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マタギの孫をなめんなよ!【書籍化】  作者: ハーーナ殿下
【下界 グラニス伯爵領】の章

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41羽:グラニスの男たち



「い、一撃だと……」


「圧倒的だ……」


 闘いが終わり闘技場は静まり返る。


 誰も予想しえなかった結果に言葉を失っていいたのである。


“たった一合の打ち合い”


 グラニス伯爵家の領主の座を賭けた決闘が、その一瞬で決まってしまったのだ。



  ◇



 下界の騎士同士の一騎打ちの決闘は、普通は長丁場である。


 互いに防御力の高い金属鎧と騎士盾を装備し斬り合うために、なかなか有効打を与えられるものではない。


 フェイントや牽制で相手の体を崩し相手のスタミナを消費させてから、弱点である結合部を狙い致命傷を与えるのが一騎打ちでの戦法である。


 故に騎士同士の戦いは、とにかく時間がかかるものであった。


“グラニス当主の座を賭けたこの戦いもある程度の時間がかかる”と誰もが予想をしていた。


 それが開始早々の“一撃”での打ち合いで終局をむかえてしまったのだ。


   ◇




「くっ、小僧……」


 敗者として片ひざつき最初に発したのは歴戦の騎士ワルターであった。


 利き腕の健を切断され愛用の大戦斧を吹き飛ばされ、既に戦闘不能の状態である。


 辛うじて命はあるが、利き腕の健をここまで破壊されたなら、もう二度と自慢の戦斧を持つことは出来ないであろう。


 それはこの武国グラニスの騎士にとっては死を意味していた。


「貴様はいったい……」


 自分を見下ろす、幼いが鋭い眼光の甥に気圧されながらワルターはつぶやく。


「僕は、レオンハルト……レオンハルト・グラニスだ」


 ワルターの目上で勝者として剣を構えていたのは少年騎士レオンハルトであった。


 だがその両眼には幼さには似つかわしくない鋭い光……そう野生の獣の様な燃えさかる火が宿っている。


 つい数日前まで……いや、この決闘が始まる前までは無かった鋭い覇気を全身に帯びながら。




  ◇



「おお、凄い!ねえ見ていた?《獅子姫》ちゃん!少年騎士くんが勝っちゃったよ!」


 その一瞬の激闘を闘技場の最前席で見ていた《魔獣喰い》ことオレは、激しく興奮し隣の席の《獅子姫》に一方的に話しかける。


「まさか勝っちゃうとは……」


 何しろ下馬評ではレオンハルトは圧倒的に不利とされていた。体格も経験も全てにおいて劣っていたから仕方がないけども。

 


・・・

 

 思い出しても、先ほどの勝負は開幕当初から動いた。

 

 決闘の開始早々、重装備の巨漢騎士ワルターは猛牛のようにレオンハルトに突撃していく。


 左手に大型の騎士盾を持ち、右腕には破壊力のある大戦斧を構えてだ。


「あいつ早いぞ!」


 思いがけない素早さにオレは思わず言葉を発していた。


 ワルターは重厚な金属鎧で全身を被っている、とは思えない程の俊敏な突撃をする


 レオンハルトが例え左右や背後に回避したとしても、素早いワルターはあっとう間にまた追い付くであろう。


 更に逃げ回ったとしても、最終的には闘技場の石壁に追い詰められ肉の塊に変えられていたであろう。


「騎士戦闘術というやつか……」


 レオンハルトのその窮地に、オレは思わず毒づく。


 ワルターのとった戦法は面白味のない戦い方であったが、自分の体格や鎧や盾の特性を上手く利用した理にかなった騎士戦闘法であった。


「少年騎士くん、そのままだと危ない!」


 観覧席にいたオレは思わず叫んでしまった。


 だが極度の集中状態に入っていたレオンハルトは、ワルターの大戦斧を振り降ろした突進を誰もが想像していなかった方法で倒したのだ。



・・・



「見たか、先ほどのレオンハルト様を。あのワルター卿の大戦斧を剣で吹き飛ばしたな……」


「ああ……私もこの目で確かに見た。信じられことだが、あの細身の騎士剣で、力のみで打ち勝っていた。」


 自分の周りにいたグラニスの兵士たちも、我に返りオレと同じように先ほどの激戦を思い返している


 兵士たちの言葉の通りであった。


 レオンハルトはどこにも逃げることもせず、真っ正面での“力の比べ合い”で巨漢ワルターに打ち勝ったのである。


 それは騎士剣術でも何でもない、単純な腕力と膂力りょりょくの勝負であった。


「そして、ワルター卿の大盾を使った強打を……」


「ああ、レオンハルト様が剣で受け流した思った次の瞬間には、ワルター卿を倒されていた。目にも止まらぬ一撃だったな……」


 兵士たちの話は続く。


 まさかの戦斧を吹き飛ばされながらもワルターは、左手の巨大な盾を武器として使いレオンハルトに攻撃を繰り出した。


 圧倒的な膂力りょりょくから繰り出されるその破壊力から、普通の騎士なら受け止めた腕の骨すら砕ける恐ろしい威力であろう。


 だが、その大盾の一撃すらもレオンハルトは受け流し剣で反撃したのである。


(でも正確には少年騎士くんが放ったのは“二撃”なんだけどね……)


