、リロン君というあだ名とか??
まさか、偽名でホスト特有の源氏名じゃないだろうな??
「りろんって、苗字なんですか??」
「苗字じゃなくて名前です。名前を訊かれたので、名前を答えました。苗字のほうが良かったですか??」
『もちろん、苗字のほうが良いわ。私はフルネームを教えたんだから』という言葉を飲み込む。
『苗字のほうが良かったですか??』と確認までしてきたということは、何か苗字が言えない理由があるのだろう。
ここで、『はい、そうです、苗字を教えてください』なんて答えたら、険悪な空気になってしまう恐れがある。
もしも、無理に苗字を訊いて、これ以上空気を悪くしてしまったら、趣味を訊く前に、自分の殻に閉じこもってしまう可能性もあるぞ。
耐えるのよ、私。
「いえいえ、なんて呼べばいいか分からなかったから名前を尋ねただけなので」
私はふーっと何度か深呼吸してから、答える。
「そうだったんですね。別にフルネームを教えても良かったのですが」
「大丈夫ですよ。なんと呼んだらいいか分からなかっただけですから」
『フルネームを教えても良かったんかい!!』とツッコミそうになるのを私はぐっと我慢する。
「理論と呼んでください」
「初対面の方を呼び捨てにするのは忍びないので、理論さんと呼んでもいいですか??」
恋人関係でもないのだし、大人になってさすがに呼び捨ては良くないだろう。
「ええ、どうぞ。ボクは金子さんと呼んでもいいですか??」
屈託のない笑顔でこたえる理論さん。
「もちろんです」
私は名前呼びで、理論さんは苗字呼びとか、すごく不公平ではあるけれど。
今はしかたがない。
追い追い理論さんと打ち解けることができれば、苗字もおしえてくれるはずだ。
まとめ
ついに理論が登場しました!!




