日本って知ってる?
彼女の容姿。その容姿から放たれる、流暢な日本語。彼女の口から語られる、魔法。
僕の知っている世界とは、違いすぎる。これを説明するためには、やはり、異世界であると、結論付けるしかない。いや、願望でもある。異世界であってほしい。
「日本って知ってる?」
「二ホン? なにかの名前ですか? たべものでしょうか? 甘いものだったら、わたし大好きです!」
日本語を話しているのに、日本を知らない。これは、明らかにおかしい。
異世界であるのか否かの確認作業中だったのだが、甘いものが好きだという彼女の言葉で思い出す。
制服のポケットをガサガサと漁っていると、やはりそれは存在していた。
「これ。サンダースってチョコのお菓子なんだけど、あげるよ」
「甘いですか? これがたべられるんですか? なんだか、はしの方がギザギザしてて、たべるときに痛そうです……」
「このまま食べるんじゃなくて、こうやって、パッケージ開けて中だけ食べるんだよ」
「すごいです! 甘いものが汚れないように、まもってたんですね! でも、たべていいんでしょうか? リオさんもおなかすいてるようですし……」
「倒れてるところ助けてもらった上に、パンまでもらって、こっちの方が色々してもらってるんだから、全然良いよ! こんなもので喜んでくれるんだったら!」
チョコレートのお菓子を手に取ったリリーは、小さな口で、それを頬張ると、幸せそうににっこりと笑ってみせる。
「甘くておいしい~です! わたし、こんなにおいしいものなんて初めてたべました! でも、よかったのでしょうか? ほっぺがおちるくらいおいしいものなので、とても高いんじゃないですか? わたしなんかが、たべていい値段じゃなかったら……あわわわ……!」
「全く問題ないから、気にしないで!」
「そうですか……? リオさんが問題なければ、いいんですが……わたし、心配性で……家もすぐなくなっちゃうので……」
「家が……なくなる……?」
確かに、すぐに壊れてしまいそうな、こじんまりとした家だが、災害でもない限り、家が無くなってしまうことなどあるわけが――――。
と、余裕をかましていたら、涼しい風が右から左に吹き抜けていく。
涼しいという表現は、流石に間違えたと思うので、予め謝っておきたい。
何故なら、光の届かない薄暗い小屋の中にいたはずのリリーと僕だったが、今ではとても明るい青空の下にいるのだから。
小屋の壁と屋根が強風によって、真上に吹き飛ばされてしまった。
あまりにも急な出来事で、なんで、僕と彼女だけが飛ばされずに済んだのかは分からない。
そして、リリーの家を壊した本人であろう人物が、横に立っていた。
「オレはさあ、国防の為に国境付近をこうして見回っているわけだが、そこに変な小屋が建ってたら、そりゃあテロリストが潜伏してるんじゃないかって思うわけよ。でもさあ、壊してみたらさあ、なんで、いっつも、てめーがいるんだよ!! コリンズ!!」
初対面なはずなのに、なんで、いつもいると責められるんだ、と思っていたが、すぐに、僕ではなく、リリーが言われていると気が付く。
彼女は怯えた様子を見せるわけでもなく、男に笑顔を向けながら、話しかける。
「いつもお世話になっています。サムさん!」
「お世話してねえよ! 毎回、家ぶっ壊してるだけ! てか、名前で呼ぶのやめろ! てめーとはそんな仲じゃねえ!」
「わたしは、サムさんとは仲良くしていきたいです!」
呆れるように溜息を吐いて頭を抱える男。彼女の言っていた通り、瞳の色も、髪の色も赤い。
赤髪を実際に見たことがないので、まじまじと見つめていると、男と目が合った。
「なんだ、こいつ? テロリストか? もしかして、てめー、匿ってやがったのか!?」
「リオさんはテロリストじゃないですよ! 甘いお菓子をくれた、とっても素敵な人です!」
「餌付けされてんじゃねえか!」
「わたし、食べ物なんかで釣られたりしないですよー!」
「ふーん……」
男がポケットから取り出したのは、丸い飴玉のようなもので、それを見るや否や、リリーは涎を垂らす。
「ここにお菓子があるわけだが、釣られたりしないんだよな?」
「ううっ……ひどいですー……」
やれやれとばかりに、丸いお菓子を彼女に差し出すと、彼女は美味しそうに頬を膨らませた。
どうやら、悪い人ではなさそうなのだが、彼女がお菓子に夢中になっている内に、こちらに目を向ける。
「おい! てめー!」
終始、怒った様子の男が今度は、僕に話しかけてくる。
怒られるのは嫌なので、大人しく言う事を聞こうと思っていた時、男は急に胸倉を掴んできて、睨みつけてきた。
これは怒られる以上に殺されてしまうのではないか、という考えが頭を過ぎったが、抵抗する手段はないので、大人しくテロリストとして殺されてしまうのだろう。そう思っていた。
「どうして……どうしてこんなところに……?」
男は顔を俯けながら、ボソボソと呟いたが、殺されると思って完全に思考停止している自分には、何を言っているのか分からない。だが、それ以降の様子がおかしすぎて、頭のモーターは段々と動き始める。
胸倉を掴んでいた手をそっと緩めて、その場で膝をつく。
靴紐でも解けたのかと思ったが、人を殺そうという時に、そんな事はしないだろう。
何か凶悪な兵器を下から繰り出してくるのかもしれないと、身構える。
「取り乱してしまい、申し訳ございませんでした。ですが、この国は本当に危険です。私のパートナーである兵も近くにおります。どうか、早く、この場を離れてください」
顔を俯けたまま、片足だけ膝を立てた状態の男は、丁寧な口調で謝るのと同時に、忠告してきた。
何を言っているのか、本当に分からない上に、殺そうとしていると思っていたので、完全に頭の中が混乱していた。
勿論、口を開くことも叶わず、沈黙していると、男が顔を上げて、訝しげな表情で、僕の方を見てきた。
「どうしたのですか? 私を覚えてませんか……? この国に潜入するために、髪を赤く染めあげ、眼の色も紅くした、サミュエルです! リオ王子! お忘れですか?」
「……王子……?」
「そうです。あなたはこの国の隣国、フィッシ王国の王子、リオ・フェルナンド・フィッシです。違いますか?」




