第21話 拾う
21話 話はやっと少しだけ進みます。
加奈が人命救助をしようとするお話です。
さて、黄昏時のこの時間帯に、社宅まで近道をするべきか、遠回りをするべきか……それが問題だ。
近道をするとなると、薄暗い上に人通りの少ない公園の中を通らなければならない。
私のようなうら若き乙女が1人で歩くには危険だろう。
遠回りをするとなると、街灯がたくさんあり、人通りも多いが、公園の外周をぐるりと周ることになるので3倍以上かかってしまう。
体力はあるから遠回りして走っても良い感情と、309号室の人に挨拶ができるかもしれないから1秒でもはやく帰りたいという感情が自分の中で戦いあっている。
リスクをとるべきか、時間をとるべきか……
もしも、309号室の人がいるのだとしたら、1秒でも速くついた方が良いな。
そう判断した私は、すぐさま公園の中を早足で突っ切ることにした。
『どうか、変質者にあいませんように!!』
心の中で念じながら歩いていると、大きな木の下に箱らしきものが目に入ってきた。
暗いから判別がつきにくいが、これは……段ボール??
そうだ、段ボールだ。
段ボールの口は開いていて、何も入っていない。
何で段ボール??
よくよく段ボールを見てみると、側面には『拾ってください』の文字が極太マジックで書かれていた。
成人男性もすっぽり入りそうなほどの大きな箱ということは、大型犬でも捨てたのだろうか??
ああ、ウサギが捨てられていたら、絶対に拾ったのに……
それにしても、令和の都会で、公園に犬を捨てる人がいるんだな……
おっと、今は一刻も早く、公園から出ないと。
その時、ふわりと私の真上からヒモのようなものが落ちて来た。
落ちて来たヒモに目を凝らす。
これはミサンガ??
何で上空から落ちてきたの??
疑問に思っていると、『どっしーん』という音が背後からした。
何の音だ??
びっくりして振り返ると、段ボールから人間の脚が出ていた。
1秒前まで段ボールの中には誰もいなかったのに、何で今は、人間の脚があるの??
まさか、人間の脚だけ空から落ちて来たのだろうか??
変死体か??
いやいや、飛行機やヘリコプターが飛んでいるわけでもなかったんだ。
おそらく、大きな木の上にいて、落ちたに違いない。
恐怖よりも好奇心がほんの少しだけ勝ってしまった私は、段ボールへと恐る恐る近づく。
段ボールの中には、脚だけでなく、顔も胴体もすべてがあった。
全身はまるでお風呂に入るかのようにすっぽりとはまっている。
側面に書いてある『拾ってください』の文字が目に入ってきた。
これは、『捨て犬』ならぬ、『捨て人間』なのだろうか??
拾って家まで連れ帰ってもいいのだろうか……って考えている場合か。
おそらく、人が木から落ちてたまたま木の下にあった段ボールにすっぽりとはまってしまったんだ。
ケガをしている可能性が高い。
落ち着け、落ち着け、私。
私はできる秘書なんだ。
秘書たるもの、目の前で人が倒れたならば、人命を助けなければならない。
もし、この人を助けたら、人命救助で救急に表彰されるだろう。
表彰式をニュースに取り上げられたら、会社の知名度がぐーんと上がって、会社からは認められ、上司からは頼られるに決まっている。
頼られるって、快……感……!!
……なんて思っている場合じゃない。
人命救助が優先だ。
はやく助けないと。
えっと、まずは意識があるかどうかの確認。
「大丈夫ですか??」
私は倒れた男性に駆け寄りながら声をかける。
「…………」
返事がない。
意識がない時は周りの人を呼ぶんだよな。
「すみません!!」
私は大声で手を挙げながら叫ぶ。
誰からも返答はない。
近くの誰かに救急車とAEDをお願いしようと思ったのに。
仕方ない、1人で対処しなければ。
まずは息をしているかどうかを確認してと。
私は自分の記憶の中にある、倒れている人がいた時の対処マニュアルを思い出しながら、男性の口に耳を近づける。
音を聞く限り、呼吸はしていなさそうだ。
呼吸音だけでなく、おなかに手を当てても確認ができたはず。
すぐさま男性のお腹の上に手を置く。
動いているようには思えない。
もし、息をしていなければ、人口呼吸をしなければならないの。
ここで人工呼吸をすることになったら、私のファーストキスは倒れているこの男性ってことになってしまうわ。
そんなの絶対にイヤ。
お願い、少しでもいいから動いて、おなか。
私の祈りが届いたのか、男性のお腹は少しだけど膨らみ、少しだけしぼんだ。
どうやら、呼吸はしているようだ。
すぐさま脈も取る。
正常に動いているようだ。
「もしもし、分かりますか??」
私は地面を叩きながら確認する。
すると男性の目が少しだけ開いた。
「大丈夫ですか??」
私の問いかけに男性は答えなかったが、男性の瞳が私の姿を映し出した。
「大丈夫ですか??」
もう一度男性に訊ねると男性はまばたきをした。
どうやら意識はあるようだ。
意識があるなら、119番に電話だ。
頭を打って脳に異常があるかもしれないし。
私はスマホをトートバッグから取り出した。
「……お…………」
私が今まさに119番をしようとした時、男性は何かをつぶやいた。
私は耳を男性の口元に近づける。
「…………おなかすいた。食べ物を」
「おなかがすいているだけですか?? 空から降ってきたみたいですが、ケガはありますか??」
私は男性の体を揺らさないように、外傷がないかをスマホの光で確認しながら尋ねた。
「ケガはないので、救急車は呼ばなくていいです。食べるものをください!! 食べ物を!!」
執拗に食べ物を要求する男性。
新手の寸借詐欺とか、かつあげの類かもしれない。
もしも詐欺の類なら、もうこの男と関わってはいけない。
常備している非常食のゼリーだけ渡して帰ろう。
私は持っているトートバッグの中に手を突っ込む。
あれ??
ない??
そうだ、お昼に食べたんだった。
なんというバッドタイミング。
まとめ
加奈が人命救助しようとします。