 グラニス兵士たちの会話に心の中でそっと補足する。


 兵士たち目が見逃すのも無理はない。


 それほどまでにレオンハルトの放った剣撃は早く、そして鋭いものであったのだ。


「《獅子姫》ちゃん、凄かったね……少年騎士くん」


 一瞬の攻防で圧倒的な力を繰り出したレオンハルトに、再度にわたり賛辞をおくる。


(それにしても少年騎士くんはいつの間に、あんなに強く……)


 思いもよらない圧倒的な展開に出会った頃を思い返す。



・・・・・



 最初に彼を助けてあげたときは、気が強いだけの幼い少年騎士であった。そして“霊薬”を求めて大村へと連れて行った。


(そうか、“制約の極印”か……)


 そんな頼りないレオンハルトが激変した出来ごとを思い出す。


(神官ちゃんに“開印”してもらってから、雰囲気が変わったな……)


 少年騎士くんは生まれた時から“制約の極印”という術を受けていたという。


 精霊大神官の婆さんの話では、レオンハルトが赤子の頃に災いから守るための加護の術の一種らしい。


 それによりレオンハルトの体内の精霊の流れが乱れ、その力を出し切れなかったとのことだった。


 制約を大村で解除してもらい、彼は本来の力を引き出せる様になったのかもしれない。


(これがレオンハルトの本来の力だったいうことか。でもこの力はまるで、“森の民”の……)


 レオンハルトの全身から溢れ出す覇気に、オレは思わず息を飲む。それは森の腕利きの戦士が放つ雰囲気にも似ていた。



「ねぇ、《獅子姫》ちゃん、少年騎士くんって本当はさ……」

「《魔獣喰い》よ、どうやら闘いはまだ終わっていないようじゃ」


 三度目の話しかけで《獅子姫》がようやく答えてくれる。


 だが彼女の口調は険しい。


「あれ?武装した兵士たちが闘技場の中へなだれ込んで行く」


 終局を迎えていた闘技場に、不穏な動きがおきる


 完全武装の兵士団がレオンハルトとワルターのいる中央部へ、次々となだれこんで行ったのである。


「えっ、少年騎士くんが取り囲まれちゃったよ。何で……」


 そして信じられない事が起きた。


 戦いに正々堂々と勝ったはずのレオンハルトが、槍で完全武装の兵士の集団に包囲されてしまったのである。



  ◇



「その紋章はベール王国の正規兵のものか。伯父上……いや、ワルター、貴様は神聖なる“血の決闘”を汚すのか!?」


 無数の槍に包囲されているレオンハルトが、兵士たちに救出されたワルターに叫ぶ。


「形勢逆転だな、小僧がぁ……お前には反逆罪の疑いがある。親書が王都からたった今届いたのだ。故にこの決闘は無効だ。お前を反逆罪として逮捕する」


 腕の健を斬られながらも、ワルターは貪欲な笑みで自らの勝ちを宣言する。


 このタイミングでそんな都合のいい親書と、王都の執行兵士が伯都に来るはずがない。


 恐らくはこれも無数に張り巡らせておいたワルターの陰謀の一つなのであろう。


 だが怪しいとはいえ王都からの親書であり、表立って逆らう事はできない。


「この決闘は無効になってしまうのか?そんなバカな……」


「だが執行官と王都の正規兵まで来ているのだ。これには逆らえまい……くっ」


 突然の出来ごとに、レオンハルトの勝利を祝おうとしていた観戦者たちも言葉を失う。


 自治権のある伯爵領とはいえども、ベールの条例では王都の勅使に逆らうことは出来ない。拒否権を持つのは当主のみ……この場合は代理のワルターしかいないのである


「くっ、だが……」


「よせ、聞こえるぞ……」


 完璧ともいえるワルターの策謀に、集まったグラニスの騎士や兵士たちは言葉を失う。ここで下手に王都の親書に逆らったなら、自分たちの未来は暗いものあろう。


 それは家臣や家族を養う者にとっては死の宣告と同じであった。


 これから執り行われるであろう、ワルターの悪政に誰もが下を向き唇をかむ。







「情けないぞ」


 誰もが静まり返っていた闘技場に、少年の声が響く。



「いつからこのグラニスは、ここまで従順になってしまったのだ?」


 声の主は中央部で包囲され窮地に陥っているレオンハルトであった。


 その声は凛としており誰の耳にも響く。


「僕の知っているグラニスの騎士は……いや、“グラニスの戦士”はこの大陸で最も猛きおとこたちであったはずだ」


 鋭い槍先に囲まれながらも意に介せず。


 レオンハルトはゆっくりと、そして静かにグラニスの男たちに語りかける。


「“武をもって全てを成せ”……いや、原文は違うな、“全てを力ずくで”だ!」


 そして彼は声をあげる。


「それが傭兵団時代からのグラニスの戦士の絶対的な誇りであろう!?主があれども何人にもここまではひれ伏せない魂が!」


 レオンハルトは叫んだ。


 力の限り。


 遥か昔、猛き誇りを胸に一介の傭兵団から成り上がってきた《グラニス興国戦記》に記された先人たちの言葉を。


「僕は闘う。グラニスの男の誇りにかけて!例えこの身がここで散ろうとも、最後まで剣を振るうことを諦めない。なぜならそれが幼いころ僕の憧れていた、グラニスの戦士たちの姿だからだ!」


