第9話 エレベーターor階段
9話 話は全く進みません。
エレベーターを使うか、階段を使うかの討論するだけです。
「きちんと謝罪もされたことだし、それじゃあ、エレベーターに乗ろうか、金子」
「分かりました」
私はトッシー先輩の後を手もみしながらついていく。
エレベーター乗り場にはすでに100人ほどの人。
さすがは大企業。
ラッシュ時になるとこんなにも多くの人が乗るんだね。
確か、1つのエレベーターにつき、最大15人が乗れたはず。
15人乗りのエレベーターが8台稼働しているわけだから、すぐに乗れるだろう。
でも、100人乗っても大丈夫なエレベーター、欲しいよね。
それなら、1回でここにいる全員が乗れるのに……
「遅番の時間なのに、エレベーター混んでいるんですね」
半年前に来た時はこれほどまでに混んでいなかったので、私は瀬尾先輩の耳元で他の人には聞こえないようにささやく。
「秘書課が早・普・遅システムを導入してから、それをそのままを取り入れる部署が最近増えたんだよね」
「そうなんですね」
早・普・遅システムとは、部署内で1日の勤務を早番・普通番・遅番の3つに分けるシステムだ。
早番の人が8時から17時まで勤務をし、普通番の人が9時から18時まで勤務をし、遅番の人が10時から19時まで働くことになっている。
このシステムが取り入れられる以前は、『上役の方々が出社する9時より早く出社して、上役の方々が帰社する18時より遅く帰社しなければならない』という標語があり、毎日秘書は8時から19時以降まで長時間労働を強いられていた。
つまり、毎日8時から19時まで働いて2時間の残業があるのは、当たり前の業務。
加えて、もしも19時以降も上役が残業をしてしまった日には、秘書課の人も交代で残業をしなければならなかったのだ。
今までは毎月、長時間残業労働基準法違反とギリギリの攻防で回避していたらしいが、ギリギリの状態が慢性化していたために、労働局から指導があったらしく、早・普・遅システムが導入されたのだ。
結果的に、早番は仕事が残っていなければ、17時退社。
遅番に当たっていても、基本的には役員の方々は定時で帰るので、19時の定時で退社が多いらしい。
つまりはほぼ毎日がノー残業デー。
ああ、なんて酷いシステムなの、令和の働き方改革!!
働き方改革って『定時で仕事を切り上げるシステム』じゃなくて、『多様で柔軟な働き方を労働者が選ぶことができるシステム』なんでしょ??
残業が嫌いな人もいれば、私みたいに残業が好きな人だっているのに……
それなのに、残業できるかどうかはいつの間にか上司に握られてしまった。
定時か残業かの与奪の権利を奪われてしまったのだ。
いやさ、確かに、簡単な仕事に時価をかけて給料泥棒している人も中にはいるよ??
でもさ、大半の人はそんなことしないよ。
それにさ、給料残業するってことはさ、つまりは必要とされているってことなんだよ??
必要とされているってことはさ、孤独を感じないってことなんだよ。
つまりは今一番私に不必要な権利なんだよ。
「何、一人で涙を流して感動しているんだ?? まさか、俺と再会できたことに感動しているのか?? 罪な男だ、俺は!!」
本当に心に響かないセリフだ。
頭が悪いのに、自意識過剰のナルシストだから、モテないんだよ。
「いえ、遅番システムがなければ、毎日残業できるのに……と思ったらつい涙が出てしまいました……って、先輩は部長ですよね?? 部長なのに今日は遅番なんですか??」
「いや、別に早起きが苦手だからって、部長権限で遅番にしているわけじゃないんだからな」
「へー、そうなんですね」
あ、これ、早起きが苦手だから、部長権限で遅番出勤してやがるな……
「信じてないだろ??」
「信じていますよ。先輩も私のようにたくさん働きたいんだと」
「何?? 金子、働きたいの??」
「当然です!! 会社でなら24時間戦えます!! 某栄養ドリンクなしで!!」
「出た。生まれる時代を間違えた令和の異端児。ホワイト企業の時代にあっていない発言」
トッシー先輩はひいている。
「今が昭和なら、私の天下です」
「あのな、令和の時代、みんな残業を望んでいないんだ。そういう言葉は昭和時代に戻ってから言えよ」
「タイムスリップはできないので、私と先輩で嶺敷グループをブラックな会社に染め上げませんか??」
「ちょっと静かにしようか。俺の部長権限でお前をクビにするぞ」
「宴会部長権限ですか??」
「ああ、そうだ」
宴会部長の権限でどうやって秘書課の私を辞めさせるんだろう??
いや、待て待て。
トッシー先輩に権限がなかったとしても、ここはエレベーターの待合場所。
小さな声で話したけど、トッシー先輩と私の話を聞いていた偉い人もいるかもしれない。
「冗談でしたが、言っていい冗談と悪い冗談がありますよね。すみませんでした」
今度は周りにも聞こえるように、先ほどよりも少しだけ大きな声で謝罪をした。
「分かればいいんだ」
謝罪後、私はちらりと腕時計を覗き込む。
針は9時30分をもうすぐさすところだ。
「腕時計をじっと見つめて、どうしたの?? もしかして、良い時計だねって褒めてほしいとか??」
私は子どもか。
どうして腕時計を褒めてほしいからってじっと見つめなくちゃならないんだよ。
「先輩、階段使いませんか??」
「階段?? 更衣室にでも寄るのか??」
「寄りませんよ」
男子更衣室は2階、女性更衣室は3階にある。
確かに、更衣室に寄るのなら、エレベーターを待たずに階段を使った方が速い。
エレベーターの奥に乗ってしまうと、出るのも一苦労だし。
だがしかし、私も先輩も大きな荷物は持ってきていないし、すでにオフィスフォーマルの格好をしているので、わざわざ寄る必要はないじゃないか。
「それなら何で階段を使おうとしているんだ??」
『実は、今日、エレベーターに一人で乗っていたら寂しくなってしまったからです』……なんてことは口が裂けてもいえない。
「まだ10時まで時間的に余裕があるので、階段を上りませんか……って提案をしているんです」
「何、その怖い提案??」
「怖いとはどういうことですか?? 別に怖い話の方の怪談をしたつもりはないですよ」
怪談と階段をかけたつもりなどまったくない。
怖いことなどあろうか……いや、ない。
「怖いだろ。あのさ、秘書課の職場は38階だし、俺の職場に至っては40階だよ?? 分かってる??」
へー、トッシー先輩の職場は40階なんだ。
あれ??
40階は広報部じゃなかったっけ??
まあ、いっか。
「分かっていますよ」
私はうなずく。
「その距離を登れと??」
「直線距離で言えば、天井までを1階のフロアが3メートル計算でも、3×40で120メートルの高さです。高校時代、朝練前からバリバリ1日4キロを走っていたトッシー先輩なら余裕ですよね」
「そっかー、そうだよな……って、俺が納得すると思ったら大間違いだからな。平地の4キロと上り坂120メートルは全然違うし、今は俺、現役高校生じゃないから!!」
ちっ、だまされなかったか。
トッシー先輩のくせに。
まとめ
トッシー先輩は早起きが苦手なので、会社に遅くきている。




