12.デートに誘いたいようです
エルシア学園は一ヶ月程の夏季休暇に入った。愛しのロゼリアに会えなくなる期間であるが、今年は婚約者という大義名分を得たので、思い立ったが吉日と、急遽シュタッフェル侯爵家を訪れた。
出迎えてくれたのはコリンナだった。
「ロゼリアは今支度中ですので、もうしばらくお待ちくださいませ」
「ああ。いきなり訪ねたのはこちらだ、いくらでも待とう」
出された紅茶を頂く。アールデン地方で栽培されている茶葉だろう、香りが高く濃厚な味わいである。
「本日はどうしてこちらへ?」
「⋯⋯近くを通りかかった」
当然ロゼリアに会いたかったからだが、揶揄われそうなので、それを口にするのはやめた。
「⋯⋯あ。学園が休みになってしまってイチャつけないので、家でイチャつこうという魂胆ですわね。⋯⋯部屋の扉は開けておいてくださいね?」
「違う」
にまりと笑ったコリンナを軽く睨みつける。
閉ざされた部屋でロゼリアと二人きりなど、ディートハルトの心臓の方がもたない。
「ちなみに、ロゼリアの部屋は二階の東側奥から二番目ですわ」
「そうか」
ちゃっかり部屋の位置は記憶する。
東側の奥から二番目ならば、外観から見たらあの辺りか⋯⋯と当たりを付けるディートハルトは、ここ一年のストーカー生活でだいぶん頭がやられている。
「さすがに私室の覗きは許容出来ませんからね?」
「ふごッ、ゲホッ⋯⋯ケホっ⋯⋯⋯⋯す、するわけないだろう」
紅茶にはむせたが、動揺を隠し「無」の表情を作る。
(ん゛ッ?! バレてる? バレてるのか?! ⋯⋯いやいや、私がロゼリアを密かに観察していることはバレてはいない⋯⋯はず。頼むからバレていないでくれ⋯⋯)
「窓から女性の私室を覗くなどそれこそストーカーの所業だろう。私はそんなことはしない」
「え? いえ、ロゼリアを待ちきれなくて部屋まで行って扉から覗かないようにと言ったつもりですが。⋯⋯窓からは犯罪でしょう」
(墓穴掘った⋯⋯。なんで私は真っ先に窓から覗くことを思い浮かべたんだ?!)
もう余計なことは言わないようにしようと口を噤むと、可笑しそうに笑われた。
「⋯⋯っ、ふふっ⋯⋯」
「⋯⋯なんだ」
不機嫌に問うと、コリンナは咳払いをして姿勢を正した。
「⋯⋯いいえ、なんでもございません。⋯⋯殿下、もう一ついいことを教えてあげましょうか」
「⋯⋯」
なんだかコリンナのペースに乗せられている気がする。若干警戒しつつ視線で続きを促すと、彼女はいつもの淑女らしい微笑みを浮かべた。
「先程から殿下が口にされている紅茶は、ロゼリアのお気に入りなのですわ。濃いめのそのお茶に甘いケーキを組み合わせるのが好きなのですわ」
ぱあっとディートハルトの纏う空気が明るくなる。自分と紅茶の好みが似ていることも嬉しいし、また彼女とやりたいことが増えたのが嬉しい。
「甘ったるい程のお菓子をその紅茶と一緒に口に入れると無限に楽しめるのだと、いつも幸せそうにしております。可愛いらしいでしょう?」
「⋯⋯ああ」
今度お茶に誘う時は、この紅茶と甘いケーキを準備しようと決める。幸せそうに食べるロゼリアを想像するだけで頬が緩んだ。
「⋯⋯機嫌が直ったみたいでよかったですわ」
「⋯⋯」
ロゼリア情報一つで機嫌が直るなど、我ながら単純だとは思う。
すると、ゴトッという物音と共にシルバーの美しい髪が揺れるのが見えた。
「ロゼリア!」
何故か踵を返そうとしていたロゼリアを呼び止めると、困ったように眉を下げながらカーテシーを行った。
「ディートハルト様⋯⋯いらっしゃいませ」
「ああ。急に押しかけてすまない」
(今日のドレスは空色なのだな。ロゼリアの天使の雰囲気によく合っている。緩く三つ編みされたその髪型は初めて見るな。可愛い。ロゼリアはどんな髪型でも似合う。今日のロゼリアも可愛い)
頭の中がロゼリアで埋め尽くされたディートハルトは、ロゼリアの表情が落ち込んでいることに気づいた。
体調が悪いのかと聞けば、「いいえっ! あっ、いえ⋯⋯はいっ!」と言う返事が返ってきた。
どっちだと思い、じっと観察してみる。すると、じわじわとロゼリアの顔が赤くなっていくので、熱があるのではないかと予想した。
「⋯⋯触れても?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ」
ロゼリアの前髪を上げて額に触れる。
(⋯⋯ふむ。顔は赤いが熱はなさそうだ。しかしこれから上がってくるかもしれないし要注意だな⋯⋯⋯⋯ん?)
「⋯⋯」
「⋯⋯」
目の前には、驚いたような顔で頬を上気させて見上げてくる天使。
(ロ、ロゼリアに触ってしまっているっ?!)
体調を心配するあまりに無意識に触れていた。意識した途端、身体中の熱が上がってくる気がする。
「⋯⋯熱はなさそうだな」
「は、はい⋯⋯」
手汗は大丈夫だったかと心配しつつ手を外す。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯少し、話すのは大丈夫か?」
「は、はい⋯⋯」
むず痒い空気に、いつの間にか消えていたコリンナ。ディートハルトは覚悟を決めて、ソファーに座った。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯久しぶりだな」
「え、あ、はい。5日ぶりぐらいでしょうか⋯⋯?」
早く結婚したいなと、ディートハルトは思う。
たった5日会えないだけで、もう何年も会っていないような気分になる。好きだと言う自覚もなく、ただ見ていただけの昨年はここまでじゃなかったのにと自嘲する。
「⋯⋯ハーク街に新しく出来たカフェがあるのだとか」
「そうなのですね」
「ハーク街にはオシャレな雑貨屋や服屋、本屋もあるそうだ」
「素敵ですね」
「⋯⋯今度、ハーク街に行こうと思う」
「はい。行ってらっしゃいませ」
「⋯⋯」
「⋯⋯?」
この前、イシスやコリンナ、その他の者たちから王都付近のデートスポットをリサーチした。
ロゼリアと二人での外出に誘うなど初めてで、とても緊張している。核心的な言葉が口から出にくいのはディートハルトの悪いところである。
「⋯⋯い、一緒に⋯⋯行かないか⋯⋯」
拳を握りしめて絞り出すように言葉を紡ぐと、ロゼリアはきょとんとした顔で瞬きをした。
「――――⋯⋯え?」




