13.手を繋ぎたいようです
ルペリオ暦629年8月6日
今日の天気は晴天。日差しが少し強いが、雲ひとつない空は絶好のデート日和だ。
(よし、時間ぴったりだな)
シュタッフェル侯爵邸正門に馬車で乗り入れたディートハルトは、時計を見て一つ頷いた。
実を言うと、今日が楽しみ過ぎたディートハルトは、指定した時間の二時間前に王宮を出て、一度侯爵邸の前に着いたもののさすがに早すぎると思い、馬車でその辺をぐるぐると廻り、ついでに徒歩でもぐるぐると廻り、チラチラとロゼリアの部屋の方向を確認するという、変態行動を起こしている。
侍従のベッテルはそんな王太子を見て、医者に診てもらった方がいいのか本気で悩んだそうだ。
それはともかく、ロゼリアも既に外で待ってくれているようで、姿を見るだけで胸が高鳴った。
「おはようございます、ディートハルト様。今日はよろしくお願いいたします」
「⋯⋯ああ」
今日のロゼリアは、街を歩き回るのに動きやすいワンピースだ。淡いピンク色で胸元はレースがあしらわれた可愛らしいデザイン。
同じ色味のガルボハットには白い薔薇のコサージュが付いている。
(今日も可愛らしいな、ロゼリア。本当に天使のようにふわりと飛んで行ってしまいそうだ)
「⋯⋯」
「⋯⋯あ、あの⋯⋯今日の服はお姉様が選んでくださって⋯⋯その、普段はあまり着ない色で⋯⋯その⋯⋯」
心情的にはデレッデレで見蕩れているディートハルトだが、なにぶん表情に出にくいので、ロゼリアには無表情でただ見つめられているように見えたのだろう。
だんだんと声が小さくなり「⋯⋯似合いませんよね⋯⋯」と俯きながら言われた時はさすがに慌てた。
「そんなことはない」
(むしろ似合い過ぎている。やはり天使にしか見えない。こんな可愛いロゼリアと一日一緒にいられるとか、私の心臓が破裂しないだろうか。⋯⋯何はともあれ、コリンナグッジョブ!)
心の中でコリンナに親指を立てると、馬車の方を振り返った。
「行くか」
「はい」
今日のディートハルトには目標がある。
先日、ロゼリアとの距離が遠いとか、歩く時はエスコートしろとかコリンナに散々注意を受けたので、今日はちゃんと婚約者に見えるように、なるべく距離を近く、エスコートをし、手を繋いで歩くのだ。
ロゼリアの白く細い手に触れると思うと緊張するが、今日は頑張るのだと決意した。
(⋯⋯よし。まずは馬車に乗る時のエスコートを――――⋯⋯)
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ロゼ、」
「ロゼリア様、どうぞお手を」
「ありがとうございます、ベッテル」
中途半端に手を上げた状態で、ディートハルトは停止した。
「⋯⋯」
そのままベッテルの手を取り馬車に乗り込むロゼリア。少し緊張をはらんだ顔でお礼を言っていた。
(⋯⋯ベ、ベッテル! それ私の役なのだが!)
確かに僅かにもたついたが、その僅かなもたつきで王太子の優秀な侍従はロゼリアをスマートにエスコートした。
うぐぐ⋯⋯と小さく唸ったディートハルトは、まだチャンスはあると、馬車に乗り込んだ。
「綺麗な街並みですね」
「ああ」
ハーク街に着いたディートハルトとロゼリアは、馬車を降りて散策中だ。
ハーク街は景観を重視している街で、建物の色は白と決まっており、数年に一度住民が壁に石灰を塗り直してこの景観を保っている。
ゆったりと歩きながら、時おり目に付いた店に入る。いろいろな商品を見ながら楽しそうにしているロゼリアを隣で見るのが幸せだった。
⋯⋯ちなみに、未だに手は繋げていない。
馬車から降りる時はやはりベッテルに遅れをとり、その後は「これが終わったら」、「この店を出たら」とズルズルと勇気が出ないままだ。
「デザートもとても美味しかったですね。連れてきてくださってありがとうございます」
「ああ」
カフェで軽食をとるロゼリアは幸せそうで、デザートのチーズケーキを食べる時は「濃厚⋯⋯」と嬉しそうに目を細めていた。
そんな可愛い彼女を間近で見れたことが嬉しくて、だらしない顔にならないようにするのが大変だった。
(⋯⋯よし。食事も食べたし、また街を歩くのだから、今度こそ手を――――)
「ロゼ――――」
「うわあぁぁぁん!!」
「?!」
勇気を振り絞ろうとしたところで、目の前を走り抜けた子どもが大きく転んで泣き始めた。
「⋯⋯⋯⋯大丈夫か?」
「⋯⋯うぅ、⋯⋯びゃあぁぁぁあ!」
子どもの前でしゃがんで手を差し出すと、一瞬泣き止んだその子どもは、ディートハルトの顔を見ると再び泣き出した。
(な、何故だ?! 私の顔が怖いのか、そうなのか?!)
