19.どうやら王太子殿下に愛されていたようです
――――3年後
バルテッド王国、ディートハルトの私室にて。
――――パァン!
勢いよく日記を閉じたロゼリアは、うるさいくらいに鳴る心臓を抑えるように胸元をぎゅっと握りしめた。
「――――っ、何、これ⋯⋯」
ディートハルトの気持ちを知りたくて、悪いとは思いながら日記を読んでしまったロゼリアだが、書かれていた内容に驚愕した。
ロゼリアがディートハルトを認識するずっと前から、書き連ねられていたロゼリアへの想い。
いつも見ていたのかと思う程知られていたロゼリアの好みや言動。⋯⋯ちょっと変な行動まで把握されていたのはかなり恥ずかしいが。
あの唐突な求婚も、ディートハルトからすれば唐突でもなんでもない。ただ、一歩を踏み出した結果なのだと知った。
それから――――ディートハルトはコリンナではなく、最初からずっと、ロゼリアを求めてくれていたこと。望んでくれていたこと。
赤いチューリップも、花言葉を知っていて――――想いを伝えたくて――――渡してくれていたこと。
日記が進むにつれて多くなる「愛してる」の言葉――――
「そ、んなの⋯⋯言ってくれたこと、なかったじゃ、ないですか⋯⋯」
胸が苦しい。心臓の鼓動がうるさい。
でも、幸せで――――涙が出てきた。
「――――ロゼリア?」
不意に、部屋の扉から声がした。
そういえばロゼリアは、資料を取りにディートハルトの私室に来たのだと思い出す。
つい日記を読みふけってしまっていたので、戻らないロゼリアを心配して来てくれたのかもしれない。
「ディートハルト様⋯⋯」
「どうした、泣いているのか?!」
本を抱えて涙を流すロゼリアを見て、駆け寄ってくるディートハルト。
――――今まで、どうして気づかなかったのか。
ディートハルトは、いつもロゼリアに優しくしてくれていたのに。少し遅くなるだけで心配して迎えに来てくれるくらい、大切にしてくれていたのに。
「何故泣いて――――」
「ディートハルト様っ」
「――――?!」
ロゼリアはディートハルトに抱きついた。内気で臆病なロゼリアが普段なら絶対にしない行動。
「ディートハルト様⋯⋯」
しかし、勢いがよかったのは行動だけで、言葉は上手く出てこなかった。
――――今までずっと、姉の代わりだと思っていた。望まれていないと思っていた。
勝手にいつも姉と比べて、出来損ないだと卑下して、ディートハルトの優しさまでも、本来は自分が受け取るものではないと、遠慮してしまっていた。
(わたくしは、バカでした)
コリンナだって何度も言っていた。「ロゼリアはディートハルト殿下に愛されているわ」と。ディートハルトのことをよく知る姉の言うことを信じればよかったのに、何故、よく知りもしない者の嘲笑ばかりを信じてしまったのだろうか。
今ロゼリアの中には、ディートハルトに申し訳なく思う気持ちと、ディートハルトを愛しく思う気持ちが溢れてきていた。
この気持ちをどう伝えればいいのだろう。
信じていなくてごめんなさい?
勘違いしていてごめんなさい?
あの日記の内容はディートハルト様の本当のお言葉ですか?
「どうした?」
ディートハルトが、優しく頭を撫でて顔を覗き込んでくる。
口数が多くない彼がしてくれる触れ方で、これが一番好きだった。溢れた想いを誤魔化す為にこれが好きだと言ったけれど、あれから彼はよく撫でてくれるようになった。
まるで子どもを宥めているみたいだと、女性としては見られていないのだと思っていたけれど、今はロゼリアを想う確かな愛情表現に感じた。
手から伝わってくる温かさが嬉しくて、目の前のいつもと同じ端正な無表情の顔から僅かに熱を読み取れて⋯⋯自然と顔がほころんだ。
「⋯⋯えへ」
「――――っ!」
――――もっと素直に、自分の想いを口にすればよかった。
ぶわっとディートハルトの顔が赤くなったが、再びディートハルトの胸に抱きついたロゼリアは知らないだろう。
――――伝えたい言葉は決まった。
「ディートハルト様⋯⋯愛しています」
固まってしまったディートハルトの胸に頭を擦り寄せる。
ロゼリアは今日初めて、自分の気持ちを告げた。コリンナの代わりじゃない、自分の言葉で伝える偽りない気持ち。
「⋯⋯私もだ」
いつも通り口下手なディートハルトからの端的な返答。でも、不安には思わなかった。
「はい。嬉しいです、ディートハルト様」
ロゼリアは天使のような柔らかな笑顔で微笑んだ。