第15話 お菓子
15話 話はまったく進みません。
トッシー先輩がお世話になっている秘書課にお菓子を持ってくるお話です。
「おつかれさまです、瀬尾部長」
仕事中だというのに、すぐさま中断して、席を立ち、トッシー先輩のところまで歩いていきお辞儀をする小山課長。
心なしか、課長のほおがいつもより赤い気がする。
「お疲れ様です」
「秘書課に訪問する予定は入っていないみたいですが、何か急用でしょうか??」
小山課長の言葉に、私はすぐさま、スケジュールを見た。
確かに、トッシー先輩が訪問することにはなっていない。
何をしに来たのだろう??
秘書課の全員が同じ疑問を持ったのか、空気が重くなっている気がする。
いや、違う。
空気が重いというよりは、『ピリピリとした緊張感に包まれた』と表現した方が適切だろう。
こんな軽いノリのトッシー先輩を恐れる必要なんかどこにもないのに、どうしてみんなピリピリしているのだろうか??
トッシー先輩が部長で偉いから??
いや、他の部長が入ってきた時はこんなにピリピリしていなかった。
他の部長とトッシー先輩とでは何かが違うのか……ああ、そうか。
他の部長は予定を入れてから秘書課に訪れていた。
でも、小山課長が言うには、トッシー先輩の訪問予定はなかった。
予定も入れずに秘書課に来たということは、トッシー先輩は歓迎されざる訪問者。
突発的な仕事が入ってくる可能性があるから、みんなピリピリしているんだ。
謎は全て解けたぞ。
「急用ではないのですが、お礼を伝えようと思いまして」
「お礼ですか??」
小山課長は訊き返す。
「ええ、そうです。小山さん、金子さんを貸していただき、ありがとうございました」
「お礼なんてわざわざいいですのに……」
「いえいえ、今回の件に限らず、秘書課の皆様には、日ごろからお世話になっていますから、きっちりとお礼をさせてください」
「痛み入ります」
お辞儀をする小山課長。
その所作がとても美しかった。
私も見習わねば。
「良かったら、これ、どうぞ!!」
そう言いながら、白い箱を渡そうとするトッシー先輩。
「ありがとうございます。ただいま、課の皆様にお配りしますね」
最敬礼をして、白い箱を頂戴しようとする小山課長。
「俺がお礼をするのに、小山課長のお手を煩わすわけいにはいきません。俺が全員に配ります!!」
遠目だから見えにくいが、どうやら、トッシー先輩は、箱からなにか白い物体を出して手渡しているようだ。
全員と言っているところを見ると、小山課長だけに渡すものではなく、秘書課11人全員に手渡すということか。
トッシー先輩は秘書課が年功序列の席順だということは承知しているようで、目の前の小山さんに渡した後、席が奥の方にいる人の順に配っている。
ん??
どうやら、みんな、『ありがとうございます』とお礼しながらもらっているけれど、どう対応していいか困っているみたいだ。
確かに、先輩が持ってきたものを受け取ってしまったら、また急に手伝いに駆りだされてしまうからな。
今日の私みたいに。
できればトッシー先輩のプレゼントは受け取り拒否したいが、先輩は部長なので、むげに断ることもできないという葛藤があるのだろう。
ピコン。
右下に、小山さんからのチャットが届いたようだ。
『緊急・秘密』という1文目だけチェックできた。
緊急で秘密ということは、きっと、トッシー先輩に対してだろう。
トッシー先輩に細心の注意を払って、メールを開けなくては。
「金子さん!!」
チャットを開こうとした瞬間、後ろから声をかけられたので、すぐさま、キーボードのショートカットキーでパソコンをスリープモードにした。
「どうしたの、金子さん。そんなに慌てて??」
「いや、慌ててなんかいないですよ」
「それなら、何でそんなに手をばたばたさせているの??」
「あ、これはそう、瀬尾部長に急に話しかけられたのでびっくりしただけで慌てているわけではないです」
「あ、そうなんだ。ところで、今、誰かとチャットしていたよね?? もしかして、急ぎの返信だった??」
まずい、緊急で秘密のチャットを見たというのか……
……って、待て待て。
チャットの内容は私も見ていないのだ。
私の背後にいた先輩に見られるわけがない。
ここはごまかし一択だ。
「そんなことないです。ほら、今はスリープ画面ですよね?? つまりは急ぎの返信ではなかったのです」
私は自分のパソコンのディスプレイを指さし、何とかごまかす。
「本当だ、スリープ画面だ。ということは、今、お前は仕事をさぼっていたということか??」
「違いますよ。瀬尾部長がわざわざ一人ひとりに何かを配っているのに、仕事をし続けていたら印象が悪いじゃないですか。だからスリープモードにしたのです」
少しだけ早口になってしまったが、言い訳に聞こえていないだろうか……
「そっか、そっか。わざわざ仕事中断してくれたんだね。それなら、これどうぞ、金子さん」
トッシー先輩は微笑みながら、白とピンクの和紙のような紙に包まれた物を差し出してくる。
良かった、言い訳には聞こえなかったようだ。
「ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言うのはこちらの方だよ。今日は手伝ってくれてありがとう、金子さん」
トッシー先輩のお礼の言葉に私はキュンとしてしまう。
人にお礼されるのって、最高!!
私、頼られている……って感じがするもの!!
しかも、部長にだ。
だがしかし、『いえいえ、どういたしまして。いつでも頼ってくださいね』……などと言おうものなら、トッシー先輩のことだ。
毎日私をあてにしてくるだろう。
頼りにされるのはうれしいが、それでもしも本業の秘書の仕事がおろそかになれば、本末転倒だ。
査定で、トッシー先輩の手伝いばかりをして、マイナス評価されたらたまったものじゃない。
下手をすれば支店に異動なんてこともあり得る。
それならば、『別に、あなたにお礼を言われてもうれしくないんだからね。それよりももっと計画的に仕事を進めなさいよね』……と注意すべきか??
いや、ダメだ。
相手は上司。
しかもここは秘書課。
もしも私がそんなことを口にすれば、『上司に説教をする超生意気な秘書』の烙印を押されてしまうだろう。
「恐れ入ります」
薬にも毒にもならない言葉で切り抜ける。
「良かったら、食べてくれ。きっとおいしいから」
おいしいというからには食べ物なのだろう。
和を重んじたシンプルな赤と白の格子柄の包装。
うちの会社の既存の製品の包装ではないことは確かだ。
おおきさは、縦・横・高さが5cmほどの正方形で、和菓子が入っている確率が高いな。
もしかしたら、新商品か??
トッシー先輩の方を見ると、キラキラした目でこちらを見てくる。
ははーん、やはりトッシー先輩は新商品を持ってきたんだ。
そして、新商品の味の感想がすぐにでも訊きたいから、わざわざ秘書課まで
遅いお昼休みの後、まだ一度も休憩をとっていないし、先輩の持ってきてくれた食べ物をいただいて休憩を挟みますか……
まとめ
トッシー先輩が秘書課にお菓子を持ってくる。
加奈、お菓子をもらう。