泣きわめく子どもを前にショックを受けていると、隣にしゃがんだロゼリアがふわりとした仕草でハンカチを差し出した。
「大丈夫? ほら、泣かないで」
(天使っ! 子どもに向ける慈悲深い視線と差し伸べた救いの手は確実に天使。いや、むしろ女神? 聖母の可能性もあるな。何にしてもロゼリアが神々し過ぎる⋯⋯)
「うっ、ぐずっ⋯⋯」
そのまま子どもの傷の手当をしてあげるロゼリア。
「痛かったわね。もう大丈夫よ。⋯⋯お名前は?」
「うん⋯⋯、ヴィル」
「ヴィル、今日はお母さんやお父さんと一緒に来たの?」
「うぅ⋯⋯ぐすっ、お母さぁん⋯⋯」
また泣き始めたヴィルをロゼリアがあやしながら聞き出したところ、ヴィルはハーク街の隣町に住んでいて、母親と一緒に来たのだがはぐれてしまったらしい。
「それは困ったわね。じゃあ一緒に捜して――――」
「ロゼリア、それならここで母親を待つ方がいい」
「え?」
ここハーク街は、建物に統一性があり美しいのだが、逆にどこに行っても似たような景色なので、慣れていない者だと迷いやすいのだ。
そして、この街は今いる中央広場から円形に東西南北の区画で区切られ広がっているので、慣れていない者が他の区画に行く時は迷わないようにこの中央広場を経由する。
なので、ヴィルの母親がこの広場を通る確率が高いので、闇雲に捜しまわるよりも、ここで待っていた方がいいと伝える。
「お詳しいのですね」
「⋯⋯まぁな」
輝く紺色の瞳が眩しく、思わず視線を逸らす。
ちなみに、ディートハルトは今日のデートで道に迷うなんてことはあってはならないと、大通りから小道まで全て把握済みである。
「⋯⋯それから、先程自警団にも迷子の子どもがいるとベッテルに知らせてもらったから、母親が見つかればここに案内してもらうように言ってある」
「ありがとうございます⋯⋯。じゃあヴィル。ここで一緒にお母さんを待ちましょうか」
「うん。⋯⋯お姉ちゃんも一緒にいてくれる?」
「もちろん」
ヴィルはすっかりロゼリアに懐いたようだ。ロゼリアの手を握り嬉しそうに見上げる。
「ん」
「ありがとうございます」
「お兄ちゃん、ありがと!」
ロゼリアとヴィルに買ってきたジュースを手渡すと、ヴィルの隣に腰を下ろす。
「お姉ちゃん、さっきのお話続きして!」
「ええ。⋯⋯えっと、どこまで話したかしら⋯⋯?」
「お姫さまが竜にさらわれたところだよ!」
「そうだったわね。⋯⋯お姫様が攫われたことを知った王子様はお姫様を助けに行くの――――」
ロゼリアは物語の語りきかせを行っているらしい。ロゼリアの落ち着いた声で語られる物語は耳に心地よく、ずっと聞いていたいと思う。
――――それにしても、とディートハルトは思う。
(⋯⋯ヴィルのやつ、先程からずっとロゼリアの手を握っているな。羨ましい。私もその手を握りたかった⋯⋯⋯⋯ん?)
「竜は巨大化して大暴れして――――」
物語が怖いシーンに入ったからだろうか、ヴィルがディートハルトの手も握ってきた。
ヴィルを挟んでロゼリアとディートハルトが繋がる。
「⋯⋯」
(⋯⋯これはもしや、間接手繋ぎか?)
ロゼリアの温もりは一切感じないが、ヴィルを通してどことなくロゼリアを感じる気がする。
悪くないなと思うディートハルトは、今日の目標の『婚約者に見えるように』を忘れているのだろう。




