42羽:お家騒動の後始末
「おお、このふかふかの感触は……」
懐かし感触に思わず声がもれる。
皆さんどうも、《魔獣喰い》ことオレです。
最近はこれといった出番がなくご無沙汰していた自分ですが、皆さんはいかがお過ごしでしたか。
さて、挨拶もここまでで、今オレは質素だけども気品のある部屋の中にいた。文明ある応接室みたいな小部屋だ。
そこで感動しているのが腰を下ろしている椅子の感触にだ。
この異世界に転生してから感じたことの事のない、柔らかさと弾力性を兼ね備えた文明の長椅子。
……そうそこのあなた、また正解です。500キバをあげます。
“ソファー”。
グラニスのお家騒動がひと段落しオレは今、グラニス伯都の城内にある応接部屋のソファーに座っていたのだ。
「このたびは大森林の民のご尽力については感謝の――――」
この部屋ではグラニス領主と森の民“獅子姫隊”の幹部との間で、こんな感じの会談をしている。
「提案として……%▽▲F%92%88%☆C%EA%%%7C%96...」
とにかく政治的な感じの難しい話し合いだ。
「うむ、それについては――――」
こちら側は《獅子姫》が代表となり対応していた。
幼い頃から英才教育を受けていた彼女は、こういった外交交渉もそつなくこなす。さすがは《獅子姫》ちゃんだ。
(ふう……それにしても、あの決闘からあっという間だったな)
難しい会談から現実逃避、会話を右から左に聞きながらオレは感慨にふける。
◇
少年騎士くんことレオンハルトが、実伯父ワルターを決闘で倒したあの日から数日が経っていた。
無事に政敵を倒してレオンハルトや女騎士スザンナは歓喜に浸っていたが、その直ぐ後に待っていたのは膨大な事後処理の数々である。
何しろ本国であるベール王国から来た執行官を無視して、その目の前でワルターを打ち取ったのだ。
「グラニスの自治の為に我ら執行官も目をつむろう。だが……」
“血の決闘”が正式な効力を持つことが知られていた為にお咎めは無かったが、それでも女騎士スザンナが中心となり事後処理に走り回っていた。
副領主であったワルターの部下の処遇や、グラニスの騎士たちの今後の折り合いなど急ぐ人事案件は多い。
だがそんな中で悲観的な事ばかりではなかった。
「我ら家臣一同、若様に……いやレオンハルト様に今後は忠義を尽くします」
中立派であったグラニスの騎士はもちろん、ワルター派であった者たちも若き次期当主レオンハルトに忠誠を誓ったのである。
恐らくは闘技場でのあの演説が口コミとなり、グラニスの男たちの心に響いたのであろう。そのお蔭もあり大きな混乱もなく、グラニスの再編は執り行われている。
・・・・・・
吉報はまだある。
「その声はレオン……」
「母上……僕の顔が分かりますか?」
謎の眠りの病により意識を失っていたグラニス伯爵夫人……つまりレオンハルトの実のお母さんが目を覚ましたのだ。
大森林の大村で大神官の婆さんが調合してくれた“霊薬”が、その効果を発揮してくれた。
オレたちに随伴していた精霊神官ちゃんが、夫人の治療に当たっていてくれたことはもちろん言うまでもない活躍だ。
「これは……呪」
神官ちゃんの話では夫人は呪術の一種をかけられていたという。
精霊術で残像思念をたどって調べたところ“恐らくはワルターの差し金”という推測となった。だが今のところ物的な証拠もなく今後の調査の対象となる。
・・・・
「レオン……兄上を、いや逆賊ワルターを倒した“血の決闘”を見ていた。本当に見間違えた様に強くなったな……」
「父上も御無事で何よりです。」
同じように、グラニス城の地下室に軟禁されていたグラニス伯爵……レオンハルトの父親の救出にも成功した。
伯爵のその言葉から分かるが、こちらは先日の“血の決闘”の直前にその救出に成功していた。
「あの程度の警備や施錠など無きに等しい」
そう何事もなかったように救出の説明をしてくれたのは、《獅子姫》の護衛である黒ずくめのあの戦士である。
グラニス中が闘技場の決闘に注目している間に、数人の森の戦士と共に城の地下に侵入し、伯爵を救出して連れて来てくれたのだ
「多少は不自由であったが問題はない。むしろ日頃の贅沢食に比べたら身体がしぼれたというものだ」
伯爵はそんな冗談が言えるほど元気であった。
