第23話 居酒屋・虹
23話 話は少しだけ進みます。
加奈と男性が『居酒屋・虹』でご飯を食べるお話です。
おお、ここが、『居酒屋・虹』か。
不思議野 邦乃ちゃんが紹介してくれた外観の通りのお店があった。
混んでいるかと思ったが、まったく混んでいなかった……って、おかしいだろ!!
サプライズとはいえ、邦乃ちゃんが紹介したんだよ!?
邦乃ちゃんのファンがSNSで居酒屋・虹の情報を共有すれば、もっと混んでもいいはずじゃないか!!
まあ、まだ売り出し中だから、邦乃ちゃんのフォロワーは少ないから、仕方ないかもしれないけど。
いや、待て。
そもそも、視聴率が0%に限りなく近いニュース番組なのだ。
0%に限りなく近いニュース番組に邦乃ちゃんがサプライズ登場したことに、数少ないファンが気づかなかった可能性は大いにあり得る。
ニュース番組を観た邦乃ちゃんファンは、私だけだった可能性もあるのだ。
うう、もしも、今朝のニュースを観たのが私だけなのだとしたら、この居酒屋・虹で邦乃ちゃんと同じポーズで自撮りしてSNSに拡散したい。
邦乃ちゃんファンから『良いね』がたくさんもらえるだろう。
だがしかし、今は空腹で倒れそうな男性を抱えている。
一刻も早く居酒屋に入って、ご飯を食べさせなくては。
下手をしたら、私が肩を貸している最中にお腹がすきすぎて野垂れ死ぬなんてこともあり得るのだから。
ずっと無言だから、本当に死体になっていないか心配だし、死体を運ぶのはごめんだ。
私は勢いよく扉をあけた。
「いらっしゃいませ!!」
「あの2人なんですけど、大丈夫ですか??」
居酒屋に入った瞬間に、若い女性店員は眉をひそめた。
え??
何で眉をひそめているの??
「まさか、完全予約制とかですか??」
「いえ、そうではないのですが、お連れ様が……」
お連れ様??
私は隣の男性に顔を向けた。
私が支えていない男性の左半身は力が抜けていて、めちゃくちゃ傾いている。
「あ、この子、おなかがすいて動けなくなってしまったんですよ。それで力がでなくてうまく立てていないんです」
「大丈夫ですか??」
「もちろん、大丈夫ですよ」
男性は今にも死にそうな顔をしながら、さわやかな声でこたえた。
顔と声が一致していない!!
さっきの元気はどこに行ったの??
「どうぞ、こちらの席へ!!」
男性の異様さに気づいた女性スタッフは急いで、席まで案内してくれた。
女性スタッフは、向かい合う二人掛けの席。
椅子の右から座ったほうがはやいというのに、わざわざ椅子の左から席に座る男性。
わざと遠回りをしたのか、それとも、礼儀を重んじた??
……いや、そんなことはまずは後回しだ。
私も椅子の左側から席に座る。
「こちら、お通しのポテトサラダとウーロン茶です。ご注文ありましたら、机に備え付けてあるタッチパネルでお願いします」
おお、ポテトサラダ、おいしそう。
お通しのせいか、ピンポン玉くらいの量しかないけれど。
「いただきます」
男性は割り箸を横にして、天井と床とに引きはがすように割ろうとするのだが、まったく割れない。
「もしかして、割り箸、割れないんですか??」
「おなかがすきすぎて力が出なくて……」
どれだけおなかが空いているんだ、この男。
「あ、でも、おなかがすいているなら、まずは慌てずにウーロン茶を少しずつ飲んでください。急に固形物を食べると胃痙攣をおこすことがありますから」
そう、お腹がすいて倒れた時は、すぐに食べ物を食べてはいけないのだ。
「お姉さん、すごい知識ですね」
男性は感心しながら、私を褒める。
もっと褒めてくれてもいいんだよ……じゃない。
「私を褒める暇があったら、まずはウーロン茶を飲んで」
「分かりました」
私の勧め通り、ウーロン茶を飲もうとする男性。
だがしかし、ウーロン茶の入ったコップを握りながら微動だにしない。
「どうかしましたか??」
「すみません、コップが持てません」
は??
コップが持てない??
「えっと、それって……」
「おなかがすきすぎて、重くてコップが持てません」
いやいや、コップに入っているのって、350mlくらいだよね??
1mlが1gとしても350g。
コップが150gだとしても合計500g。
その重さが持てないってどんだけおなかが減っているんだよ??
「それならお行儀が悪くなりますが、自分の顔をコップに近づけてみては??」
「ナイスアイディアです!!」
私の勧めにより、男性はコップに口をつけるのだが、また固まってしまった。
「どうしました??」
「すみません。口が届かないです」
確かに、コップに口をつけただけで、飲めない。
「ストローを頼みましょうか??」
ぐー。
私の質問に男性のおなかが返事をした。
うん、ストローを頼んでいる間にこの男性が倒れても厄介だ。
瞬時にそう判断した私は、男性のコップを手に取り、男性が飲みやすいようにコップを傾けた。
「ゆっくり飲んでください」
そういいながら、少しずつ上へ上へと傾けるとごくりごくりという音が聞こえた。
「気分はどうですか??」
ウーロン茶を机に置いてから、男性に訊ねる。
「ありがとうございます。どうやら、胃けいれんは起こしそうにないですね」
「それなら、少しずつポテトサラダを」
そう言いながら男性に割った箸を差し出す。
「了解です」
男性はうなずいて、少しだけポテトサラダをつまむとまたもフリーズした。
まさか……
「すみません、ポテトサラダがとれないです」
いやいやいや、ポテトサラダがとないわけないじゃないか。
多分、10gもないよね??
『それなら、皿に口を近づけたらどうですか??』と言いそうになって、口を噤む。
さすがに、ポテトサラダを犬食いさせるわけにもいかない。
「はい、あーん」
私は男性から箸を奪い取ると、ピンポン玉くらいの大きさのポテトサラダを男性の口に運んだ。
これはいわゆる一つの、『カップルがあーんするという甘いひと時』……じゃない。
これは間違いなく、介護っ!!
「ありがとうございます」
男性は一礼してから、差し出されたポテトをよく噛んでから飲み込む。
きちんと嚥下しているので、大丈夫そうだ。
「ふう、生き返った!!」
「それは良かったです」
え??
この量で??
ピンポン玉の大きさほどのポテトサラダだよ??
小食なのか??
いやいや、小食と言えども、さすがに私よりは食べるでしょ。
この程度の量で満足するはずがない。
遠慮しているのか??
まとめ
加奈と男性、『居酒屋・虹』でご飯を食べる。




