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17.蓋をする


 家に帰ったロゼリアは、早速薔薇とアイビーを部屋に飾った。


(ディートハルト様が贈ってくださったお花⋯⋯)


 ちょんっと赤い花弁をつつく。

 花がゆらゆらと揺れているのを見るだけで自然と顔がほころんだ。


 贈り主が分からなかった時は不気味に感じていた花が、今は愛おしくさえ見える。


 赤い薔薇の花言葉は『あなたを愛しています』『情熱』『熱烈な恋』


 アイビーの花言葉は『永遠の愛』『不滅』『死んでも離れない』



 きっと、花言葉で選んだわけではないだろう。花屋に立ち寄って、気まぐれに選んでくれたのだろう。


 でも、自分がディートハルトに愛されているようで、嬉しくなった。


(わたくし⋯⋯ディートハルト様に愛されたいんだわ⋯⋯)


 好きになっても辛いだけだと、必死に目を背けて来たけれど⋯⋯。



「⋯⋯ロゼリアお嬢様?」

「⋯⋯ひゃっ! は、はいっ!」


 ひょっこりと後ろからナギが顔を出した。驚いて僅かに飛び跳ねると、不思議そうに首を傾げられた。


「何かありましたか?」

「――――っ、な、何でもありませんっ」


 ぶんぶんと首を横に振るロゼリア。ディートハルトがこの場にいたなら無表情で『天使の薫風』等と思いそうである。


「この花、飾ったのですね」

「はい。ディートハルト殿下からの贈り物だったようです。差出人を伝え忘れてしまったのですって。⋯⋯殿下にもそのような可愛らしい面があるのですね」


 ロゼリアは思わずふふっと笑ったが、ナギは何故か眉間に皺を寄せた。


「⋯⋯嬉しそうですね。殿下からの贈り物だからですか? 贈られてきた時は『なるべく目に付かない所に』と言っていたのに」

「ま、まぁ、そうですね」

 

 かあぁ⋯⋯と顔を赤くするロゼリア。贈り物は何を贈られるかよりも、誰から贈られるかが重要だ。ディートハルトからだから、こんなにも嬉しいのだろう。


(⋯⋯ナギだったら、相談に乗ってくれるかしら⋯⋯)


 ナギは幼い頃から侯爵家に仕えてくれている。歳が近いので話しやすく、感覚的には友人に近い。


 溢れそうな想いともどかしい感情を誰かに零したかったのもある。


「ナギ⋯⋯あ、あの⋯⋯聞いてくれる⋯⋯? わ、わたくし、ディートハルト様を――――」

「やめた方がいいです」

「⋯⋯え?」


 懸命に言葉にしようとするが、ぴしゃりと遮られた。


「やめた方がいいです。あの方を好きになってもお嬢様がお辛いだけですよ。ロゼリアお嬢様が愛されるはずないじゃありませんか」

「それは⋯⋯」

「今まで、コリンナお嬢様が誰かに求められることがあっても、ロゼリアお嬢様が誰かに求められたことはありますか?」

「⋯⋯」


 無い、と心の中で呟く。

 何でも出来て明るく社交的で美しい姉は、ロゼリアの憧れであり――――劣等感を抱く対象だ。


 どこに行っても、ロゼリアはコリンナのおまけで、いらないもので。


 コリンナが人の輪に入ると周りも華やぐのに対して、ロゼリアが人の輪に入ると皆困った顔をするのだ。


 自分はコリンナのようにはなれないが、代わりにでも、僅かにでもロゼリアが求められたのが嬉しくて、受けた婚約話。


 その上でディートハルトが好きだなんて、図々しいのだろうか。


「どんくさくて、何をやるにも時間がかかって、友人も少なくて、本の世界に引きこもってばかりいて、愛嬌もない。殿下の婚約者ということは王太子妃、のちの王妃にもなるんです。――――お嬢様には無理ではないでしょうか」


 主人に対して酷い言いようだが、ロゼリアに反論する言葉は無い。


 自分でもいつも同じことを思っているのだから。


「⋯⋯そう、ですよね⋯⋯」


 侯爵家の娘としてそれなりの教育を受けてきているし、身に付けてもいる。だが、自分よりも姉の方が優れているのは誰の目にも明らかである。


「ええ。もっと相応しい相手を見つけるべきです。もっと一緒にいても気負わないような、貴女に釣り合う――――」

「?!」


 ふいに俯いていた顔を上げさせられた。ナギの顔が目の前にある。


「ナギ?」


 真剣な瞳に何故だかぞわりと悪寒が走る。幼い頃から知っているナギとどこか違うような――――


「は、離してくださいっ」


 手を振り払い距離を取る。ナギはさして気にした風もなく肩をすくめた。


「お嬢様が幸せになるのが一番だと言う話です」

「⋯⋯でも、お姉様はイシス様と結ばれて幸せそうです。⋯⋯求められたのがわたくしなのですから、わたくしは、わたくしの役目を果たしたい⋯⋯そう、思います」


 たとえ、この婚約がコリンナの代わりなのだとしても、コリンナの代わりとしてロゼリアが求められたのは事実で、これはロゼリアにしか出来ない役回りなのだろう。


 それなのにロゼリアの心はディートハルトに惹かれている。もっと自分を見て欲しいと、触れて欲しいと思ってしまう。


(⋯⋯この感情はよくありませんね)


 こんな感情を抱いても決して幸せにはなれない。姉の事が好きな人を想っても辛いだけ。


 早く、早く、この感情に蓋をしなければ。


「無理しないでくださいね。自分を殺して誰かの代わりとして生きるなんて、辛いだけですから。ボクはずっとお嬢様のそばにいますから」

「⋯⋯はい」


 感情が溢れ出ないように胸の前で手を握りしめた。





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