ひげが伸びやや頬がこけていたが、人知れず身体の鍛錬を日々忘れずに行っていたのであろう。武の国グラニスの当主として武のオーラを放つ騎士であった。
「レオンハルトは強くなった。流石はグラニスの男だ」
伯爵は満足そうにその言葉を何度も繰り返していた。
元々のレオンハルトは気が強いだけでどこか頼りないお坊ちゃまであった。
だがそんな息子が権謀と武に優れたワルターに対して一歩も退かず、最後には力をもって見事に成敗したのである。
実の父親にしたらこれ以上の嬉しいことはないであろう。
終始笑みを浮かべていた。
「父上、実は僕は大森林で、“制約の極印”を解術してもらった……」
だが、その報告がレオンハルトの口から出た時。
一瞬だけ眉をひそめたような気がした。
ほんの少しだけだったので、オレの勘違いだったかもしれない。
何しろその次の瞬間には目を細めて笑みを浮かべていたのだから。
「とにかくグラニス領内の治安回復を最優先だ。隣国もいつ攻めてくるともかぎらない。城の宝物庫の財を含めて出し惜しみはするな!」
グラニス伯爵と息子のレオンハルト、そしてレオンハルトの元に団結したグラニスの騎士は復興のために全力を尽くすことを誓う。
このようにお家騒動で荒れていたグラニスは、元の豊かな領地へと戻る見通しがついた。
◇
「あっ、痛っ」
いきなり足に激痛がはしる。
隣に座る《獅子姫》がオレの足の甲を思いっきり踏んだのだ。
でもそのお蔭でオレは現実世界へ戻って来られた。
(あっ、会談中か……)
そういえばオレはまだ、ふかふかソファーがあるグラニス城の応接室にいたのだ。
「しっかりするのじゃ副長よ」
上の空であったオレに気づいた彼女が、怒って踏んできたのであろう。
何しろオレは“獅子姫隊”の副隊長だからな。
「あー、ふむふむ、なるほどね」
とりあえず聞いていたふりをする。
「であるから%▽▲F%92%88%☆C%EA%%%7C%96...」
「そうじゃの……」
相変わらず《獅子姫》とグラニス伯爵たちが難しい話し合いをしていた。もはやちんぷかんぷんである。
下界と森の民の言語は同じはずなのにおかしいな。
更にオレは現代日本で義務教育を受けていたのに何故であろう。
オレの読解力の亜空間っぷりの原因は未だに解明されていない。
いつか誰かに解明してもらおう。
(ん?でも、話し合いもどうやら終わりに近いかな。感じ的に)
オレがいつもの回想に浸っている間に話し合いは終盤に差し掛かっていたようだ。
有り難い。
「……そういう訳でよろしく頼むぞ、レオンハルトよ」
話がまとまり《獅子姫》は若き次期伯爵レオンハルトに挨拶する。
「今回はグラニスの正規の騎士も皆さんに随伴するので安心してください、“獅子姫”様……それから“魔獣喰い”」
と、レオンハルトはいきなりオレの名を呼び握手を求めてくる。
「お、おう、こちらこそよろしく」
状況がよくつかめていないが、条件反射で握り返す。
本当は何も聞いていなかったのだが、それを悟られないようにする高等技である。
「それでは今すぐ準備をいたします。早速に伯都を直ぐに出発しましょう」
レオンハルトの近衛騎士であるスザンナは、部下に命じて出発の準備を指図する。
かなり急ぎの案件なのであろう。
その言葉が合図になり誰もが席を立ち忙しく動き始める。
なんか、とても緊張感がある。
「《獅子姫》ちゃん……ちなみにどこに行くの?」
状況がつかめず気まずいなってきたオレは、隣にいた《獅子姫》に小声で尋ねる。準備もなにも、どこに誰が行くのか把握していないのだ、オレは。
「《魔獣喰い》よ、相変わらずじゃの。これより我々“獅子姫隊”は “直轄地ザクソン”に行くのじゃ」
呆れた口調で教えてくれる。
「えーっと“ザクソン”と言いますと……」
ここ数日でよく聞く単語で一ケ所だけ心当たりがある。
だが一応聞く。
「もう忘れたのか? 大森林を出た最初の村じゃ。そこが今日から我らの民の直轄地となったのだ」
既に呆れを通り越し《獅子姫》は口元に笑みを浮かべる。
きっとこれからの出来ごとを心の中で楽しみにしているのかであろう。何しろ争いと荒事が大好きな剣姫だから。
「えーと、下界に……直轄地が……??」
だがオレはそんな訳でまだ事情が分からない。
とにかくオレは新しい領地となったザクソン宿場村へ行くことになったのである。