レオンハルトの言葉に誰もが思い出す。


幼少の頃から兵士の鍛錬所で剣を振るっていたグラニスの嫡子の姿を。


その少年は生まれた時に施されてた呪術の悪影響で、思うように体を動かすことをできずにいた。


だが誰よりもグラニスの戦士たちが語る武勇談に目を輝かせ、そして剣を振るっていた。


力をもって全てを成し遂げたグラニスの男たちに憧れて。




「若さま……」


闘技場に集まったグラニスの騎士や兵士たちは唇をかみしめる。


 団長は伯爵の地位を授かり、古参の家臣たちも騎士としての爵位のも受けた。街に住みキレイな服を召して、飢えや寒さに怯えることも無くなった。


 だが彼らの心の奥底には決して消えることの無い“グラニスだましい”が刻まれていた。






「若の言う通りかもしれんな……」


「ああ、この“血の決闘”は何人たりとも遮ることは許さない。それがグラニスの掟だ」

 

 レオンハルトの熱い言葉に古参の騎士たちが震える。


 騎士となり正規兵となり、忘れかけていた荒ぶる魂を。


 これまでワルターの謀略と分かっていて、それを止める事が出来ないでいた近衛の者もいた。保身と化していた自分自身の情けなさに涙を流す者も見える。



「グラニスに栄光を……」


「武をもって自らの義を!」


「仲間の血は何よりも濃く!」


 血気盛んな若い騎士は叫び、そして誰からともなく観覧席から声があがる。


 その声は波紋となり、闘技場に集まった全ての男たちに伝わり共鳴する。




 レオンハルトの呼びかけで、グラニスの戦士たちは気付き思い出したのだ。


 何人たりとも飼いならす事のできない、自分たちの魂に刻まれた想いを。


 その波紋は歓声と広がり石造りの闘技場を地鳴りのように揺らす。



・・・・



「な、なんだと……」


「コイツ等……」


 執行官としてレオンハルトを包囲していた王都の騎士たちは、グラニスの男たちのあまりの熱気に気圧されていた。


 シナリオには無い想定外の出来ごとである。



「そこをどいてもらおう。ここからはグラニスの掟で解決する」


 レオンハルトは彼らにむかって言葉を発する。


 その覇気のある声に、取り込んでいた兵士は思わず道を開けてしまう。



“どかなければ斬られる”


 たった一人の少年騎士に、屈強な王都の猛者が気圧されたのだ。


 そして、誰からともなく王都の兵士たちはその二人から距離をとる。



 この場の主役であるレオンハルトと、そしてワルターと。



「ワルターよ。観念するのだ」


 完璧だと思っていた最後の策が破られ唖然としていたワルターに、レオンハルトは言葉を投げかける。


 既に立場は逆転していた。



「この小童め!貴様さえいなければ、全てが上手くいったものを!」


 自暴自棄になったワルターは腰の剣を抜き、不用意に近づいたレオンハルトに突然斬りかかっていく。


 その剣筋は利き腕とは逆の手とは思えないほど鋭い。


“両腕が利き腕”


 それは乱世を生き抜いてきたワルターの、秘策一つなのであろう。


「伯父上の武に敬意を表し!」


 だがレオンハルトは瞬時にそれに反応し反撃した。自らの血と力に覚醒した力がそれを成したのだ。


「うぐ……」


 ワルターの剣はレオンハルトのほほの皮を斬り裂いただけに終わり、逆にレオンハルトの剣先は鎧を貫通しワルターの急所を貫く。


 先ほどとは違い、今度は手加減のない無慈悲な一撃であった。


 今度こそ"血の決闘”に終焉をむかえるために。




「この……呪われし子め……」


 ワルターは甥であるレオンハルトにしか聞こえない、そう小さな声で最期の言葉を放ち絶命した。





「若さま……いやレオンハルト様の勝利に戦神マナリーの栄光を!」


「グラニスの新しい当主の誕生にこの剣と武を!」


「グラニスの戦士の魂に栄光を!」


 闘技場は割れんばかりの叫びがあがる。


 決着がついたのだ。






 

 こうして“血の決闘”終わりを告げる。


 レオンハルト・グラニスは自らの手により、グラニス領の当主の座を勝ち取ったのであった。






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